90 天使様とお餅
あとがきに会話文がちょろっとあります。
「……お帰りなさ、い……?」
家に帰ると、真昼が疑問系の声で出迎えてくれた。
本日は煮込みハンバーグとの事で、ソースからせっせと作っていたらしく周の家に先に来ていたようだ。
もうご飯は粗方出来ている、とメッセージが来ていたので家に居る事は知っていたのだが、改めて真昼の顔を見るとほっと落ち着く。
「ただいま……」
「……何でそんなくたびれて……?」
「……樹に散々弄られた」
樹は例の男スタイルを見た事がないので樹がカッコいいと思う髪型にされたのだが、やはり見慣れない格好に戸惑った。
おまけにカラオケの後についでに周が持っていなさそうなタイプの服屋にも連れていかれああでもないこうでもないと似合う服探しに発展していたのだ。
別に嫌という訳ではないのだが、二人に男性版着せ替え人形をさせられたのは中々に疲れる。
「は、はあ、大変でしたね」
「……あいつら俺をおもちゃにして……」
「お疲れ様です」
口で言うほど不満に思っていないのは見透かされているのか、くすりと小さな笑みと共に労われる。
見抜かれている事に微妙に気恥ずかしさを覚えつつ、新しく買った服の入った袋を自室に放り投げて洗面所に行って手を洗う。
真昼は夕食をよそいにキッチンに戻っているので、周もしっかりと手洗いとうがいを済ませてからリビングに入れば、真昼が煮込みハンバーグを乗せた器をダイニングテーブルに置いていた。
流石になにもしないのは悪い気がしたので、いつものようにキッチンに向かい炊いたご飯をよそう。
ハンバーグに合わせるのはご飯派な周としては、炊きたての何とも言えない甘いような香りに頬を緩めた。
「しっかしまあ、つっかれた……。つーか、樹達すげえなって改めて思った」
「何がですか?」
作ってあったサラダやポタージュも並べて席についてこぼせば、正面に座った真昼が首を傾げる。
「いや、三人で歩いてたら声かけられるのなんの。やっぱ普段からモテるやつは違うなあと。あしらい方も慣れてたし、経験が違う」
カラオケの後の買い物ツアーで、何やら女子大生くらいの年齢の女性に声をかけられる事が何度かあった。
まあタイプは違えど樹達はかなりの美形なので、女性の目に留まりやすいのだろう。いわゆる逆ナンというものをされていた。
といっても、当たり前ながら返事は全部お断りだったが。
樹には最愛の千歳が居るし、王子様は押しの強い女性が大の苦手らしく笑顔でかなり警戒していたので、すぐさまお断りの旨を伝えていたのだ。
その断る手法も彼女達の自尊心を傷付けないような柔らかい言い方と態度だったため、特に揉める事なく切り抜けているので、流石の一言である。
「……周くんも声かけられたのですか?」
「かけられたけどおまけだろ」
どちらかと言えば周より二人の方目当てで、周はあくまでおまけ程度に見られていた。そもそも自覚はしているが愛想が悪いので、見知らぬ人間は話しかけにくいのもある。
飛び抜けたイケメン二人の陰に隠れるような周が二人を差し置いて声をかけられるという事はなかった。
肩を竦めて苦笑してみせたのだが、何故か真昼はむぅと唇に僅かながら山を作り上げていた。
「何だよ。自己評価低いって言いたいのか」
「それもありますけどそうじゃないです」
「どういう事だよ」
「……分からなくて結構です」
ぷい、とそっぽ向かれて先に「いただきます」と手を合わせた真昼に困惑しつつ、周も彼女に追うように手を合わせてご飯と真昼に感謝の意を口にした。
周と別れた後の二人のお話。
「で、優太はそれでいいのか?」
「何が?」
「椎名さんの事」
「いやー、俺が敵うとは思ってないんだよね。デート……とは本人が認めてないけど、デートで出くわした時の椎名さんの顔見てたら勝ち目ないなーって思うし」
「恨んだりは?」
「警戒してる?」
「お前の性格上ないとは思うが、念のため……っつーか、確認? ほんとによかったのかって」
「……憧れみたいなものだったんだよなあ。淡い想いというか」
「……」
「というか、俺は椎名さんは自分と同類だと思ってたんだよ。異性に辟易してたタイプ。好かれて嬉しいと思う反面、重くて身動きとれなくて苦しむ。俺と同じで、でも俺より上手く立ち回ってて。苦ではなさそうに笑って全部包み隠せる強さに憧れてた。……だから、ああしてちゃんと好きな人見付けてひたむきに想い向けてる姿見て、横に入ろうとかっていう前に応援したくなったっていうかさ」
「お前はそういうところが無駄にイケメンなんだよなあ」
「それ関係ある? っていうか褒めてんのかそれ?」
「褒めてる褒めてる」
「ほんとかなあ。まあ良いけどさ。……話は戻るけど、俺は別に藤宮を恨んだりはしてないよ。いいやつじゃん、みんな知らないのがもったいないくらい」
「ん」
「あの二人は、あの二人じゃないと駄目なんだなって。俺は多分、言い方は悪いけど椎名さんじゃなくてもいいんだと思う。好きだったけど、絶対に椎名さんじゃないと駄目って訳ではない。そんな覚悟で奪いに行くのは失礼だし、多分見向きもされないよ」
「……そうか」
「だから、喪失感とか嫉妬とかそういうのより……じれったさが先にくるかな。早く幸せになってほしい」
「優太はいい子だなあ」
「馬鹿にしてる?」
「してないしてない」
「ったく。……樹も頑張れよ」
「もちろん」





