第547話 暮石へのリークはお好きですか? 1
「簡単に騙されちゃって。馬鹿な女」
事件が起きたあの日。
あの日、あの時、あの朝。
「は?」
鳥飼あかねは、振り返った。
そこには、飄々とした表情で壁に背を預けている霧島が、いた。
「お前……」
鳥飼は霧島に走り寄り、胸倉を掴む。
「ちょっとちょっと! 暴力反対! 平和大好き! ラブアンドピース!」
鳥飼に折檻されないよう、霧島が両手を上げ、降参する。
「何?」
鳥飼は霧島の胸倉から手を放した。
「別に、何も?」
「は?」
鳥飼は霧島を睨みつける。
「馬鹿な女?」
「いやぁ、まさかまさか。僕があかねちゃんにそんなこと言うわけないじゃないか!」
「……ちっ」
鳥飼は舌打ちをする。
「そう聞いただけで」
「あぁ!?」
鳥飼は再び霧島に掴みかかる。
「なんで聞いただけなのにこんな目に遭ってるのさ、僕はぁ!」
「いちいち言わなくても良いんだよ、そんなこと」
鳥飼は額に青筋を立てながら、霧島の眼前で睨みを利かす。
「それに、あかねちゃんのことじゃないのに!」
「……はぁ?」
何が言いたい、とでも言いたげな顔で鳥飼は片眉を吊り上げる。
「あかねちゃんのお友達は随分と軽んじられてるみたいで、かわいそうだなぁ」
「……」
誰のことを言っているのか。
一体何が言いたいのか。
霧島の言うことは、いつも雲を掴むように形がなく、分かり辛い。
「誰かあかねちゃんの近くにいる人が、最近騙されたりはしていないかい?」
「……」
暮石、志藤、上麦の顔が脳裏をよぎる。
「誰かに騙されてるのかなぁ? 僕は全然知らないんだけど、なんだかそう聞いただけで」
「……」
暮石のことなのか。
一番騙されやすい友人といえば、まず間違いなく暮石のことである。
「誰の話? はっきり言え」
「いや、だからあかねちゃんの友達が最近騙されてるとか何とか、そんな噂を聞いたってだけで。全然誰のことかは知らないけど」
「……」
「お友達は、大切にした方が良いからね」
霧島は軽く咳払いをし、歩き出した。
「間違いが起こったら、あかねちゃんも嫌でしょ?」
霧島は笑顔で、そう言う。
「昔みたいに、ね」
霧島は鳥飼の肩に手を置き、耳元でそう囁いた。
「お前っ……」
何故知っているのか。何を知っているのか。
鳥飼はわなわなと震える。
「なんで知ってる!? 何をするつもりだ」
鳥飼は剣呑な目で霧島を見据える。
「まさか! 何もしないよ。僕は知ってるだけ。知ってるだけで、何もしない。それが僕のポリシーさ」
「……」
霧島はおどけた態度で肩をすくめる。
「今度こそ、早く動いた方が良いよ。後悔してからじゃ、遅いからね。それとも、友達が大切なものを失ってから、のこのことヒーロー顔で登場するつもりかな?」
「……」
鳥飼は歯ぎしりをする。
「ん~、じゃ」
ばはは~い、と手を振りながら鳥飼に背を向け、霧島はその場を去った。
「……」
赤石悠人。
自分の大切な友人を騙しているであろう張本人。
鳥飼は拳を握りしめ、ゆっくりと歩き始めた。
「急にどうしたの?」
卒業式を目前にしたある日の夕方、暮石たちは近くの公園に集まっていた。
暮石、鳥飼、志藤の三人は輪になって話す。
「白波は……」
「来ない、って」
「そっか……」
暮石と鳥飼との縁を切った上麦は、もう来ない。
夕暮れが暮石たちの顔を橙色に照らす。
「あかねは、友達だよね?」
暮石が鳥飼に向かって、不意にそう言い放った。
「え……え?」
急な告白に、鳥飼は上手く言葉が出てこない。
「うん、そりゃ……そうだよ」
鳥飼は頭をかく。
「赤石君のことなんだけどさ」
「もういいよ……」
赤石の話に言及する。
鳥飼はうんざりとした表情で、ため息を吐いた。
また罪人が裁かれるのか。
志藤は熱のこもった目で暮石を見る。
「あかねは赤石君に襲われたんだよね?」
「もう思い出したくない」
「赤石君のせいで身の危険を感じたんだよね?」
「止めて」
鳥飼は暮石の言及を阻む。
「答えて」
「……」
珍しく語気の強い暮石に押され、鳥飼は少し面食らった。
「うん……」
小さく、頷く。
「じゃあさ」
暮石はスマホを取り出した。
「これ、なに?」
暮石のスマホには、赤石と鳥飼が映っていた。
「え……」
赤石と鳥飼に起こった、たった一つの真実。
『何故ならお前にとっての友達は、所詮お前の妄想したまがい物だからだ』
あの日あの時、起きた出来事の全て。
赤石が馬鹿にしたような表情で、鳥飼を蔑む。
直後、鳥飼が赤石の腹に勢いよく蹴りを入れる。
赤石は腹を抱え、体育倉庫の奥の方へと退いた。
その後、鳥飼はうずくまる赤石の右頬を殴り、腹に蹴りを入れ、赤石は壁に激突する。
鳥飼は赤石の頬を殴り、蹴り、何度も何度も暴行を加え、そのまま自分の手で、体育倉庫の扉を閉めた。
体育倉庫の中から聞こえてくるうめき声、そして悲鳴。
その後、体育倉庫は静寂を取り戻す。
『そ、そういう感じ!?』
しばらくして、暮石が映される。
暮石は体育倉庫を開け、赤石と鳥飼を視認した。
『たっ、助けて!』
鳥飼が体育倉庫から出て来る。
そこで暮石のスマホに流れていた動画は、終了した。
「これ」
暮石が光のない目で鳥飼を睨みつける。
「これ、何?」
鳥飼に、詰め寄る。
「これ、どういうこと?」
今にも人を殺しそうな剣呑な目で、暮石は鳥飼に詰め寄る。
「……っ」
鳥飼は暮石から目を逸らし、ただただその場で硬直した。
ああ。
「あ……」
神は、死んだ。
「あぁ……」
志藤は暮石と鳥飼の様子を見て、その場にくずおれた。
悪が。
倒すべき悪が。
殺すべき罪人が。
裁かれるべき犯罪者が。
今。
この場で。
立場がひっくり返った。
鳥飼は無言を貫いている。
「三葉……」
志藤は暮石を見る。
暮石はゴミでも見るかのような表情で、志藤を見下げる。
「ちゃん……」
もはや罪人を殺す天使は、友達を殺す殺戮マシーンに、成り果てた。




