第528話 スクールカーストはお好きですか? 1
二学年の一学期――
高校二年生になった赤石は八谷、水城、新井たちと出会うも、特に何も変わることのない退屈な日々を過ごしていた。
「――くん」
何も変わらない日常、何も変わらない生活、取り立てて言及するようなものでもない些細な変化、自分の人生が映画化されたとするのなら、視聴者はさぞかし退屈な時間を過ごすんだろうな、などと夢想する。
「赤石くん」
そんな益体もないことを考えていた折、赤石は隣の席に座る水城から声をかけられた。
「どうしたの、ぼーっとして」
水城はきょとんとした顔で赤石の顔を覗き込む。
「……」
水城は赤石の顔の前で手をブンブンと振る。
「あぁ、いや、特に」
赤石はそこでようやく返答する。
「ふふ」
水城は苦笑した。
「相変わらず曖昧な返答だね、赤石ボーイは」
「赤石ボーイ……」
水城と関わりのなかった赤石は、相変わらず、という意味深な水城の発言に小首をかしげる。
「赤石くんって、見てて飽きないね」
赤石から見た水城への印象は、ただただ底抜けの善人、それだけだった。
常に細やかなところまで気が付き、誰に対しても穏やかで明るく、人のことを考えた発言が出来る。
底抜けの善人以外に表現のできない女だった。
「そろそろ皆集まって来るかな?」
水城は体を小刻みに揺らしながら、嬉しそうに言った。
クラスの約半数が何かしらの委員会に入る鈴ノ宮高校で、赤石は知らぬ間に美化委員に選ばれていた。時を同じくして、偶然美化委員に選ばれた水城と共に、赤石は二学年全クラスの美化委員が集合する全体会議に出席していた。
赤石と水城の二人は会議の始まりを待つ。
「私赤石くんとあんまり絡みとかなかったから、こうして赤石くんと話せる機会がもらえて嬉しいな」
上機嫌に鼻歌を歌いながら、水城は赤石に笑いかけた。
一体、誰にでもこうして笑いかけているのだろうか。
赤石は水城の自然な表情に目を奪われる。
だが、忘れてはいけない。
この女も櫻井のことを好きだ、ということを。
「え、ここ?」
ほどなくして、入り口から男女のペアが入って来た。
ソックスからスマホカバー、手帳、ノート、シャープペンシルにいたるまでピンクで統一された派手な見た目の女と、毛先を遊ばせ、制服を着崩した男が、入って来る。
「うわ、気まず。誰も来てねぇじゃん」
男は赤石と水城を瞥見し、隣を歩く女に耳打ちした。
赤石たちにも聞こえるほどの声量で。
「え~っと、六組はここか」
男は女と共に、六組の席に座った。
「知ってる人?」
「いや」
水城は赤石に耳打ちする。
赤石の知らない男だった。
水城から見て、自分が話しかけられたように見えたんだろうな、と赤石は早合点した。
「え~っと」
男は扇子をパタパタと扇ぎながら、赤石たちの下へとやって来た。
「これ、美化委員の全体会議で合ってるよね?」
男は水城に向かって尋ねる。
「あ、う、うん、合ってるよ」
突如として話しかけられ、水城はにぱ、と男に笑いかけた。
「ウケる」
男は、はは、と笑った。
「名前は? 俺、狭間彰人」
「あ、私は水城志緒で、こっちが赤石悠人君」
水城は赤石に手をひらひらと向け、紹介をする。
「へ~」
狭間は無感動に相槌を打った。
「てか、暑くね?」
男は扇子をパタパタと扇ぎながら、窓を見た。
「窓開けて良いと思う?」
狭間は水城をちら、と見る。
「あ、う、うん! 全然良いと思う!」
「ラッキー」
狭間は窓を開け始めた。
「これで怒られたら水城のせいね」
「ちょ、ちょっと、なんでよ~!」
もう~、と水城は苦笑し、狭間と共に窓を開け始めた。
「赤石君は?」
「俺は先生が来て怒り始めた時に、俺は駄目だって言ったんです、って言う係だから」
「ずる~!」
じゃあ私もそうしよ、と言って赤石の隣に帰って来た。
そして何より、赤石はその場の空気を読み行動することや人に指示されて何かをすることが嫌いな人間だった。
「おいおい、俺だけ悪者みたいじゃん」
狭間が半笑いで水城の下へとやって来る。
「あ、彰人?」
「おぉ~」
空き教室に、新たな男女が入って来る。
「お前も美化委員なれたんだな」
「いや、俺も本当ガラじゃないってか」
男は笑いながら五組の席に座った。
「人増えて来たね」
「な」
二組、五組、六組の美化委員が揃った。
「美化委員の全体会議とか何やるわけ?」
「さぁ~」
狭間は扇子を扇ぎながら五組の男の話を聞く。
「てか、そっちの、水城だって」
「え、嘘!?」
五組の男はそこでようやく赤石たちに目を向けた。
「あ、あなたがあの生ける伝説……!?」
「い、生ける伝説……!?」
違うよ~、と水城は手をパタパタとさせる。
「我らが鈴ノ宮の大天使と名高い」
「そんなの誰かの作り話だって~」
あはは、と水城は微笑した。
「いやぁ、でも伝説通りのお美しさ……」
男は水城に頭を下げる。
「ねぇ~、私に対して失礼じゃない?」
隣にいる女が不機嫌になる。
「いやいや、冗談だって、冗談冗談」
男は女の機嫌を損ねないようにおべっかを使う。
「俺、永山修成。こっちは連れの牧恵梨香。あっちは俺と同じくサッカー部の狭間彰人と、隣にいるのがサッカー部マネの瀬川愛菜」
五組の美化委員である永山は五組、六組の美化委員の名前を紹介した。
「あ、はじめまして~。私は水城志緒で、こっちは」
水城が赤石に水を向ける。
赤石は返答を待たれていることに気付き、体を起こした。
「黒猫のジジ」
赤石は短く、そう言った。
「……」
「……」
「……」
教室内が静まり返る。
「あ、そうなんだ、あはは……」
永山がその場を取り繕った。
「嘘吐いちゃ駄目だよ、赤石くん。こっちは赤石くん、赤石悠人くん」
「あ、あ~……。よろしく」
「……」
「……」
「……」
教室内はすっかり静まり返った。
「あ、ところで水城さんは鈴ノ宮の天使って言われてること知ってるの?」
永山は話を変え、水城に水を向けた。
「なんかそんな風に言われてる、ってことは知ってるけど、でもそれ私だけじゃないよ~?」
新井や八谷も同様に、天使の一柱として数えられている。
「いや、しかも今年はその天使が二組に全員集中してるんでしょ!? マジ羨ましいわ~。バランス悪すぎでしょ! 俺、手出ちゃいそう」
「手は出しちゃ駄目でしょ」
永山の隣に座る牧が、突っ込みを入れる。
「そんな天使ばっかりの教室にいれて、黒猫のジジも嬉しいんじゃない?」
永山が赤石を見た。
「……」
急に話を振られ、赤石は再び体を起こした。
「にゃーん」
一鳴き。
「ははははははははは!」
永山は手を叩き、大爆笑をした。
「アホやこいつ!」
永山は牧に視線を送りながら、大声を上げて笑った。
「いや~」
永山と赤石たちが騒いでいる所で、狭間が口を挟んだ。
「俺分からんわぁ」
狭間は頬杖をつきながら、冷たい声でそう言って捨てた。




