第515話 後期試験の合格発表はお好きですか? 4
「ダーリン、準備出来たよ~」
「分かった」
暮石は準備を終え、赤石を呼んだ。
赤石は八谷のタッパーを全て洗いきり、リビングへと戻った。
「おまたせ」
「ああ」
暮石は荷物を片付け、すぐに帰れる状態にしていた。
「じゃ、行こっか?」
「ああ、行こう」
二人は家を出た。
「行ってきま~す」
「誰もいないぞ」
赤石は家の鍵を閉め、大学へと向かった。
「えへへ」
暮石が赤石と手をつなぐ。
「朝はちょっと……」
赤石は暮石の手を離した。
「誰かに見られたら、赤石君が彼女持ちなことバレるから?」
「ヒネくれすぎだろ」
「ヒネてるのはどう見ても赤石君だけどね」
ケチ、と暮石が赤石にぶうたれる。
二人は北秀院大学へ向かい、ある程度歩いた。
「じゃ、私ここらで」
暮石が駅の方を見る。
「ああ、俺は大学行くよ」
「私は一旦家帰って、それから用事する予定」
暮石は伸びをする。
「北秀院に受かった人と会合してくる」
「北秀院に受かった人?」
妙な言い回しに、赤石が小首をかしげる。
「そそそ。北秀院に受かった人のアカウントを探して、事前に会う約束してたの」
「そんなことしてたのか」
「そそそ」
暮石はネット交流アプリであるツウィークを開き、赤石に見せた。
「ほら、これこれ」
あらゆる人との交流を可能とするソーシャルネットワークサービス、ツウィーク。
個人がそれぞれアカウントを持ち、ダイレクトメッセージや投稿を通して交流することのできるアプリ。
暮石は北秀院大学のアカウントを赤石に見せる。
「へぇ~」
赤石は顎をさすりながら見る。
「これでね、北秀院のアカウントをフォローしてる新入生にコメント打ったりして交流したってわけ。ハッシュタグ使って春から北秀院、とか北秀院大学新入生と繋がりたい、とかタグ使ったら皆フォローしてくれたり、北秀院大学の投稿したらコメント飛んできて、そこから個チャ繋げたりできるよ」
暮石がツウィークのシステムを赤石に教える。
「へぇ~」
赤石は興味なさげに答える。
「赤石君はやってないの、ツウィーク?」
「あんまりやってないな」
「そう言えば私たちツウィーク交換してなかったよね? 交換しようよ」
「また後でな」
「おっけ~」
暮石が指で丸を作る。
「北秀院に受かった人とタグとかで繋がって、何人か仲良くなったから、入学前に会おうよって話になって、今日その用事があるんだ」
「なるほどな」
暮石の用事の中身が、ようやくはっきりとする。
「男の子も女の子もいる、北秀院大学新入生によるオフ会みたいな?」
「そうか」
「こんな人が来るんだ~」
暮石が、ツウィークのアカウントを赤石に見せる。
暮石の見せたアカウントには、様々なプロフィールが書いてあった。
『#春から北秀院 / #北秀院大学新入生さんたちと繋がりたい / 音楽のプロデューサーみたいなことやってます笑 / 無言フォロー禁止 / 貧乏からの成り上がり / 人生死ぬまでの暇つぶし / 欲しいものリスト↓』
『18女。春から北秀院大学に入ります! 皆さん、仲良くしてください! 山校吹奏楽部第63期生 - 生き証人伝説の代 –インカレ作りたいです。彼氏いるので男絡みいらん』
『山校文学サークル出身 → 北秀院 → 人生は常に未来の見えない冒険 → 運命は自分の手でしか変えられない』
『酒とゲームに浸るただのおっさん。親の圧力に耐えながら浪人を果たした大物。てばふみキキちゃん推しTO』
『四月から北秀院大学新入生。何かを成し遂げたい気持ちはあるが、まだ何も成し遂げられていないただの人。大学在学中に起業を果たし、絶対に有名になる! 仲間募集中です←おい』
『南藤 → 桃山13期生 → 北秀院大学 天文部(予定)ラジオで送った投稿が読み上げられ、実際に活動中のアイドルから高く評価してもらえたレアな肩書持ってますww。ツウィークラジオ部門投稿敢闘賞第七位受賞。これからも精進します』
『春から北秀院大学新入生。暴言や失礼な対応をする人は即ブロ。ネットのルールを守れない人は問答無用でブロックします。対人コミュニケーションをちゃんと学んでルールを守ってコミュニケーションしてください。全てのハラスメントを許さない。教育弱者を救いたい#先生から生徒たちへ#夢を諦めない#誰一人として取り残さない#多様性を守りたい』
『春から北秀院大学新入生です。生きるも死ぬも墓場からメイン監督兼シナリオライターの尾道さんから好評をいただいた経験あり。クリエイターとしてマルチインフルエンサーやってます。フォローは友達のみ。フォロバ目的のフォローは迷惑なので止めてください』
赤石は暮石に見せられたアカウントのプロフィールを見た。
「なんか痛そうなやつばっかだな」
「こら」
暮石が赤石の頭にチョップする。
「会ってもないのに、プロフィール読んだだけでそんなこと言わないの!」
暮石が頬を膨らます。
「プロフィールは文字通りプロフィールなんだから、自分はこんな人間です、って言ってるのと同じようなもんだろ」
「人を外見とかファッションとか、見た目で判断しちゃダメでしょ。それと一緒」
「俺は人は見た目で判断するべきだと思うけどな。ファッションなんて、自分を人に紹介する最も簡素な方法だろ。変な奴は大概変なファッションしてるよ。おかしなことする奴はおかしな格好してるもんだ」
「全く……」
暮石は首を振る。
「ちゃんと今日会ってきて、皆がどんな人だったか後で紹介してあげるよ」
「全てのハラスメントを許さないとか書いてる奴いるけど、喋り辛すぎるだろ、こいつ」
「その人はその人なりの考えがあるの」
「そうか……?」
「赤石君の偏見には困ったもんだよ」
やれやれ、と暮石はスマホをしまい、歩き出した。
「じゃあ私このあたりで」
「ああ」
暮石は赤石に手を振る。
「じゃ、また赤石君のお家行くね」
「分かった」
「今日はオフ会終わったら一旦連絡する」
「ああ」
「じゃあね」
「またな」
暮石が赤石に手を振りながら、駅へ向かう。
「大好きだよ、ダーリン」
「俺も大好きだよ」
暮石はにこにことしながら、駅へと向かった。
「さて」
赤石は北秀院大学へと向かった。
「……」
赤石は北秀院大学の中で、船頭を待っていた。
「おはよう……」
「ああ、おはよう」
ほどなくして、船頭がやって来る。
「……」
「……」
話が、弾まない。
合格発表を控えている船頭は沈鬱な表情で、ただただ下を向いていた。
「これ、受からなかったら一年……」
「そうだな」
これが受からなければ、船頭は一年間浪人をすることになる。
「……」
船頭が胸をおさえる。
「も、もし落ちてたら、私のこと盛大に笑ってよね?」
船頭は引きつった笑顔を、赤石に見せた。
「……ああ」
赤石は言葉少なにそう言うことしか、出来なかった。
「来た」
掲示板が外に運び出されてくる。
掲示板には布がかかっており、中が見えない。
北秀院大学の事務員と思しき男たちがちらちらと腕時計を見る。
「受かってますように、受かってますように、受かってますように、受かってますように」
船頭は目をつぶり、必死に祈る。
「ただいまより、北秀院大学後期試験の合格者を発表します」
腕時計を確認し、時間が来たことを確認した男たちが、声を上げた。
「神様お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします。良い子になりますから、これからずっと良い子にしてますから……」
掲示板の布が、剥がされた。
「受かってますように、受かってますように、受かってますように……」
船頭が掲示板を上から順に見て行く。
「……」
船頭がその場で、硬直した。
「……っ!!」
そしてその場で、泣き崩れた。
「……」
船頭は顔を伏せ、静かに嗚咽した。
「そうか……」
赤石は掲示板と船頭とを交互に見た。
やはり、駄目だったか。
前期試験で受からなければ、後期試験で受かるのも難しいだろう。
だが、船頭は死力を尽くした。
ここまで目指せるような学力ではなくとも、今まで頑張ってきた。
無理だと分かっていても、必死に食らいついてきた。
赤石はその努力を、まずは称えたかった。
例え落ちたとしても、今まで頑張って来た船頭の努力は、決して無駄にはならない。
必ず、次につながっているはずだ。
「また来年があるよ……」
赤石は船頭の背中をポンポンと、優しく叩いた。




