第500話 初めての下宿先はお好きですか? 4
「よし、買うぞ~!」
赤石と暮石はショッピングモールであらかたの食料やお菓子をカゴに入れ、レジへと向かう。
「重い……」
ジュースやフルーツの詰め合わせセット、グミやポテトチップスなど大量の商品をカゴに入れたため、赤石が重そうにカゴを持つ。
「よ~しよしよしよし、よ~しよしよしよし」
犬をなだめるように、暮石が赤石の頭をわしゃわしゃと撫でまわした。
「止めろ、髪型が崩れる」
「髪型が崩れても赤石君は格好良いよ?」
「毛先遊ばしてんだよ」
赤石は軽く頭を振り、髪型を直す。
「私は?」
「はあ」
「かわいいって言って?」
「人に無理矢理言わせたかわいいに価値はあるのか?」
「良いから!」
かわいい、と言い渋る赤石に暮石が迫る。
「かわいい……」
「キャーーーーッ!!」
赤石は暮石から視線を逸らした。
「赤石君もかわいいよっ!」
「そうですか」
暮石はニコニコと赤石の隣を歩く。
「照れてる照れてる~。赤石君かわいい~」
視線を逸らす赤石を、暮石がにやにやとしながら見つめる。
「嫌なんだよ、こういうこと言うの」
「なんで~! 良いじゃん、毎日言って欲しいくらい」
「おためごかしだろ、こんなの。相手に好かれたくて相手を良い気分にさせてるだけ。嘘吐いてても分からない。無意味なゴマすりコミュニケーションだ」
「嘘なの?」
暮石は無表情で赤石を見つめる。
「お、レジ着いたな」
赤石はセルフレジへと入った。
「ねぇ、嘘なの? 嘘なの?」
「嘘じゃない嘘じゃない」
「ふ~ん……。ま、今回はそういうことにしといてあげる」
赤石は暮石の追及をかわす。
「会計するから袋入れてってくれ」
「ラジャ!」
赤石はカバンから袋を取り出し、暮石が受け取った。
赤石はカゴの中の商品をスキャンし、暮石に渡す。
「二八〇円が一点~」
暮石は、赤石から受け取った商品を袋の中に詰めていく。
「暮石二等兵、今袋に商品を入れているであります」
暮石がビシッ、と敬礼をする。
「殊勝な心掛けだ、暮石二等兵。その調子で続けたまえ」
赤石は商品をスキャンしながら、次々に暮石に渡す。
「夜は入れられる側なんだけどね」
「暮石さ~ん……」
赤石がため息を吐き、半眼で暮石を睨みつける。
「良いじゃん、別に誰もいないんだから」
暮石はべ、と舌を出す。
閉店間際の店で、赤石たちしかセルフレジにいなかった。
「それとも何か勘違いしたのかな、赤石君は? 夜はテレビとか動画を見て楽しみを入れられる側だ、って言ったんだよ? 赤石君は何を勘違いしたのかな? 何を考えたのかな? ねぇねぇ、何を想像したの?」
暮石が袋に商品を詰めながら、にやにやと赤石をからかう。
「はいはい、分かった分かった」
「ちぇ~」
暮石は唇を尖らせた。
「かわいくないの」
「かわいいって言ったりかわいくないって言ったり、お前はどっちなんだよ」
「どっちもです~!」
暮石はぶるぶると唇を震わせ、赤石に抗議を示した。
「赤ちゃんか、お前は」
「女の子は皆赤ちゃんみたいなもんだから」
「絶対そんなことないと思う」
赤石はくすりと笑った。
「え、今誰想像した?」
言葉を発していないのにも関わらず、暮石が赤石の脳内を読み取る。
「赤ちゃんになった別の女想像してくすりしたでしょ? あの大人なあいつがそんな赤ちゃんみたいになってる所見てみたいよな、とか思ったでしょ?」
「なんでだよ」
「い~や、絶対してた。だって私が赤ちゃんみたいって言って何も笑わなかったのに、女の子は皆赤ちゃん、で笑ったもん。絶対私以外の別の女想像した」
「思考を読み取ろうとするな、思考を」
「私以外の女のこと想像しないで! 私だけ見てて」
「メンヘラかよ」
「メンヘラは嫌い?」
暮石は悲しそうに目をウルウルとさせ、赤石を見る。
「好きにしてくれ……」
「やたっ」
暮石は小さくジャンプする。
「じゃあ私以外の女の子のこと見ないでね」
「無理言うな」
赤石は苦笑する。
「まぁ私がずっと傍にいるので、赤石君を監視すれば良いだけなのですけれども」
「早口怖い」
赤石はレジに商品を通し終わった。
「私女の子だから、赤石君がお金出してほしいな~」
暮石は上目遣いで、しなを作る。
「別に俺の家で使うの結構入ってるし、俺が払うよ」
「さすがっす、先輩!」
暮石は赤石に軽く頭を下げた。
「赤石君の奢りありがとま~す!」
「はいはい」
赤石はレジでお金を払い、商品の入った袋をカバンに入れ、背負った。
「物も持ってくれるしお金も払ってくれるし、赤石君は良いパシりになれそうだね!」
「もうお前にパシられてるみたいなもんだろ、こんなの」
「私はちゃんとペットにもご褒美を上げる派だから、パシらせてる人とは違います~」
暮石が赤石の頭を撫でる。
「ペット扱いか」
「彼氏ってペットみたいなもんだから」
「歪みすぎだろ、お前の認知」
買い物を終え、二人はショッピングモールをぶらつく。
『本店は二十一時で閉店します』
退店を促す音楽と共に、閉店を告げる放送が流れる。
『店内にいらっしゃるお客様は、二十一時までにご退店のほど、よろしくお願いいたします』
赤石と暮石は顔を見合わせる。
「閉店だねぇ~」
「そうだな」
赤石はふと思い出し、スマホの電源を付けた。
「……」
八谷からの連絡通知が来ていた。
「何見てるの?」
「スマホ」
「や~だ、見ないで」
暮石は赤石の手をそっと握る。
「デート中にスマホ見ないで」
「分かった」
特に約束をしているわけでもなかったため、大した連絡ではないだろう、と赤石はスマホをポケットの中に入れ直す。
「どの女からの連絡?」
「八谷」
「どんな話してたの?」
「卒業旅行終わった後何する、みたいなこと聞かれてた気がする」
赤石は八谷との連絡を思い出す。
「特に大事な連絡じゃなかったと思うが」
「ふ~ん……」
暮石が分かりやすくスネる。
「赤石君は私とのデートより他の女と連絡取る方が大切なんだ?」
「だからしまっただろ」
怒るなよ、と赤石は暮石の後を追う。
二人は閉店間際の店から、退店した。
「……」
「……」
二人は無言のまま、しばらく道なりに歩く。
「……」
暮石が歩幅を緩め、赤石の背後についた。
「……」
赤石はどうしていいか分からず、ただ無言になる。
「えいっ!」
「――っ!」
暮石が赤石の横腹を両手で鷲掴みにした。
「おい!」
赤石が振り向くと、暮石は子供のようにけらけらと笑った。
「赤石君が私を不機嫌にしたペナルティーだ!」
暮石がワキワキと手を動かし、赤石の横腹をくすぐる。
「他の女のことばっかり考えてる赤石君には、こうだ!」
「分かった、悪かった、って」
赤石は暮石にくすぐられ、ぜえはあと息を切らす。
「全く……」
「これでちゃらね」
「とんでもない女だな」
赤石たちは駅へと戻っていた。
「でも赤石君のお腹、固かったな」
暮石は手を見ながら、そう呟いた。
「男の子って皆固いの?」
「そうなんじゃないか? 知らないけど」
「固くておっき~い」
暮石は手を頬にすりすりと当てながら、とろけたような表情でそう言う。
「赤石君の~。固くて、おっき~い」
暮石はうっとりと、そしてゆっくりと、赤石に聞かせるように言う。
「身長は平均くらいだぞ」
赤石の身長は平均より一センチばかり高いのみである。
「語尾にハートマークつくやつだから」
「物語の序盤に出て来る強敵キャラかよ」
暮石はにゃはは、と笑いながら前を歩く。
「……」
「やんっ!!」
赤石は後方から、暮石の横腹を鷲掴みにした。
「お返しだ、バカ」
「にゃろ~……! 良い度胸だ!」
暮石は横腹をさすりながら、その目にめらめらと闘争の火をたぎらせる。
「赤石君みたいな悪い子は、こうだ!」
「バカか、お前、終わらないだろ!」
「コラ待て、逃げるな卑怯者~!」
暮石は赤石の脇腹をくすぐるため、赤石を追いかけ回した。




