第488話 三田雫はお好きですか? 1
高梨に罵倒された赤石は、空港へと戻って来た。
「お、お帰り~」
新井が赤石に手を振る。
「ああ」
赤石は適当な椅子に、腰を下ろした。
「あ、高梨さんもお帰り~」
しばらくの間うずくまった後、高梨はすぐさま赤石を追いかけ、追いついていた。
赤石の後方から姿を現す。
「あ、赤石、これあげる」
新井が赤石にキーホルダーを放り投げた。
「なにこれ?」
目にヒドいクマをつけた羊のキャラクターのキーホルダーを、赤石はまじまじと見る。
「なんかお前みたいだな、と思って」
「こんな健康状態悪そうじゃねぇよ」
「いいじゃん、折角私があげたんだからありがたく受け取ってよ」
「はあ。まぁ、ありがとう」
赤石はキーホルダーをカバンにしまう。
「じゃあお返しに」
赤石は新井に袋を渡した。
「何が入ってるの?」
「開けてみてくれ」
袋の中には、先ほど食べたデザートのゴミが入っていた。
「いらんわ!」
新井は赤石に投げて返す。
「じゃあこれでも……」
赤石は新井にタオルを手渡した。
「何このタオル?」
「道中で買ったけど、結局使わなかった新品のタオル」
「本当に新品~?」
新井が胡乱な表情で赤石を見る。
「し、新品だよ!」
「新品じゃないときの言い方じゃん、それ」
新井はけらけらと笑う。
「まぁ、じゃあ物々交換としてもらっといてあげる」
「そうしてくれ」
新井はタオルをカバンの中に入れた。
「お二人とも何してますの?」
花波が赤石たちの下にやって来る。
「ちょっと物々交換を」
「まあ」
花波は口元を手で隠しながら、行儀よく驚く。
「楽しそうですわね。私にもやらせてくださいまし」
「冷やかしか? 帰ってくれ……」
「なんで頑固おやじなんですの。冷やかしじゃありませんけれども」
花波はカバンを開け、物々交換になるようなものをごそごそと探し始めた。
「お二人は何を交換されましたの?」
「似てるから、ってもらったよ」
赤石はクマの濃い羊のキーホルダーを手に下げる。
「まぁ、かわいい」
「かわいいかぁ~?」
「かわいいじゃありませんこと」
「お前ら何でもかわいいって言うだろ。その辺に落ちてる路傍の石ころも、お前らからしたらかわいいだろ」
「嫌な言い方ですこと」
「本当それ。殺した方が良いんじゃない?」
「そうですわね。殺しましょ」
「怖すぎだろ、お前らの価値観」
赤石、花波、新井は飛行機を待つ間、お互いに益体もない話を繰り広げていた。
「……」
高梨は遠くから三人を見ながら、途方に暮れていた。
どうして自分はあんな風にできないんだろう。
どうして自分はいつも冷たく接することしかできないんだろう。
どうして自分は上手くやれないんだろう。
ただ赤石に、自分の声を聞いて欲しかった。
ただ赤石に、いつものように声をかけて欲しかった。
自分はただ赤石と、仲良く話したかっただけなのに。
そんな。
守るようなものでもない、無価値な、欲望。
「……」
高梨は遠くから、親し気に話す三人を見ることしかできなかった。
「やっほ~」
肩を落としてうつむいている高梨の下に、暮石がやって来る。
「もうあとは帰るだけだね~」
飛行機が出るまで、しばらくの間待ち時間が発生している。
「高梨さんもほら、そんな落ち込まないで~」
暮石が高梨の背中を撫でる。
「確かにこれだけ楽しかった卒業旅行が終わるのが悲しいのは分かるけど、でもこれから私たち会えなくなるわけじゃないんだからさぁ~」
「……」
暮石は背中をポンポンと優しく叩き、高梨を元気づける。
「ほらほら、スマイルスマイル。女の子は笑ってる時が一番かわいいんだよ?」
にぃ~、と暮石は自身の口元を手で引き上げながら、高梨に笑いかける。
「楽しそうでうらやましいわね」
「楽しいから笑うんじゃないよ。笑うから楽しくなるんだよ。ほら、高梨さんも」
「そんな紋切り型な言葉聞きたくないわ」
暮石は高梨の口端を指で押し、強引に笑わせた。
「そういう気分じゃないから」
高梨は暮石の手を払いのける。
「もぉ~。高梨さんっていっつもクールなんだから。そんなんじゃ、高梨さんの大切な人もどこかに行っちゃうぞ!」
「……」
ぷんぷん、と暮石は高梨に怒る。
「女の子は笑っている方がかわいいだなんて、そんな社会の風潮に屈したくないわ。笑うことを強制されたって、笑えない子は笑えないわよ」
「あらら」
暮石はあはは、と頭をかく。
「まぁ、確かに自分に素直に生きた方がいいよね、やっぱり」
うんうん、と暮石は腕を組みながらうなずく。
「お」
飛行機出発への時間が、近づいて来た。
「そろそろ行こっか、皆」
暮石は立ち上がり、一行に話しかけた。
「全員集まってるみたいだし、そろそろ帰ろっか。ほら、皆! 帰るまでが旅行だからね!」
暮石は手を叩き、一同を集めた。
「なんか拍手で集められて、俺たち家畜みたいだな」
「余計なこと言わない」
赤石たちは飛行機に乗るため、荷物検査へと向かった。
「着いた~~!」
赤石たちは飛行機で帰り、空港へと到着した。
「いやぁ、楽しい卒業旅行だった」
「楽しかったね~」
「思い出に残りそうだな~」
「良い旅行だった~」
一同はそれぞれ、思い思いに語る。
「疲れた」
「俺も身体がバキバキだな」
辛そうな表情で、黒野はそう呟いた。
赤石と黒野は新井たちに遅れ、二人しんがりを務める。
「お疲れ様」
「お疲れ」
黒野はがっくりとうなだれたまま、そう言う。
「楽しめたか?」
「……まあ」
黒野は赤石から視線を外す。
「でも、卒業旅行だからって浮かれてる連中がうざかった。くく……」
黒野は陰気に笑う。
「お前も浮かれてる連中の一人だよ」
「心外」
黒野は赤石を見る。
「大学でも、よろしく」
「ああ、よろしく」
黒野はふふ、と笑った。
「恋愛、したかったな……」
赤石に聞こえるか聞こえないか程度のか細い声量で、黒野は呟く。
「そんなこと思ってたんだな」
「……まあ」
黒野はちら、と須田を瞥見した。
「大学に入ってから頑張ろうかな」
「そんな頑張るようなもんでもないだろ」
「高校で恋人出来なかった奴は大学で頑張るしかないに決まってる」
「まぁ、そう、なのかもな」
赤石は首をひねる。
「大学ではこんなパリピみたいなやつらとは付き合わない」
「こらこら」
赤石と黒野は、前方で楽しげに笑い合う新井たちを見ていた。
そんな新井たちの集団の近くを、一人の少女が横切った。
赤石と黒野は横切った少女に目を惹かれる。
「すごい物持ってる人がいるな」
真っ赤なギターケースを持った一人の少女が、誰を見るでもなく空港を闊歩していた。
立ち入り禁止のシールが貼られたギターケースを背中に担ぎ、少女はわき目もふらずに空港内をうろついていた。
ボサボサの髪に、目つきの悪い三白眼。ライダースジャケットに重厚なブーツを履いたガラの悪い少女は、肩で風を切って歩く。黒を基調とした衣装をまとうその少女は、独特なオーラを発していた。
肩丈の髪を揺らし、耳にはピアスをつけ、重厚なブーツからはコツコツと足音が響く。
「……」
一瞬、少女と赤石たちの目が合う。
「んべ」
少女は赤石たちに向かって舌を軽く出し、眉をひそめた。
「見られたぞ」
「なんで?」
「知り合い?」
「いや、全然……」
赤石と黒野は後方を振り返るが、誰もいなかった。
再び少女を見ると、もう少女は赤石たちを見ていなかった。
「気のせいか……」
「ん」
立ち止まっていた少女は、再び歩き始めた。
「ギターケースって飛行機で持って行けるもんなのか?」
「持って行けないことはない……はず」
「立ち入り禁止、ってシール貼ってあるぞ」
「な」
「お前みたいな悪者を弾く結界になってるんじゃないか? お前も立ち入り禁止には弱いだろ」
「お前も一緒」
目つきの悪い少女は空港から出て、そのまま去って行った。
「格好良い人だったな」
「ロック」
赤石と黒野は、ライダースジャケットを羽織った少女の背中を見送った。
「そろそろ集まった方が良いか」
「あとは帰るだけ。くく……」
赤石と黒野は新井たちに合流した。
「皆、お疲れ様。ちゃんと家に帰るまでが旅行だからね! 気を付けて帰るんだよ!」
暮石がパンパンと手を叩きながら、新井たちに伝える。
「特に由紀ちゃん」
「名指し……?」
新井はきょろきょろと辺りを見渡す。
暮石の一言を切っ掛けに、一同は解散する雰囲気となった。
「皆お疲れ様~」
「楽しかった~」
「この後どうする?」
空港に着き、気の抜けた赤石たちはそれぞれの方向を向いていた。
「あ」
「ん?」
暮石の話を聞いていた新井が、赤石の肩を叩いた。
「志緒……ちゃん」
水城と、その他赤石の元同級生であろう女たちが、空港にいた。
「気付かれた」
「ヤバい化け物に気付かれた時のセリフだろ、それ」
同じようにしてグループでまとまっている赤石たちを、水城が視認した。
「嘘」
水城たち一同はお互いに顔を見合わせ、話し合う。
「何か言ってる」
「新井ちゃんってなんか腹立たな~い? そもそもなんか顔が腹立つよね~、って言ってるな」
「嘘吐け」
水城たちはその場で暫く話し合ったあと、代表するかのように、その中から一人の女が出て来た。赤石と同じクラスだった女子生徒、三田だった。
三田は赤石たちの下へ向かって、やって来る。
「え、うそ、なんで?」
「友達?」
「誰の友達?」
「誰か知ってる?」
赤石たちの下へとやって来る一人の女に、赤石たちは動揺する。
三田は赤石の下へ向かって、小走りで走って来た。




