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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第2章 文化祭 前編
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第45話 神奈美穂はお好きですか? 1

 


「おいおい高梨、言いすぎだぞ。悠はそんなに心が広くねぇんだから勘弁してやってくれよ」

「おい、お前は俺を守ってるのか、卑下しているのか」


 体を引き寄せる須田を、赤石は半眼で見る。


「ふふ…………私は正論を言ったつもりなんだけどね」

「お前のその正論は悠にはまだちょっと早いと思うぜ」


 須田と高梨の舌戦が始まる。


「中学の頃もそうやって正論ばっか言ってたから友達が泣いて怒ったこととかあっただろ?」

「正論を言えない世の中なんておかしいじゃない。仮にも友達を標榜するなら、正論を言われたら正論で返すべきだと、私はそう思うわ。」

「ちょっ、止め、止めてくれお前ら!」


 自身を挟んで舌戦を展開する二人の間に、今度は赤石が入った。


「勘弁してくれよ、こんな場所で。高梨、俺はお前のことをよく知らない。初対面で檄を飛ばすのは止めてくれないか?」

「そう…………ならもう少し時間をかければいいのね」


 時間をかければ何を言っても良い、そういう風に、聞こえた。


「統も勘弁してくれよこんな所で。ほら、早く食おうぜ飯」  

  

 

 赤石自身、正論を好む性格ではあったが、それよりも赤石は処世術や世渡りという事象を優先しており、高梨とは一線を画していた。 

 自分は正論の中に嘘を織り交ぜることで危ない橋を渡らないのに対し、高梨は正論で他者を篭絡し、川を切り開いて道を作るような奴だな、と、そう思った。 


 いじめを止めるためには仕方のないことなのか、それが高梨の本質なのか。 


 赤石に否定された高梨は、手で顔を覆った。


「私は赤石君たちと仲良くしたいと思っただけなのに……」


 よよよ、と高梨は泣く。


 泣いていないな、泣いているフリか、と赤石は見識を改めた。


 高梨の奥底の見えない心根に、赤石は心底憔悴した。

 そもそも、高梨にそんな心情の変化があるのか、という疑問が生まれる。

 高梨は、感情を露わにしない。感情を切り離しているのかもしれない。以前の自分の完成形かのように、完全に切り離しているのかもしれない。 

 赤石は中学から今まで、高梨が何かしらの発露をした所を見たことがなかった。 

 喜怒哀楽のうち怒以外は全てぽっかりと抜けているような、そんな空恐ろしさがあった。感情のない人形に無理やり感情を持たせたかのような過剰な演出。


 それが、泣き真似を行う高梨への評価だった。


 能力はあるが人間的に何かが欠けている。それが、高梨に対する総評だった。


 赤石は一旦思考を停止し、口を開いた。

 

「もう早く弁当食おうぜ、統。お前ら中学の頃の付き合いだからそうやってなんでも言い合えるのかもしれないけどな、俺は高梨とは初対面だ」

「まぁ、これが俺らの普通だったしな~」

「そうね」


 赤石は須田と高梨を定位置に戻るよう指示した。


「ほら、さっさと食え。喧嘩ばっかしてるとご飯がまずくなるだろ」

「赤石君、喧嘩をしてもご飯はまずくならないわよ。劣化はするかもしれないけどね」

「あぁ~、うるさいうるさい! 言葉の綾だ! さっさと食えよ!」


 正論を並び立てる高梨と取り合うのが面倒になった赤石は適当に会話を終了させ、再び弁当を食べ始めた。










 その後つつがなく授業を終えた赤石は、鞄に教科書やノートを入れ、帰る支度をしていた。

 帰りのホームルームを終え、即座に教室から出ようとする。


「おい、赤石。ちょっと来い」

「…………?」


 鞄を持ち教室の外へ一歩踏み出したところで、神奈に呼び止められた。

 赤石は胡乱な顔をする。


「ちょっと手伝って欲しいことがある。手伝ってくれないか?」

「いや、ちょっと新聞配達のバイトの時間が差し迫ってるんで……」

「この高校はバイト禁止のはずだぞ? それに新聞配達の時間じゃねぇだろ」


 図星。

 赤石は少し逡巡し、


「…………なんで俺なんでしょうか?」


 控えめにそう言った。

 櫻井を指名しそうなものだが、と思う。


「まぁ…………な、いいだろ? 早くこいよおら!」

「分かりました……」


 赤石は強引に、神奈に連れ出された。


 だが、赤石自身、神奈の真意や本意が気になり、いやいやながらと思いながら、半分は自身の興味だった。

 言い訳じみた言葉で合理性を貫き通そうとするような姑息な手段は、取らなくなった。








「おい赤石、さっさと手を動かせ」

「はぁ…………」


 別室に連れられ、赤石は神奈と膨大な数の資料を手作りしていた。

 膨大な量の紙を神奈と赤石とで一二枚一セットにし、積み重ねていた。

 

 何故自分がこんなことをさせられているのかと酷く得心が付かないが、無言で作業を行う。


「これ、人がやる必要性あるんですか? こういう書類とかって結構学校で配ってますけど、それ専用の機械とかないんですか? 凄い労力がかかる気がするんですけど」

「はぁ…………うるせぇなぁお前は。黙って仕事しろや」

「いや、手伝ってるのに先生口悪いですよ。怒られますよ?」

「お前西尾先生みたいなこと言うなよ……」


 順に置かれたプリントを歩きながら、何度も何度も重ねる単純作業。

 赤石は飽き飽きしながら、プリントを重ねていた。


「…………」

「…………」


 無言で、書類を作り続ける。


「…………」

「…………」

「…………」

「あー、飽きた!」

「…………?」


 突如として、神奈が書類作成を放棄し、近くの事務椅子に座った。


 赤石は神奈に視線をやりながら、仕事を続ける。


「先生、生徒に書類仕事をやらせたままさぼらないで下さい」

「飽きたんだから仕方ねぇだろ?」

「じゃあ俺も飽きたんで」


 赤石は作業の手を止め、事務椅子に座る。


「…………お前案外性格悪いな」

「生徒だけがやるのは得心がいかなかったんで。ストライキですよ、ストライキ」

「…………」

「…………」


 赤石と神奈は無言で、視線だけを交錯させる。


「…………」

「…………」

「赤石…………」

「はい」


 神奈は赤石から目線を離さない。

また、赤石も目線を離さない。


「…………悪かったな」

「…………?」


 神奈は俯き、一言、謝った。


「悪いと思ってるなら書類作り再開してくださいよ」

「いや、そっちじゃねぇよ」

「…………」

 

 真面目な顔で、神奈は赤石に視線を注ぐ。


 平田の件か、と合点がいく。


「悪かったな…………」

「はい……」


 ただそれだけを、神奈は繰り返した。


 何に対して悪いと思っているのか。

 気付くのが遅かった点か、果たして気付いていたが何も対応を取れなかったことなのか。


「先生、いじめの件、気付いてたんですか?」

「…………」


 無言。

 沈黙は即ち肯定だろう、と理解する。


 神奈は辛そうに顔をそむけ、再度口を開いた。


「言い訳じゃないが、これだけは言わせてくれ。気付いていないことはなかった。けど、気付いてからお前が解決してくれるまでは、すぐだった」

「…………」


 自分が平田に怒鳴り散らしたのは確かにいじめから数日も経っていなかったな、と思い出す。

 神奈はいつから気付いていたのか。


「恭子が顔を隠して走ってるところ見たんだよ……」

「…………」


 以前、平田にマジックで顔に落書きされ、顔を隠して八谷が教室を出ていったことがあった。


「その時は何だろうな、って思っただけだった。高校生は多感な時期だし、誰かにフラれたから泣いて走ってんのかな、と思った」

「…………」

「本当だ、信じてくれ」


 赤石の無言を責め立てていると感じたのか、神奈は言葉を継ぐ。


「でもな……少しして平田たちが八谷をいじめてるのかもしれないな、と思うようになった。勿論、確信があったわけじゃない。……が、私がもっと早くに手を打ってればあんなことにはならなかったと……思ってる」

「…………」

「赤石…………悪い」

「…………いえ」


 それを言うためにここに呼んだのか、と赤石は今更ながら理解する。


 学校の中身というのは、ブラックボックスだ。

 生徒の数に対して対応する先生の数は非常に少ない。それに加え、先生の大半は授業時間以外は大抵職員室にいる。常に生徒を監視することは出来ない。

 故に、いじめが起こっても対応することが出来ないし、気付く事すらないのかもしれない。

 学校じゃなくても、どこの組織でもそういうことが往々にしてあり得るのかもしれない。


 


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