第157話 夏祭りはお好きですか? 3
19/04/22(月)赤石と暮石の交流を追加
櫻井と別れた赤石たちは、夏祭り会場をあてもなく練り歩いていた。どこか目的がある訳でもなく、三千路が二人を先導する。
赤石はしんがりで前方の二人を見守っていた。
ふと、肩が二度叩かれる。
「……?」
「あ、やっぱり本当に赤石君だ!」
振り返った赤石の前にいたのは、暮石だった。暮石の言葉に反応し、三千路と須田は歩を止める。暮石の背後鳥飼たちもいた。
「やっぱり赤石君も来てたんだ夏祭り! お久しぶりっ!」
「人違いだ」
軽く手を仰ぎ、否定する。
「え、赤石君じゃないの? じゃあ誰ですか?」
「青木だ」
「名前真反対じゃん! 敵キャラっぽい!」
ふ、と赤石は一笑に付す。
「あ、赤石君笑った。面白かった?」
「嘲笑だ」
「え、だれだれ悠!? 誰!?」
赤石と暮石の間に、三千路が割って入った。
「あ、私三千路、誰!?」
「え……暮石です」
「悪い暮石、こいつ強引だから」
「めっ!」
赤石は割って入って来た三千路のポニーテールを引っ張る。
「馬じゃねぇんだぞてめぇ!」
「どうどうどう。あ、馬と言えば」
三千路の反駁を黙殺し、赤石は須田を引っ張った。
「統、そいつが統に会ってみたかったって」
「えぇ!?」
須田は暮石の後方にいる鳥飼の前に立たされた。
「いや、赤石お前私のこと馬で思い出したのか! 鳥だからか!」
「鳥飼……?」
「あ」
鳥飼は須田を前にして動揺する。
「え、えっと、須田君初めまして、鳥飼って言います……。ファンです!」
「!」
須田は口をパクパクとさせながら赤石と三千路を見た。
「え、ファン!? そんな概念俺にあるの!? 初めて聞いたんだけど!」
「え、須田君のファンって普通にいるような……」
「マジで!? 俺そんな人気だったの!? なんで!? 隕石とか止めた?」
「水泳がお上手だからですよ」
「マジかー!」
須田は天を仰ぎ、赤石たちに自慢げな顔を振りまいた。
「なんかむかつくなあいつ」
「同感だ」
赤石と三千路は半眼で見る。
「で、悠あの子誰なの? 彼女?」
「同級生」
「へ~。で、本当は?」
「いや、同級生だって言ってるだろ」
三千路の追及を煩わしく振り払う。
「暮石さん、私三千路。あいつは悠。悠って呼んであげてね」
「悠……くん?」
「余計な事をするな」
三千路のポニーテールを引っ張り、後方にやる。
「悠くんってなんか言い方可愛いね」
「そんな風に呼ばなくてもいい。あいつの言葉に耳を貸すな」
「世界で一番美しいのは三千路鈴奈、三千路鈴奈です」
「白雪姫やめろ」
赤石の背後ですっと出てくると、小声で言う。
「ところで悠君はこれから何か用あるの?」
「止めろ、その言い方。すうに気を遣うな。特にないけど三人で回る予定だな」
櫻井と共に回ることを断った手前、色々と面倒なことが起きそうな気がした。
暮石は軽く目を丸くする。
「赤石君、三千路さんのことすうって呼んでるんだね。ちょっと意外」
「だろ?」
三千路が前に出てくる。
「あんまりそういう呼び方してるところ見たことなかったからちょっとびっくりしちゃった」
「こいつは特別だ」
「私は特別よ!」
「止めろ気持ち悪い」
「ふふふ」
暮石は二人を見ながら、笑っていた。
「赤石君の交友関係って不思議だね」
「同感だ」
「まあ私らが付き合ってあげてるって感じ、なあ統!」
「お、おう」
突如話を振られた須田は踵を返し、三千路たちの下へと帰って来た。鳥飼はもじもじと、須田と話すこともままならなかった。
「統、どうだった?」
「スーパースターになった気分だ」
「うっせぇクソが!」
「あぁ!!」
三千路が須田の足を蹴る。
「鳥飼ちゃんって言うんだ! 私三千路、ぴっちぴちの十代未婚女子!」
「ペンネーム紹介するときのやつ」
赤石は後方から突っ込む。
「で、悠ってどう? 統ってどう? どう思う鳥飼ちゃん」
「え、えっと~……」
鳥飼は赤石に視線を向ける。赤石は目を逸らした。
「須田君はスター。赤石は…………クソ」
「クソ!」
三千路は手を叩き、爆笑した。
「クソ! クソだって悠、クソ!」
「止めろ、品のない言葉遣いは止めてもらおうか」
「悠、クズ人間だって!」
「威力が増した」
あははははは、と三千路は声を立てて爆笑する。
「え、なんで? なんで?」
「社交力がない」
「言えてる~」
「他人の扱いが下手くそ」
「それも言えてる~」
「自己中」
「あるある~」
「人の悪口合戦を目につくところでやるな」
赤石は三千路と須田を、暮石たちから引き離す。
「暮石、じゃあ俺たちはそろそろ行く。また会おう」
「そうだね。ありがと、赤石君」
「ああ」
赤石と暮石たちは別々の方向へと歩き出した。
「じゃあな、鳥飼。帰り際に保険証でも紛失しろ」
「うるせ、ボケ。大学受験当日にタンスに小指ぶつけろ」
「どっちもそこそこの悲劇じゃん」
須田が二人の会話に、割って入った。
鳥飼はもじもじとした後、軽くお辞儀をして去って行った。赤石たちは暮石に手を振り、歩き出した。
「いやあ、面白かったね、悠」
「人で遊ぶな」
「俺スーパース――」
「統は黙ってなさい」
「はい」
三千路たちはからからと笑いながら、夏祭りを楽しんでいた。
「うぃ~!」
「さっすが統!」
射的で小さな熊のぬいぐるみを落とした須田を、三千路が褒めた。
「俺バトミントンの才能あるかも」
「だからバドミントンだって言ってんだろボケ!」
三千路が須田の頭をはたく。赤石はあはは、といつものように苦笑いした。
「お前いっつもぬいぐるみ欲しがってるな」
「そうそう。小っちゃいぬいぐるみとか大好き」
「へえ」
三千路はぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。赤石は半眼で見る。
「そんなにぬいぐるみ集めて何にすんだよ」
「いや、集めることが目的じゃないから。欲しいな、って思ったから手に入れる。そういうもんでしょ?」
「だってよ。どう思う、悠?」
須田が高い身長をかがませながら、赤石に視線を送る。
「すうの家、確かもっとでかい熊のぬいぐるみあったよな。持って帰ってそいつに食わすんじゃないか」
「食わすかボケ! スマホの育成ゲームじゃねぇんだぞ!」
「あははははははは!」
キレる三千路とは対照的に、須田は腹を抱えて大笑いした。
「で、二人とも何か食べたい?」
「お、すうが突然気の利いたことを言い出した! 俺はマンモスかな~」
「俺もだな~」
「人類の夢じゃん」
三千路は赤石たちに何を言うでもなく、流れるように、長蛇の列に並んだ。須田はきょとんとした顔をする。
「え? 何食うの? 何屋?」
「え? さあ?」
「何か分からないのに並んだのか?」
「いや、こんだけ人並んでたら美味しいんでしょ、多分」
「ヤバい思考だな」
「私があんたらの分も驕ってやるから、黙ってついてきな!」
「セリフだけ無駄に男前」
赤石と須田も、渋々と並んだ。
赤石がにやにやと、三千路を見る。
「どうするよ、これでこの先何もなかったら」
「その時は面白いことがあったね、って思い出になるだけ」
「底抜けにポジティブ」
反吐が出るぜ! と、須田が演技がかった口調で言う。
「悠も統も今日はありがとう。一緒に夏祭り来てくれて」
「……っ!?」
「……?」
赤石と須田が身構えた。
「こいつすうじゃないな。誰だお前?」
「いや、すうですから! 三千路鈴奈ですから! 何、私がしんみりしたこと言ったら偽物なわけ!?」
「道理で……なんかいつもより二センチくらい身長がちっちゃい気がしたんだ」
「いや、それはもう誤差の範囲でしょ。下駄だし今日。っていうか二センチの身長の差を感じ分けられる能力何なの?」
「いや、違うな。この突っ込みスタイル、やっぱりすうだ」
「突っ込みスタイルで見分けつくのあんまり嬉しくないんだけど」
「勉強のしすぎで頭おかしくなったのかも」
「いや、半分くらいはそうだけども!」
行列が進んだ。
「あ、リンゴ飴売ってるみたいだな、ここ」
「さすが身長高男」
「貶されてる感が半端じゃない」
背の高い須田がいち早く気付く。
「まあそれはともかく、二人ともありがと。統は射的で熊のぬいぐるみ取ってくれたし、悠は……まあ何もしてないけど」
「俺に言う言葉を思いついてから言えよ。月に取り残されたクルーの気分だ」
「いやあ、最近勉強しかしてなくてまいってたんだよね」
「やっぱ勉強のしすぎで頭悪くなってんじゃねぇか」
赤石は持っていた焼き鳥を頬張った。
「リンゴ飴、リンゴ飴!」
三千路がリンゴ飴、と連呼しながら小さくジャンプする。
「分かった分かった。リンゴ飴って屋台でしか売ってるところみたことないよな」
「私リンゴ飴好き」
赤石たちにお鉢が回って来る。三千路は赤石と須田の分を驕り、行列を出た。
「あ、あと私行きたい所あるんだけど」
三千路がリンゴ飴を頬張りながら、言った。
「LA?」
「いや、未来の展望こんなところで語らないでしょ。絶好の花火ポイント」
「ああ」
なるほど、と赤石は頷いた。
「あと、食べたいものあるんだけど」
「お前欲望がとどまることを知らないな」
「まあね。やきそぅば食べたい」
「急に流暢」
須田は辺りを見回してみたが、焼きそば屋は見つからない。
「ねね、花火まであと何分?」
「3・2・1」
「急にロケット飛ばすみたいに言うじゃん」
「LAで月に向かってロケットの発射」
「全部繋がってたんかい」
三千路は時計を見る赤石に言う。
「私もっといっぱい食べ物食べたいけど花火も見たい! 見たい見たい見たい見たい!」
「どうするって言うんだよ」
「どうしよ」
赤石と須田は顔を見合わせた。
「分担するか?」
「ありかも」
三千路は赤石と須田を見る。
「じゃあ俺が花火の絶景ポイント探しとくからお前らは食べ物買って来いよ」
「いや、俺が探しとくよ」
須田は譲らない。
「あんたら二人で行ってきなさいよ。私食べ物買ってくるから」
「大丈夫か、それ色々?」
須田が心配する。
「色々って何?」
「安全とか、あと買った食べ物持ち切れるのか、とか」
「だいじょぶだいじょぶ! こんな人いるのにさすがに危険ないって!」
「さすがバト部」
「バトル部みたいになってんじゃん! バ・ド・部!」
だんだんと、三千路は足を踏み鳴らす。
「じゃあ俺たちで花火の絶好の鑑賞ポイント陣取っとくわ」
「ん。スマホ通じないからあそこの土手、もし空いてなくてもそのままそこいてね。私食べ物持って行く。お前ら絶好のポイント陣取る。万事、解決」
「おっけ」
須田は赤石の肩を抱いた。
「じゃあ行っとくぜ、すう」
「おけ。私は食べ物買ってあとでそっち行く」
「分かった」
赤石と須田、三千路で別れることになった。
赤石と須田は会場で最も花火が綺麗に見える土手へと向かった。
「いやあ悠、それにしても最近高梨見かけなくね?」
「ん、確かに」
須田が何ともなしに、高梨の話題を出した。
櫻井のハーレムから脱退して以来、高菜は学校にあまり顔を出していない。クラスが違えど、全く高梨と出会わなくなったことに、須田も違和感を感じていた。
「なんか最近あいつ休みがちなんだよ」
「えぇ~、やっぱもう受験戦争とか始まってんのかな?」
うげえ、と須田は舌を出す。
「そんな単純な問題……なのか?」
「ん~、分からねえ。高梨だから普通に勉強してそうなイメージはないでもないけど」
土手に近づくにつれ屋台が遠のくため、多少人の混雑が緩和される。人の顔が視認できるレベルまで、混雑は解消された。
「……」
「でさ――」
須田が何かを言い始めたが、須田の言葉は赤石の耳には届かなかった。
「櫻井君歩くの速いよっ……!」
「ちょっと聡助、待ってって!」
「あ、あはは、二人とも混雑してるからって距離ちょっと近いよ!」
「……」
櫻井とその取り巻きたちが、近くを歩いていた。
「ちょ、お前らこんなところで止めろって! ジュースこぼれるだ――あ」
「きゃあぁっ! ちょ、ちょっと何するの聡助! 最低!」
「いってぇ! わざとじゃねぇのに!」
「あははははは! 聡助は今日も絶好調だなあ!」
新井のビンタを受けた櫻井が葉月の胸に飛び込み、また新たな嬌声が巻き上がる。
相変わらずだな、と赤石は櫻井を見る。が、その視線は櫻井ではなく、しんがりを務めている八谷に向いていた。
櫻井とその取り巻きたちに気付いているのは、赤石だけだった。
八谷が無言で辺りを見渡した折、赤石に気付く。
「……」
「……」
赤石と八谷の視線が、交錯する。隣で楽し気に話している須田の会話が頭に入ってこない。
本当にお前は櫻井が好きだな。そう、思う。
切に、思う。
「……」
八谷が小さく手を振る。赤石に対して、手を振る。
「……」
赤石も軽く手を振る。
櫻井たちはそのまま、雑踏の中に消えていった。




