第124話 霧島尚斗はお好きですか? 2
エイプリルフール企画でした。
「赤石君!」
「……」
櫻井と別れて暫くのち、赤石は水城に呼び止められた。
階下に目を向けると、水城が多くの書類を持ちながら手を振っていた。てこてこと赤石に歩み寄る。
「はぁ……しんどいね」
「そうか」
階段をのぼりきった水城は、赤石のそばにやって来た。
「あ、赤石君ちょっと渡したいものがあって」
思い出したかのように言い、水城はごそごそとポケットからお金を取り出した。
「はい、これ」
そして赤石の手の上に六百円を置いた。
「何の取引だ……」
赤石は物騒な目で水城を見る。
「ちょ、ちょっと赤石君止めてよ! そんなブローカーじゃないんだから!」
あははは、と水城は笑う。そういう意味合いではなかったんだがまあいいか、と赤石も愛想笑いをしておく。
「えっと、昨日赤石君打ち上げ途中で帰っちゃったでしょ? あれ二千円はちょっと高かったから差額だよ」
「ああ」
なるほど、と理解する。打ち上げに基本的に行かないからどの程度の額になるか分からなったな、と思い、ありがとう、と言いながら六百円をしまった。
「それにしても昨日はびっくりしたね、あのおじさん」
「そうだな」
お前がやれと命じたようなものだけどな、と心中で悪態をつきながら水城を見る。
「でも羨ましいなあ、ああいうの」
「…………?」
羨ましい? 何がだ?
全く心当たりのない赤石は小首をかしげる。
「私も赤石君と櫻井君みたいに仲が良い友達がいたらなぁ」
「………………」
無言で、水城を見る。
は? と口から漏れ出てしまいそうになったので、必死に口を閉ざした。
「やっぱり素敵だよね、ああいうの。なんていうのか分からないんだけど、思ってることを伝えあえる関係性? って。本音で喋れるっというのかな……? ああいう関係性、私も憧れるな」
「…………」
赤石は奇異なものを見る目で、水城を見ていた。
そんな訳があるか。
赤石はあまりにも予想外すぎる水城の言葉の真意を、全く理解できない。
「それにしても重いね……」
水城は先ほどから何度も書類を持ち直し、これ見よがしに赤石に見せつける。
手伝えということか。
先の衝撃も抜けきらないまま、赤石は現状に思考を戻す。
何度も書類を持ち直し、あくまで自分から持つよ、と言わせようとするとはなんとも白々しい女だな、と思いながら水城の書類を受け取ろうとしたとき、
「水城!」
後方から、櫻井の声が聞こえた。
「いやぁ、水城! 運び物か? 俺が手伝ってやるよ」
「あ、ごめんね櫻井君ありがとう!」
赤石と水城の間に入り、櫻井は水城の持っていた荷物を三分の二ほど持った。
「赤石はここで何してんだ?」
先ほどすれ違った時には何も言わなかった櫻井が唐突に、赤石に声をかけて来た。
「…………ト、イレ」
衝撃に衝撃を重ねられた赤石は小さな声で、そう言った。絞り出すようにして、言った。
「そうかぁ~。じゃあ水城、赤石の邪魔になっても悪いし早く教室行こうぜ?」
「え、あ、う、うん。赤石君またね」
「…………じゃあ」
赤石は二人の背後を見送りながら、ゆっくりと、力なく手を下げた。
「………………は?」
そう言わざるを、得なかった。すれ違ったときには一切話しかけてこなかったくせに、水城と話している時だけ話しかけて来た。恐らくは水城との話し声が聞こえてやって来たんだろう、ということまでは分かる。
だが、話しかけて来たことが、赤石にとってあまりにも意外過ぎた。
「…………」
どうして水城といる時だけ話しかけて来たのか。廊下ですれ違ったときは本当にたまたま気付かなかっただけなのか。
いや違う。自分と櫻井の二人しかいなかったはずだ。
ならどうして。
「…………」
赤石は立ち止まり、考える。
「…………」
どうして。あれに何の意味があるのか。仲が良いと思っている水城。水城といる時にだけ話しかけてくる櫻井。仲の良くない取り巻き。
「…………」
ああ。
「そういうことか」
理解した。
そういう、ことか。
嫌な奴だな、あいつは。
そうとしか、思えなかった。
自分がいない時に取り巻きに赤石とは仲が良い、と吹聴し、あたかも打ち上げの時の一件が、自分を思って言ってくれたこと、と思わせた。
そういう、ことか。
水城がいる前では赤石と仲が良い俺、という役柄を演じる必要がある。そのために、話しかけて来た。だが、既に赤石は嫌いだ、という固定観念は染み付いている。
嫌いではあるが自分の立場が下がらないよう、あえて仲が良いようにふるまっている。 取り巻きの前では仲が悪い訳ではない、という自分を演じなければいけない。
「……クソが」
人間のクズ。女の前でだけ好感度が高い男を気取る櫻井。
反吐が出る。
赤石は心中にもやもやしたものを残しながら、トイレへと向かった。




