第113話 文化祭はお好きですか? 7
体育館――
赤石は神奈の号令に従い、文化祭一日目が開催される体育館で、着席していた。
体育館の舞台で、三矢と山本が走っている姿を見る。
教室にいなかったのはそういう理由か、と合点がいった。
ロミオとジュリエット、上手くいくのか。
赤石は自身で書き上げた脚本に一抹の不安を感じながら、演劇の開始を待った。
「う、嘘でしょ……」
女子生徒が、言った。
「嘘でしょ水城ちゃん! あ、あれ!? 胸が、胸のサイズが合わない! なんで!?」
「え……ええぇ、なんで!?」
水城はステージの裏で衣装に着替えながら、困り果てていた。
「ま……まさか、この短期間で水城ちゃんのおっぱいが成長を……!?」
「ちょ、ちょっと止めてよこんな所で!」
「ちょっと水城ちゃん何をしたらこんな短期間でおっぱいが大きくなるの!?」
「え、えぇ! 知らないよ! そんな大声で止めてって!」
水城は顔を赤くしながら女子生徒の肩をぱちぱちと叩く。
「ええい、こうなったらば仕方がない! 無理やりだ、無理やりだああぁぁぁ!」
女子生徒が力を入れて、胸のボタンをつけようとするが、
「おーい、水城~。もう着替え出来たか~? 出来たら軽くリハーサルを……」
「「……あ」」
ブチ。
櫻井がやって来たと同時に、ボタンがはじけ飛ぶ。
「きゃああああぁぁぁぁぁ!」
「おああぁぁ! わ、わりぃ水城! 俺知らなくて……」
櫻井は目を手で覆い隠し、後ろを向く。
「き、気にしないで櫻井君」
「お、おっぱいが……おっぱいがああぁ……」
女子生徒は涙目で、飛んで行ったボタンを探す。
「ええいモブ生徒A、B! 水城ちゃんのおっぱいに合うサイズをーー!」
「エイエイサー!」
「ちょ、ちょっと、櫻井君がいるところで止めてって!」
水城は顔を真っ赤にして、手で顔を覆った。
「す、すまん、すまん水城……!」
櫻井は顔をそむけたまま、水城が着替え終わるのを待った。
「ごめん、ジュリエット! ごめん!」
「もう知らない! ロミオなんてもう知らない!」
「ごめんジュリエット、俺が悪かった!」
壇上で櫻井が膝をつき、頭を垂れた。
「ごめんジュリエット、俺がジュリエットに黙ったまま裏のアカウントなんて作ってしまったから……」
「もうロミオのことなんて信じられない! 私に黙って裏アカウントなんて作ってるなんて……」
うう、とジュリエットが呻く。
「でもこれも仕方がなかったんだジュリエット……俺たちの恋路を応援してくれない母さんたちを納得させるには、どうしても裏のアカウントが必要だったんだ!」
「ロ……ロミオ……」
「ジュリエット……」
櫻井と水城が視線を交錯させる。
「ロミオ!」
「ジュリエット!」
「ロミオ!」
「ジュリエット!」
櫻井と水城が互いに歩み寄る。
「ロミオ……ごめんなさい、私が、私が間違ってた……」
「ううん、いいんだよ、ジュリエット。俺も黙ってやったのは悪かったよ……。敵を騙すにはまず味方から。そんな風に考えちゃった俺も悪かったよ……」
「ロミオ……」
櫻井が水城の手を取る。
あんなシーンを脚本に書いた覚えはないが、櫻井がまた気を回しているのか、と赤石は茫然と見る。
「ロミオ……」
「ジュリエット……」
「ロミオ……」
「ジュリエット……」
櫻井と水城が互いの名前を呼びながら、照明が暗転していく。そしてゆっくりと幕が下りていく。櫻井と水城の顔辺りまで幕が下りたとき、
「まあ、私も裏アカウントあるんだけど……」
「え?」
演劇のオチとなるシーンで櫻井は茫然と水城を見、幕が下りた。
パチパチパチパチパチパチパチパチ!
演技を終えた櫻井と水城に万雷の拍手が送られた。
笑い転げる客や涙を流す客など、反応は様々だった。
赤石もまた同様に、拍手を送る。新井が突如櫻井に抱きつくなど、多少の不足事態もあったものの、演技自体は成功裏に終わった。
「良かった」
脚本を書いた身である赤石は上々の反応を貰えたことで、ほっと一息を吐いた。
そうして何か大きな失敗もないまま、文化祭の一日目は終了した。
「やって来ましたーーーーーー、ぶ・ん・か・さ・い!」
「お前昨日と同じこと言ってるぞ」
文化祭二日目、赤石は前日と同じく、須田と登校していた。
「あ、そういえば昨日の悠のロミオとジュリエット面白かったぞ」
「ついでみたいに言うな」
ははは、と二人で笑う。
「そういえばすうが来るの今日だっけ?」
「ああ、そういえば今日だな」
「どこ連れて行くよ?」
「まあ統のお化け屋敷は確実だな。どういう反応するか見ものだな」
「確かに」
赤石と須田は財布を見る。
「あまり金がないからそう色んな所には連れて行ってやれそうにはないな」
「お、俺もだわ……」
赤石と須田はため息を吐く。
「なんか親の気持ちだな」
「そう……だな。金がもっといっぱいあったら良かったのになぁ」
「全くだ」
「そういえば高梨とかすげぇお金持ちだったよな。お嬢様じゃなかったっけ?」
「ああ、そういえば」
須田に言われ、思い出す。
「そういえ……ば?」
思い出す。
神奈の実家も、お金を持っていた。高梨もまたお金を持っている。八谷の家宅も洋館を思わせる瀟洒なデザインで、同様にお金を持っている。
これは……偶然か? ラブコメのヒロインがお金を持っているのは何故なんだ。
「こうなったら高梨に金借りるか! 出世払いで返していこう!」
「おい止めろ高校生の段階から金を無心するな。それに高梨から借りたら利子がとんでもないことになりそうだ」
「冗談じゃねぇか、冗談。須田ジョークだ、須田ジョーク」
「赤石ジョークは語感が良いけど須田ジョークはちょっと語感良くないぞ」
「須田リアンジョークだ」
「須田リアンジョークってなんだよ」
赤石と須田は文化祭二日目の予定を互いに話し合いながら、学校へと着いた。
「じゃあ悠、昼頃にすう来るらしいからすう連れてその後お化け屋敷寄ってくれよー!」
「分かった。じゃあまた昼な、統」
「おうよ!」
文化祭二日目が、始まる。




