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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第3章 文化祭 後編
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第93話 自主製作映画はお好きですか? 5



「あ、櫻井君!」

「ああ……水城か」


 放課後、居残りで演劇の練習をしていた取り巻き達の下に、櫻井は戻った。


「俺はいつの間にこんな所まで……」

「え、櫻井君どうしたの、大丈夫?」


 意識が朦朧としたような櫻井に、水城は心配の声を投げかける。


「そ、聡助どうしたの?」

「ふええ……大丈夫ぅ、櫻井君?」

「大丈夫、櫻井君? どうしたの?」


 取り巻き達が次々に櫻井に集まり、声をかける。


「ああ、実は高梨を呼び戻そうとしたんだけど、赤石に止められてな……」

「え、どういうこと?」


 ここでも赤石君がまた出て来た、と思いながらも、水城は尋ねる。


「いや、あっちの班でも高梨が必要とされててな……俺は……俺は皆で一緒に演劇をやりたかったんだけど…………」


 声を、詰まらせる。

 自分の力が足りないばっかりに。俺が、俺が駄目だから高梨は帰ってこなかった、赤石が高梨を引き留めてしまった。

 ごめん皆、皆で演劇が出来ない……俺のせいで……。と、自身の無力を嘲り、扱き下ろし、謝罪した。


「そ……」


 葉月が口を開いた。


「そんなことないよ! 櫻井君は頑張ってたよぉ! なんでそんな風に言うの!」

「…………葉月」


 葉月の発言を皮切りに、櫻井を慮る言葉が次々に投げかけられていく。


「そ、そうだし! 全然聡助悪くないし! むしろ赤石が悪いっていうか、高梨さんが悪いっていうか、聡助が謝ることじゃ全然ないから!」

「そうだよ! 櫻井君が謝ることじゃないよ! 櫻井君は私たちのために一生懸命頑張ってくれたよ! それを悪く言うことなんて絶対ないよ!」


 口々に櫻井をほめそやす。


「皆…………ありがとう」


 櫻井は微笑み、取り巻き達の頭に手を乗せた。


「俺……俺、頑張って演劇やるよ!」

「櫻井君……」

「聡助……」


 改めて決意を新たにし、櫻井は取り巻き達に笑いかけた。


「ありがとう、皆。俺、高梨も一緒に、皆で一緒にやりたかったんだけど、仕方ないよな。じゃあ頑張ろうぜ、皆!」


 立ち直った櫻井は拳を握りしめ、取り巻き達と声を掛け合った。


「櫻井君……」


 取り巻き達がときの声を上げている最中、水城は熱のこもった目でねっとりと櫻井を見ていた。


 ああ、なんて優しい人なんだろう、と。


 皆で演劇をやりたいなんて私たちのことを考えてくれて。あれだけ高梨さんが皆に避けられだしたのに、そんな状況でも連れ戻そうとするなんて、なんて優しいんだろう。

 皆に避けられだした高梨さんのことが心配になったに違いない。皆の絆を取り戻そうとしてるに違いない。 


 高梨さんのためを思って、それが出来なかったから意識も朦朧として帰って来る。そのことを私たちに自覚させないように無理に明るく振舞って、高梨さんの沽券が下がるようなことも言わず、自分の責任にして。


 櫻井君は皆の絆を繋いでくれる。


 櫻井君は、皆のことを考えてる。皆の幸せを考えてる。

 なんて……なんて、素敵な人なんだろう。


 水城はうっとりと櫻井を見つめ、近寄った。


「櫻井君……」

「?」


 水城はゆっくりと息を吸い、


「櫻井君は、優しいね」

「ば……そんなんじゃねぇよ! 俺は……俺はただ皆で演劇をやりたかっただけだよ……」

「ふふふ」


 水城は蠱惑的に微笑み、櫻井の横で共に歩いた。

 本当に櫻井君は、優しい人だなあ。そう、思いながら。


「…………」


 八谷は無言のまま、櫻井たちの輪に入り込んでいた。










「よっしゃあ! やってきました須田散歩!」

「今日は散歩じゃないぞ」


 休日の昼下がり、赤石と須田が最寄りの主要な駅に赴いていた。

 自主映画製作において高梨の協力を得たことで、撮ることが出来なかったシーンが続々と撮り終わり、遠方の大公園での撮影を行うため、赤石たちは約束をしていた。


「おーい、アカ殿、須田殿、こっちでござるよー!」

「お、ヤマタケじゃん!」


 おーーい、と言いながら、須田は山本がいる場所まで小走りをした。


「アカ殿、須田殿、今日は遠路はるばるご苦労様でござる」

「それは俺のセリフだな」


 後方から歩いてきた赤石が返答する。


「して、拙者一つ訊きたいことがあるのでござるが、どうして須田殿が……?」

「ああ」


 赤石は須田を見た。


「土曜日遊び誘われて映画撮りに行くって言ったらこいつが一緒に行きたいって言ってきかなくてさ。勿論皆が嫌ならすぐに帰らせるから」

「どうか、どうかなんでもしますんでご一緒させてくだせえよ、旦那、へへへ」

「三下みたいなことをするな」


 手を揉みながらすりすりと山本に近寄る須田の襟元を、赤石は掴む。


「拙者は構わないでござるけど、高梨殿と三矢殿に訊かないと分からないでござるな」

「まあ、そうだな」


 話しながら、


「おーい、ヤマタケ、その他お前ら、俺がやって来たぞ!」

「三矢殿が来たようでござるな」


 三矢はのんびりと肩で風を切りながら赤石たちの下に辿り着いた。


「なんやお前ら、えらい早いやんけ。後来てないんは誰や、高梨か?」

「そうだな」

「あれ、なんで須田がここおんねん? おっ、お前、さてはスパイやな! 四組のスパイめ! その場で手ぇ挙げて膝つかんかい!」

「ひっ、ひいいいぃぃぃぃお助けぇ!」


 須田は手を挙げ、膝をついた。


「持ち物チェックはさせてもらうからな、この卑しい間者め。俺らの映画を横取りしようなんてそうはさせんぞ!」

「ち、違うんです、これには訳があって!」

「なんだその猿芝居は」


 指にゴムをかけて須田を威嚇する三矢と須田の間に、赤石が入った。


「な、なんやアカ! お前も邪魔するんか! お、お前まさかこいつの仲間やな! 身内に敵がおったんか!」

「止めろ止めろ、歩行者に見られる」


 赤石は手で三矢を制止した。

 誰も三矢たちの行動を見とがめるようなことはしていなかったが、他者の視線を意識した三矢は手を下げた。


「そういえばここ高校やないんやな」

「高校ならやってもいいみたいな言い方をするな」


 膝をついた須田を立たせ、四人は輪になった。


「ところで、須田はなんでここおんねん?」

「いや、遊び誘ったら悠が映画撮るとか言うから付いて行こうと思って」

「お前は自由なやっちゃなぁ」


 と、三矢は呆れたような顔をする。


「まあ、それやったら須田にも自主映画友情出演してもらおか、なぁヤマタケ、アカ?」

「お、いいでござるな」

「面白そうだな」


 赤石と山本は膝を打つ。


「じゃあ、今日はよろしく」

「おう、よろしくやで」


 須田と三矢は肩を叩き合った。

 そこで、


「あなたたち早いわね」

「あ、高梨殿が来たでござるよ」


 赤石の背後から、高梨が階段を下りて来た。


「これで全員揃ったな」

 

 赤石は振り返り、高梨の姿を捉えた。


「ちょっと赤石君、こっちを見ないでくれるかしら。スカートの中を覗こうとしてもそうはいかないわよ」

「いや、するか」

「赤石君ならやりかねないわね」

「せやな」

「確かに」

「おい」


 同意を示す三矢と須田に突っ込みを入れる。


「統貴も今日は一緒なのね。まぁ良いわ、さああなたたち、早く行くわよ」

「一番最後に来たのに偉そうだな、あいつ」


 音頭をとる高梨に付き従い、赤石たちは電車を待った。




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