第241話 十六歳
あと少しで十七歳になろうという京一さんを、試しに戦闘に参加させてみます。
するとなんということでしょう。
去年の京一さんは───正確に述べるなら昨日なのですが、叫んだり力んだりしたのですが、もう無謀な戦いを挑もうとはしませんでした。
もう鏡花さんがセコンドをする必要もありません。奏さんが注意を払う必要もありません。
「強ぇな、あれ。………でも龍弐さんの方が、もっと強ぇ」
条件とフォーメーションは昨日のものを継続し、前衛がひとり減ってやりにくそうにはしていますが、崩れることはありません。
戦線を突破してこちらに向かう個体がいても、京一さんは眉ひとつ動かさず、叫びもせず、たった数秒の観察で弱点を見抜き、こちらの被害を鑑みて迎撃します。
目を丸くしたのは私たちの方でした。
「い、いったいなんなんですか、あれは! 一年間で、どんな特訓をさせたんですか!?」
戦闘終了後、討伐したモンスターから戦利品の回収を龍弐さんたちに任せて、私は京一さんを連れて奏さんを詰問します。
「ええと………まぁ、ほら。京一くんってスポンジみたいに色々吸収するでしょう? お勉強の出来はどうであれ、鍛えれば鍛えるだけ強くなっていきますし、そんな彼を見ていたら………その、ついね」
「熱が入りすぎたと?」
「そういうことです」
なにが、そういうことです、なのでしょう。
魔改造を施したのはわかりますが、まるで別人です。
でもこれが、私たちが知っている「モンスターと悪人限定で、狂気の笑みを浮かべて破壊の限りを尽くすヤベェ奴」たる京一さんの基盤だとすれば。
いくらかは納得がいくのです。
いくらかは、ですが。
「すげぇや京一の兄貴。よく冷静でいられたっすねぇ!」
「そういうお前だって冷静に捌けてただろ」
「いやぁ………実は、そうでもないっす。大勢に囲まれた瞬間にテンパっちゃって。まだ慣れてねぇんすかねぇ」
「得手不得手もあるだろ。そういうのが苦手ってだけだ。弱点が理解できるだけいいじゃねぇか。俺なんて指摘されても理解するのに苦労したし。直すのに必死だったよ。迅はすぐ強くなれそうだな。そのスキルも便利そうだし。頑張れよ」
「押忍!」
「………同い年に兄貴って呼ばれるの、慣れねぇな。これって俺の弱点か?」
「そんなことねぇすよ」
「そうか?」
「そうっす」
昨日に似たやりとりを、今度は迅くんと行っていた京一さん。
ダンジョンのなかにいるのに、これまでの京一さんならオドオドしたり、瞳を輝かせていたのに、本当に別人みたいでした。いくらか自覚というものがしっかりと現れてきたのでしょうか。
半日後。京一さんは、ついに十六歳となりました。
あと数時間で、ついに私たちが知っている十七歳の京一さんに戻ります。
もう十六歳となれば、今の龍弐さんや奏さんの顔や背丈に違和感もなくなる記憶でしょう。いきなり変化しても、そこまで狼狽はしませんでした。
「つまり………あと一年もしないで、俺はダンジョンに挑めるってことか!」
むしろ、暗黒期を終えてから現れた、ダンジョン攻略への理想が現実になったのだと知れて、興奮しているようでした。
まだ挑んですらいないのに充足感があるのでしょうか。スゥと深く息を吸い、静かに周囲を観察していました。
「………埼玉のどこら辺ですか?」
「秩父市跡地だね。あと少しで東京ダンジョンってとこ」
「すげぇ」
「でも油断できねぇんだよなぁ、これが」
「なんでですか?」
雀躍する勢いの京一さんに龍弐さんが現実を突きつけます。
「いやね、ここが仮に、群馬ダンジョンとかならいいんだよ。軽井沢から入ったとしてさ。群馬ダンジョンや茨城ダンジョン、他にも栃木ダンジョンとかなら、まぁ名のある冒険者が攻略し尽くしているわけだ。でも埼玉ダンジョンとなると話が違う。なーんでだ?」
「………攻略しているパーティが少ない。………そうか、ゲート!」
「当たりぃ。群馬ダンジョンから埼玉ダンジョンに入るためのゲートはいくつかあるね。それは多くの冒険者パーティが情報を共有したりするから判明するわけだ。でも埼玉ダンジョン………特に最奥なんて、誰だって入れる場所じゃない。今、俺たちは毎秒伝説更新中ってわけ」
「………伝説的な………うっ」
「おっ。鍔紀ちゃんの催眠が効いてきたのかな」
京一さんの様子がおかしくなりました。まさかと目を疑います。本当に睡眠学習というものが存在するなど思いもしませんでした。
まるで禁句に反応してしまう中毒の患者のような反応に、私たちは目を丸くしてしまいます。
「くっ………な、なんだ? この………込み上げてくるような感情は」
「気にしなくていいよぉ。それよりさ、今の結論だけど、俺たち今、困ってるってわけ。ゲートがないからね。前人未到の秩父市跡地。全部手探り。ね、ヤベェっしょ?」
「ヤベェのはわかりますけど、効率悪くないですか? ………って聞くのも野暮ですかね。確かに、他に方法があるわけでもない」
「そゆこと。なんにせよ、秩父市跡地の最奥に行けばなにかあるかもしれない。無かったとしても壁沿いを探していけば、ゲートっぽいのがあるかもだし。トライアンドエラーこそダンジョンの醍醐味じゃねぇか」
「なんか、うまく言いくるめられたような」
「ちなみに、この策を言い出したのキョーちゃんだからね?」
「俺、頭悪くないですか? ………知ってたけど」
別に京一さんの能力が劣っていると非難したいわけではありません。誰も京一さんを責めようとはしませんでした。成績の良し悪しは別として。
「そう悲観したもんじゃないわよ。私だって、他に代案があったわけじゃないし」
「そうだな。これが正解で、遠回りに見えるけど一番の正解なのかもしれないな」
頭を抱えそうになった京一さんを、鏡花さんとアルマさんがフォローします。それでも納得ができなかったので、荒療治ではありましたが奏さんが京一さんのお尻を蹴り上げて、ダンジョン攻略に同行するよう促します。
十六歳の京一さんは、十七歳の頃の京一さんよりも知識が乏しかったです。どうやら、一年とそこらで強引に指針を変え、無理やり知識を搭載したようで、しかしダンジョン攻略における情熱だけは同様で、それを買われてフォーメーションも一部変更になりました。
迅くんのフォローをするべく、前衛と中央の間で、どちらにも加勢できるポジションです。
道は相変わらず平坦で、登れる坂がどこにも見当たらないため見通しがよく、接近するモンスターの群れの迎撃も難なく行えます。やはり十五歳の頃よりいくらか戦い慣れています。どちらのフォローも難なくこなしている印象でした。
しかし、数時間後にアクシデントが発生したため、パーティ全体に緊張が走ります。
「………ちょいと、まずいかねぇ。これは」
飄々としながら煙草を吸おうとして、フィルターから先が狙撃されて消滅したことに落胆した龍弐さんでしたが、次の瞬間に襲い掛かってきた気配に、唇に唾液で付着していたフィルターを強引に剥がして捨てます。
いつもなら誰かの陰に隠れていた私も、フォーメーションを崩せないため、このまま戦線を維持するべく鏡花さんに並びますが、額から流れる汗を止められませんでした。
「龍弐さん。この半端ない殺気………なんなんですか?」
まだダンジョンに慣れていない京一さんは、私以上に緊張した面持ちをして、しかし決して逃げようとせず、拳を開閉しながら尋ねます。
「ちょいとね。違う個体なんだろうけど、俺らにとっちゃ因縁のあるクソモンスがいるんだよ。ったく。やっぱいるよね。一体だけじゃなかったか。………キョーちゃんは後退。マリアちゃんと一緒に行動すること。奏かアルマさんの指示に従えばいい。………迅。まずは俺らで止めるぞ。絶対に見逃すな」
「押忍」
龍弐さんは迅くんと並んで、迎撃に出ます。
やはり間違いではありませんでした。埼玉ダンジョン最奥にも別個体がいたのです。
かつて群馬ダンジョンで会敵し、元は迅くんたちが所属していたチーム流星を崩壊の危機に立たせ、その後私たちを追ってきた特別なモンスター。
呪物精霊が。
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