第238話 言いたかったこと
奏さんは淡々と条件を述べます。
ひとつ。私たち九人から、決して離れないこと。半径十メートル以内を行動範囲とする。
ふたつ。己の力量を過信しないこと。すでに埼玉ダンジョン最奥部に挑戦している現状、レベルでは絶対にダンジョンモンスターには勝てない。よって誰かと絶対に協力して交戦すること。
みっつ。このパーティのボスを守ること。移動、交戦時はペアで行動するのが必須。理由は、京一さんが十四歳の頃に受講した同じ修行を取り組んでいるゆえに。
やはり、奏さんの地獄のハッピーセットプランが勝手に進行していて、いつの間にか私がその中心にいました。
「わかりました」
「よろしい。やっぱり、この頃からの京一くんは従順ないい子ですね」
「………うす」
身長差がそこまでないからか、京一さんは奏さんに頭を撫でられて照れていました。
これが狂犬を忠犬に変えたトレーナーの手腕。血みどろな調教具合が十三歳のアレですから、嫌でも大人しくなるでしょう。これで首輪を付けていたら、完全なる飼い犬の完成です。
「じゃ、フォーメーションの確認ね。普段のキョーちゃんは前衛だけど、今回は中央で見てること。後衛は奏たちに全振りでいいから。とにかくマリアちゃんを守ること。なにがあっても前に出ないこと。いいね?」
「はい」
「あっひゃっひゃ。すげぇ不満そうな顔。そりゃ、今のキョーちゃんは初めてのダンジョンだから腕試ししたいよねぇ。でもそれはできないって、さっき言われたでしょぉ? ここが群馬ダンジョン辺りならやらせてあげたんだけどねぇ。ごめんねぇ」
いつもの龍弐さんなら、気軽に「じゃあ前に出てもいいよぉ」と言うのでしょうが、今回のケースとなると話が違います。
この長い期間、私も龍弐さんたちを観察してきたからよくわかります。
龍弐さんは戦闘時───特に強敵と相対した際、刀の柄頭を握ったり、指で軽く叩きます。癖なのでしょう。それが現れていたのです。初めての実戦に投入するには若くて戦力外にも等しい京一さんが生き残るため、頭のなかでシミュレーションを繰り返しているのでしょう。
ゆえに私と組ませたのかもしれません。
同じ修行をさせるというのは建前で、要するに初めての戦いの空気を体感させるため、この超弩級攻撃特化パーティにおける唯一の防御系スキルを得た私なら、有事の際に防壁で時間を稼げます。それが例えたった数秒であっても、このパーティにおいては時間と距離はさしたる問題ではありません。それはもう頭がおかしくなるくらい、目視が可能な距離にいれば、瞬時の攻勢に出て報復が完了するのです。
私はこのパーティのなかで、スキルを得てから唯一のセーフティゾーンの権利を得ました。合理性の話なのです。
「龍弐ちゃん。奥からお客さんだよぉ」
六衣さんがウズウズとした表情で言いました。なんてタイムリー。
「あっはぁ! あれはウッドホーンブルだよぉ! 私が自爆すると綺麗に燃えて、お友達になれるのぉ!」
「うんうん。わかったわかった。自爆すると綺麗なんだな。よかったな。てなわけで、ドウドウ」
「キモ。触らないでよ!」
「自爆? ………え、なに言ってんのこいつ。怖」
もう慣れ親しんだ光景ですが、今の十四歳頃の京一さんにとっては初見です。
六衣さんのコードに直結するスキル「自爆」と、自爆のことしか頭にない彼女の狂気を目の当たりにして、引き気味になります。アルマさんが六衣さんのパーカーのフードを掴んでいなければ、私を盾に使っていたかもしれません。それはできればやめてほしい。私だって怖いものは怖いんです。
前方百メートル先に、見覚えのある二本角を携えたダンジョンモンスターが、群れ単位で疾走しています。ここはウッドホーンブルの縄張りなのでしょう。許可なく土足で踏み行った私たちを踏み殺すか突き殺すか、その二択しか群れにはありません。
「じゃ、キョーちゃんはそこで見ててねぇ。行くぞ迅。今度はお前が手本になるんだ。キョーちゃんに冒険者のなんたるかを教えてやりな」
「押忍! 龍弐の兄貴!」
腰を低く落とした迅くんと龍弐さんが、躊躇いもなくウッドホーンブルの群れに突撃します。
「あ、あんなの自殺行為だ!」
誰か止めるよう叫ぶ京一さん。なにも知らないからでしょう。確かに、並の冒険者ならすぐに死んでしまいます。でも誰も止めようとはせず、無言でフォーメーションを維持して迎撃しようとする私たちに愕然としていました。
「大丈夫。それより、目を逸らさないでください。これがダンジョンです。これが日常なんです。これがあなたが毎日、夢を馳せていた理想の姿なんです。………心配せずとも、ウッドホーンブル程度、群れで来ようが数分で終わります。しかし参りましたね。ウッドホーンブルは以前討伐したのですが、お肉はどの部位も硬く、臭いも変でしたし。成分がほぼ樹木に等しいので、食べられたものでもありません」
「けど、バイオ的な技術で新しいなにかに作り替えられるんだったな。燃料とか。食用ではないにしろ油とか、紙とかも作れるんじゃないかって注目されてて、高値で取引されてる。こりゃ、今晩の飯はお取り寄せで豪華なのを作れそうだ」
「戦闘時なのに飯の話してる場合ですか!? 奏さん!」
ご飯のことしか考えられず渋る奏さんと、献立のことを考える呑気なアルマさんを、京一さんは場違いだと非難します。
「これでいいんですよ。京一さん」
「でも」
「いいんです。なぜなら、三十匹程度の群れなんて、もう龍弐さんたちの敵じゃないですから。………っと、あらら。迅くん、やってしまいましたね」
「うわ。迅兄ぃ、ダセェ」
京一さんを説得していると、意気揚々に戦闘に臨んだ迅くんが、ウッドホーンブルの巨体を殴った途端に別個体に弾かれ、第一の防衛線に穴が空きました。龍弐さんがカバーするのですが、一匹取り逃します。
「くっ………!」
やるしかない。と力む京一さん。多分、まだ実戦経験が乏しいのでしょう。極度の緊張が面持ちに浮かんでいました。多分、私はいつもこんな感じの表情をしていたのだと思うと、なんだか笑えてしまいました。
「笑ってる場合かよ!」
「ああ、ごめんなさい。いつもなら逆だなって思ったら、おかしくて。でも、安心していいですよ。ほら」
私は、この時無意識に得意げになっていたのだと思います。
突進する一匹のウッドホーンブルに右手を翳すと、ゴスン! と鈍い音を響かせて、進撃が停止したのです。
「え………」
「ああ、重たい………全速力で突っ込んできたトラックを強引に止めてるみたい!」
なんていうか、感無量というか、優越感に浸れる瞬間というか。
多分、立場が逆転したんだと思います。
そう。
例えばあの日───私が京一さんと鏡花さんに、同時に助けられたあの時。
私は愕然としながらふたりを見上げました。異なる具体であっても、スキルを使ったことに違いありません。エリクシル粒子適合者のなかでもほんの少数しか覚醒しないスキル持ちに、ふたりも会ってしまった記念日です。
京一さんはあの時の私と同じ顔をしているのだと思います。思わず笑ってしまいました。
「大丈夫ですよ、京一さん。なにがあっても、今度は私も守りますからね!」
戦いたくても戦えなかった日々が続くなかで「私は配信者なのだから仕方ない」と言い訳のように言い聞かせ、葛藤してきました。
ですが、もう違うのです。
私はやっと、言いたかったことを素直に伝えられました。
とても気持ちよくて、さっぱりしました。
たくさんのブクマありがとうございます!
そしてまた、ナチュラルに水曜日の更新をスルーしてしまうという失態を…
いや、気付いてはいたのです。就寝前にふと思い出し「ヤベッ」となって気付いたら………朝でした。そう、寝落ちです。
というわけで今週も木曜と金曜日の連続更新となります。それにしてもポケモンのDLC面白いですね。11日と勘違いして一日を無駄にしてしまいましたが…。
作者からのお願いです。
皆様の温かい応援が頼りです。ブクマ、評価、感想、いいねなど思いつく限りの応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!




