第237話 地獄のハッピーセット
「おーい。奏さんやぃ」
「………」
「おーい。こっち見てぇ?」
「………」
なにを言われようが沈黙を維持する奏さん。
ずっと私たちから顔を背け、会話に混じろうとはしませんでした。
龍弐さんがいつも仕掛けては十倍返しにされる、軽微な悪戯───例えば頬をプニッと持ち上げられて「笑顔が素敵ぃ」なるちょっかいをされても、沈黙していたのです。ついさっきまでなら、瞬時に指を掴んで関節とは逆方向に折り曲げるというのに。
「お、おーい。京一? どうした? 腹でも痛いのか?」
アルマさんたちが声をかけても反応しません。
もしかして苛立ちなどで意地になっている、なども考えたのですが、表情の一切が抜け落ちた機械的な面持ちからは、なんの思惑も読み取れません。
「ねぇ龍弐先輩。京一先輩、どうしちゃったの? これ、なに?」
利達ちゃんが泣きそうな表情で訴えます。迅くんがテイムしたモンスターの幼獣のなかで、積極的に私たちとコミュニケーションを取るワン郎ちゃんを持ち上げて、京一さんの顔を舐めさせたりするのですが、リアクションが無いことに極度の恐怖を覚えます。
「あー、まぁ、ねぇ………どう説明したもんかなぁ。キョーちゃんもお年頃ってだけだしねぇ」
「だからって、この一貫したような無表情は異常でしょう!?」
鏡花さんは思いつく限りの手段で、京一さんのリアクションを得るべく模索します。ついには抱きしめてあやし始めます。京一さんは幼い頃、今の奏さんのスタイルに包まれてとても照れていました。もはや捨て身の貢献です。でも同じ手段を選んだとしても、なにも得られませんでした。
「十三歳かぁ。てことは、キョーちゃんもエリクシル粒子適合者になってて、本格的に修行を始めた頃だねぇ。楓先生も躍起になってさぁ。レベリングシステムをどうやって弄ろうとか、計画を練ったもんだよ。んでぇ………この様子から察するに、調子に乗っちゃったあとってところかなぁ」
「………なんとなく、察しがつくんすけど」
迅くんは京一さんと奏さんを交互に見ていました。
私も察しがつきました。
「キョーちゃん、順調にレベル上げしたもんだから調子に乗っちゃってさぁ。俺も褒めてたしぃ………でも井の中の蛙状態っていうか………うーん。要するに………ねぇ、奏さんやぃ」
「………」
「調子に乗っちゃったキョーちゃんが、まさか奏さんを上回ったとか勘違いしてたもんだから………シメちゃったんだよねぇ。でもこれ、奏にも原因はあるよ。エリクシル粒子適合者全員の特権である、ステータス情報開示のページをロックして、自分でも閲覧禁止にしちゃったんだから」
「………」
「実際、キョーちゃんはレベル10くらいの時に下克上チャレンジしたんだけど、その時の奏はレベル30くらいだったもんねぇ。瞬殺だよ瞬殺。いやぁ、あれは酷かった」
「っ………」
おや。やっと奏さんがリアクションを示しました。とはいえ、若干体が揺れた程度なのですが。
「それから奏さんったら、キョーちゃんが狂犬にならないように調教するって言い出して………はは。本当に酷かったよ。多分、今の状態こそ調教が済んだタイミングなんじゃないかな。泣くことも笑うこともできない。マシーンのような兵隊ができあがったんだねぇ。楓先生が久々にブチギレて、お仕置きされたっけ。懐かしいねぇ、奏さんやぃ」
「う、うるさい………ですよ」
「一週間、甘味禁止令が発令されて、発狂するところだったもんねぇ」
「………うがぁぁああああああああ!」
「あ、やべっ」
獣のように唸りを上げ、それが咆哮へと変化した時。奏さんはまさしく獣のごとく龍弐さんに襲い掛かりました。ビュンと伸びた手に握られたのは龍弐さんの装備である日本刀で、一瞬で抜刀します。久々に刃を向けられては龍弐さんも成す術がありません。同じ速度で逃亡します。
「まさか本当に、京一さんが泣くことも笑うこともできなくなるような特訓が存在したなんて」
私のコメントに、全員が首肯します。危うく、私や利達ちゃんがそれを受講してしまうところでした。
さて。京一さんに仕掛けられた西坂さんのスキルの解除も、残すところ一日半となりました。
つまり、悪夢の時代が終わり、やっと───本当に、やっと、ゴリラよりも凶悪な京一さんと合間見えることになるのです。
痛々しい沈黙が続いた半日後、ついに京一さんは十四歳となります。
いつもように自己紹介を終わらせて、彼の反応を楽しみます。本当に楽しかった。なんていったって、リアクションがあるのが素晴らしい。
「お、おぉ………」
「………な、なんだよ。ええと、利達、だっけ?」
「いや、まぁ、わかってたんだけどさぁ………京一先輩と同い年ってのが、信じられなくてさぁ」
急成長を繰り返す過程で、私たちの半数が同じ期待を抱えることになりました。それはアルマさんたち成人組や、六衣さんのような年上のひとにはわからないものです。
そして今、順当にいけば当然そうなるように、まずは利達ちゃんが京一さんの隣に並びました。
「背だってあたしに近いし。いやぁ、マジで同い年なんだねぇ」
「らしいな」
「ふーん。へへぇ」
「………なんなんだよ」
ニンマリ。と笑う利達ちゃんにどう反応すればいいのかわからない京一さんは、苦々しそうな顔を逸らして、龍弐さんに助けを求めます。龍弐さんは利達ちゃんと同じ笑顔を浮かべていたので戦力外となり、奏さんへと助力を請いますが、残念ながら成果は得られなかったようです。
「わかる? 京一先輩。ここ、ダンジョンなんだよ」
「らしいな。ていうかお前、なんで同い年なのに、先輩呼ばわりするんだ?」
「京一先輩は本来なら十七歳だからだよぉ」
「十七歳か。さっきもそんな説明聞いたけど………ふーん。あと三年、か」
十四歳となった京一さんは、私たちが知っている京一さんと、ほぼ同一でした。
違う点を挙げるとするなら、やはりまだ幼さがある容姿をしていたり、身長が少しだけ低かったり。声変わりの途中なのか、まだトーンが高かったり。
そしてなにより、ダンジョンについて夢を馳せる少年。といった目をしていました。その瞳はとても印象的でした。大望に向けてモチベーションを高めていく者にしかできない目。かつて、私もそうだったのでしょう。
「京一の兄貴。もしかして、もうスキルは使えるんすか?」
「ああ。一応な。………っていうか、迅っていったっけ? 年上に兄貴って呼ばれるのもなぁ」
「はは。前にもそんなこと言われた覚えがあるっすよ」
迅くんの質問で、スキル持ちであることが判明します。十三歳から十四歳の間、あるいは十四歳になってから得たものなら、あの精度も頷けます。二年と半年以上は研鑽できるのですから。
「じゃ、そういうことだしさ。せっかくだからキョーちゃん。ダンジョンを探検しようぜぇ」
「いいんですか?」
龍弐さんがフランクな口調で提案すると、渋面気味だった表情がパァと明るくなります。やっぱりまだ子供っぽいって言ったら、怒るでしょうか。でも私と同じように、奏さんと鏡花さんと六衣さんは「可愛い」と口にして笑っていました。途中で気付かれて、照れた末に目を逸らされますが、それさえも可愛い。
「いいんだよぉ。キョーちゃんは奏さんの地獄のハッピーセットみたいな特訓を終えたんだし。レベリングシステムもそこそこ、スキル持ち。ならまぁ、いいでしょ」
「龍弐はあとで地獄のハッピーセットをご馳走してあげますから完食するように。それはさておき、私も同意見です。ただ条件は付けます。いいですか? よく聞いてくださいね」
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