第200話 一撃で殺せなかった時点で
いったいどれだけの時間が過ぎたのだろう。
知ることはできる。スクリーンを起動すればいい。
現代の最新技術の結晶たるそれは、エリクシル粒子適合者に様々な恩恵をもたらした。ただし、最新の技術をもってしても、できそうでできなかったこともあったりと、案外不便な面も持ち合わせていた。
そのなかでも代表的なのが通話だ。
携帯電話を用いれば、現代人は世界各国にいる人間たちと通話することができる。
理屈は知っている。電波の増幅だ。送信側の電波を増幅して、受信側に音声として届けることができる。
しかしダンジョンとなると話は別で、なにやらエリクシル粒子同士が反発し合ってしまうだとか。パーティのボスたるマリアが持っている、専用の通信機を使えば音声通話は可能となるが、スクリーン同士の通話が可能となるのは、やはり相当先の話だろう。
「………さて。参ったもんだね、これは」
レーションや干し肉といった、非常食を齧りながら進む龍弐は呟いた。
あの時代錯誤も甚だしい武人被れの男を退けてから数時間。龍弐もまた、仲間との合流を目的に、七人を呑み込んだ大穴へと降下してみたはいいものの、目論見は外れて、今は単身でどこかの通路を歩いていた。
単身でいることに不安はない。むしろやりやすい。龍弐の戦闘スタイルは単独で多くを屠ることのできる加速を主幹としている。もし奇襲があったとしても退けられるのは容易い。
この状況でなによりも忌避していることは、概ねふたつ。
ひとつは非戦闘員のマリアが単独でいること。これはチーム全体の不安だ。もし同じように奇襲を受ければ、良くて人質。最悪殺される。
そしてもうひとつ。それは龍弐が久々に単独でいることで、これまで隠してきた部分が顔を覗かせようとしていること。
「ああ………いけねぇな。まるで緊張感がねぇ。それどころか………はは。笑えてきた」
使者とやらが差し向けた刺客。西坂を発端とし、あの武人被れな男の襲撃。チームは忌々しげに考えていただろうが、龍弐の内実は異なる。喜んでいた。ワクワクもした。
あれはいつだったか。龍弐のなかでスリルを楽しむ人格が形成されたのは。気付けば二面性の自分がいた。そしてそれは二重人格などではなく、紛れもなく自分自身だった。
戦いを楽しむ傾向にあり、ディーノフレスターと交戦した時が最高潮だった。まさに命のやりとりをするシーンが大好きな自分。
もうひとつは、いつも仲間たちの前で曝け出す、どうしようもない悪戯をしたり、奏をからかって楽しむ自分。まさにマリアチャンネルにおいての自分のコードそのものだ。
現在、龍弐の表に出て来ているのは、戦いを楽しむ自分だ。命のやりとりをする必要がないくらい弱い相手だろうと、的確に命を狙ってくる。納刀し、無防備を晒すことで「いつでもどうぞ」とアピールするこの瞬間がたまらない。いつ自分の首を狙ってくるかわからないのが、たまらない。
「ああ、早く来ないかな………いや、それとももう………はは。来てたか」
龍弐は狂気を湛えたまま、その場で旋回する。
そして腰の剣帯に提げていた日本刀の鞘を握ると、納刀したまま柄頭で前方を刺突する。
ガチッとなにかが噛み合う音が響いた。
「へぇ。スキル持ちか。あの地割れもそうだったんだろうけど、やっぱ別の奴を差し向けてきたみてぇだな。どうやら、あの男の娘のシシャサマとやらも馬鹿じゃないらしい。こうして、真っ先に潰しに来たんだもんな。この俺を。大正解だよ」
「言っておくけど、僕たちはそのシシャサマという存在は知らない。あくまでクライアントだ」
「雇い主ってか」
「そう。それと、あんたを狙ったのはクライアントの指示じゃない。僕は私的に戦いたかった。あの武器馬鹿との戦いは見てたよ。あいつ、スキル持ちじゃないけど、それなりにやり手だった。けどあんたは別格だった。武器馬鹿をああも簡単に叩き落とすなんてさ」
「へぇ………じゃあなに? テメェも俺と同じ部類ってわけぇ?」
「そうなるかな。特に理由はないけど、強い奴とやってみたかった」
龍弐が奇襲を阻止したのは、彼よりも歳が下の少年だった。
少年は柄頭の刺突を腕で防いだ。ただし、龍弐はこの少年が無防備なまま奇襲を仕掛けたわけではないと見抜いていた。
目深に被った灰色のフード付きパーカーは、ただお洒落をしたいがためでも、正体を明かさんとするために被っているのではない。長袖の下にあるものを隠しているためだ。
そこで龍弐は、クロスしている両腕を強引に弾いた。握っていた鞘を捻りながら、振り上げたのだ。
「へぇ………渋いねぇ」
捻り上げられた柄頭の摩擦で、長袖が破ける。そこにあったのは手と腕を覆う手甲だった。装甲は藍色で、縁に黄色の装飾が施された年代物だ。
「チッ」
少年は舌打ちし、後退しつつ力負けで上げてしまった防御を整える。が、次撃を警戒したものの、徒労に終わる。龍弐は追撃しなかったのだ。
「なんで反撃しないの?」
「あのオサムライ様気取りの馬鹿にも言ったけど、楽して勝ちたいとは思わないんだよねぇ」
「舐めてるの? あいつはスキルが使えないけど、そこそこ腕が立つ。けど僕は違う。舐めない方がいいと思うけど」
少年は煙のように消えた。そう。スキル持ちだったのだ。
不可視な相手なら、まず焦る。闇雲に乱撃しようものならそれが隙になる。おそらく少年は、隙を見せた相手に容赦はしないだろう。
だが、その一方で少年も知らないことがある。
「テメェの唯一の失敗を教えたらぁよぅ」
「へぇ、なにかな」
「俺を相手にしたことだよ、っと」
龍弐は狂気を湛えたまま、地面を乱暴に靴で擦り上げた。サッカーボールを蹴り上げる動作そのものだ。
ザリッと靴底と地面が触れた途端に音が鳴り、爪先から踵までスライドする。
もちろん龍弐の蹴りは意味がない。それは本人が一番知っている。別の目的があった。
「あとは、スキルを使える分際で一撃で俺を殺せなかった時点で、舐めプしたテメェは負けが確定したんだよぉ。あひゃっ。テメェならスキル使うまでもなく殺せるなぁ」
「なにっ、くう!?」
龍弐は少年を瞬時に発見して追撃する。
あの蹴りは、地面にあった小さな礫を無数に蹴り上げるためのものだった。極小サイズでも弾幕となり、前方に広く拡散する。
スキルといえども万能ではない。少年が透明化したわけではなかった。ただ姿が見えなくなっただけで、実体まで消失してはいない。そこに礫が当たればダメージこそないが、衣服などに弾かれる。その不自然さこそが少年の居場所を告げるサインだ。
龍弐はすぐに追撃した。逆手持ちにした鞘で殴りつける。あまりの敏捷性に、言動に反してスキルを使ったのではないかと錯覚するも、まだ目で追える速度であることから、信憑性が高まる。
「あひゃっ。偉い偉い。ちゃんと見てるねぇ。でもさ、目で追えるだけじゃ俺は捕まえられねぇんだよォッ」
そう。少年は辛うじて龍弐の姿を目視できるだけであって、対応が追いついていない。
龍弐は少年が透明化しても焦らず、怯まず、むしろ喜びながら襲い掛かった。
「ば、けもの………っ!?」
「あひゃひゃ。うちのキョーちゃんでも狙っておけば、まだ四肢骨折だけで済んだろうにねぇ。俺を狙ったからこうなるんだよぅ。可哀想にねェッ!」
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