1話:転移先と成長
前回の主人公視点の話から既に二年以上経っていたようでとても驚いてます。
なので忘れていると思われますが主人公が狐の獣人のエメリアと何処かに転移したのが前回のラストです。
「_________」
声が聞こえる。
明確に意識がはっきりしているわけではない。
靄がかかったような意識の中で、耳を素通りするようにして理解も出来ない言の連なりだけが意識内で響く。
「会いにきて......まっているから、早く会いにきて____」
声は柔らかく透き通るような心地よさをもっている。
いつまでも聞いていたくなる声の主の姿は見えない。
ただ、懐かしいような、その声の主を知っているような、自分の側にいるのが当然に感じる不思議な感覚を抱かせる。
何故そんな感覚を抱いているのか、それすら今の明瞭でない意識では判断出来ない。
「あいたい、あいたいです。あってふれたい」
悲哀を感じさせる声の主が涙を流す。
姿は見えなくとも不思議と分かった。
涙を止めたいからか、不鮮明な意識のままリュートは叫ぶ。
「_____」
それは、声にならない声。聞こえるはずもない声だ。
だけど、想いが乗ったのは確かだ。
声の主が柔らかく微笑んだのがその証拠だ。
「わかりました。貴方の事をまっているから、だから、早く迎えに来てください_____さま」
「起きろ、起きろって!」
突然強制的にリュートの意識が引き上げられる。
意識の底で声の主が儚げに手をふっているのを確認するとリュートの瞳が開かれる。
「......何をしている」
開口一番にリュートは言った。
自分の後頭部に感じる冷ややかな感触と目の前で此方を覗きこむ涙目の狐の獣人エメリアに一瞬事態を飲み込めなかった。
「起きた......良かった生きてた」
「死ぬはずがないだろ」
自分が転移させられている事は既に聞いて知っている。
事情を知らないエメリアに説明しようとリュートは起き上がる。
「何だ? 体が濡れている」
傷の有無や仮面の状態を確認すると服が濡れて張り付くような不快な感覚がリュートを襲う。
「だから、生きてて良かったって言ってるだろ! もう少しで溺れ死ぬ所だったんだぞ」
「そうか、転移する場所が平地とは限らないということか」
横目で見ると直ぐ近くに大きな湖が見える。
リュートは服が濡れていた理由とエメリアの発言の意味を理解した。
「迷惑をかけたようですまなかったな」
「いや、それは、いいんだ。別に迷惑だなんて思ってないし。ははは」
「何故頬を赤らめている?」
「は、はぁ? 赤らめてないし!」
明らかに頬を赤く染めているエメリアは声をだいにして否定する。
「まぁ、ならいい。しかし、感謝は告げておく、人工呼吸もしてくれたようだしな」
状況を理解したリュートは先程の体勢の理由も察していた。
「ブッ、人工呼吸なんて、してないし、する前に目覚めたし!」
「そうか? まぁ、一応感謝は言っておく」
「お、おお! 受け取っておく。と、所でなんか夢でも見てたのか」
明らかに話を逸らしているエメリアだが、リュートはそこに触れずに思考に耽る。
「夢......」
先程の出来事は覚えている。姿は見えなくとも確かに彼女はリュートを求めていた。
「そうだな、夢みたいなものだ」
夢と同じく少しずつ朧気になっていく彼女の声だが自分が来るのを待っている者がいるのは分かる。
問題は声の主が何処で待っているのかリュートが知らないという事だ。
「いや、そもそも、誰なんだ?」
「おい、何考え事してるんだよ。それよりも、ここがどこか分かるか?」
「ああ、そうだったな」
事情を説明する手前だった事を思い出す。
ちらりと視線を上に向けると真っ暗な空があった。
太陽も月もない宵闇だ。
間違いないとリュートは先程言えなかった続きを話す。
「ここは、暗黒大陸と呼ばれる所____所謂魔界だな」
「魔界だと!」
暗黒大陸____魔界。闇に包まれ凶悪なモンスターが蔓延る災悪の大陸。この大陸の事を知らぬものはいない。
魔族の集落がある大陸にして、かつて魔王が支配していた国だ。畏れと共にその名は広まっている。
「確かに暗いが......本当に魔界なのか」
「ああ」
エメリアは空を見上げると太陽は姿を見せず闇だけが存在していた。てっきり宵闇の空模様だと思っていたが暗黒大陸だとしたら月すらも姿を見せないのにも合点がいく。
「でも、よく分かったな」
魔界の事を知っているライカだが、自分がいるのが魔界だとは気づかなかった。実際に目にした事が無かったからだ。
それなのに、自分よりも遅く目覚めたリュートが魔界だと断言したのが引っ掛かっていた。
エメリアから疑惑の視線を向けられたリュートは少し驚いたような表情を浮かべる。
「意外と鋭いな。でも、ここが魔界だというのは確かだ。聞いたからな」
「聞いた。誰にだ?」
「ユグドラシル」
「はぁ?」
ユグドラシル。その名も当然エメリアは知っている。
この世界の神様の名を知らない筈がない。
「......そうか、そうだな」
素っ頓狂の声を上げたエメリアは直ぐに微笑ましい視線をリュートに向ける。
「それで神様はなんて言ってたんだ?」
神様様と話すなんて子供のような事を言うリュートに優しい声音でエメリアは聞く。
「詳しい事は言えないが、この地で自分を知れだとよ」
リュートはユグドラシルとの会話を思い出す。
ユグドラシルが言うには魔界で己の事を知り、またこの地にいるのがリュートの為になるとの事だ。
それが、どういう意味を持つのかまでは知らずとも一応神の告げた事だ、従ってみるのも手だとリュートは考えていた。
「じゃあ、ここに留まるのか? 戻った方がいいと思うんだけど」
「そうだ。俺はここに留まる」
一刻も早く帰りたいエメリアとしてはリュートの話は許容できるものじゃなかった。
「弟と会いたいのは分かるが残念ながらどう帰還すればいいのか俺は知らないぞ。お前は知っているのか?」
「それは、知らないけど」
知るはずがない。魔界の存在は一種のお伽噺のようなものだ。
存在は聞いた事があっても所在地が何処かは誰も知らない。
それは、リュートも同じだった。
魔界に転移するとは聞いても魔界が地図の何処にあるのかまではユグドラシルは教えてくれなかった。
仮に教わっていたとしてもユグドラシルから教えられた他の話が衝撃的過ぎてどっちにしろ覚えていないかもしれなかった。
「そうだろ。ならば、結果的に暫くはここに留まるしかない」
リュートがユグドラシルの話に大人しく従うのははどっちにしろ帰れないからというのも理由の一つだった。
「でも......」
状況を理解しつつもエメリアは完全に納得出来ないでいる。
リュートの言った通り、せっかく出会えた弟の元に戻りたい想いが強くあった。
「悩む時間なんてないぞ」
「えっ」
緊迫した声音のリュートにエメリアは意識を向ける。
「聞いた事があるだろ。魔界は魔族とモンスターの巣窟だと」
「それは......」
リュートの問いにエメリアが答えようと口を開くと小さな振動を二人は感じとる。
「なんだ、これ」
振動は徐々に大きくなってくる。
まるで一歩一歩迫って来るかのような振動にエメリアは頬に汗を流して焦る。
「来るぞ」
振動は波を激しいものにする。
それと、同時に二人の視界の先に重々しい足音と共に元凶の姿が見えはじめる。
「あれはなんだ?」
エメリアが呆然と呟く。
迫りくるモンスターの姿は豆粒のように小さくて鮮明に姿を見ることは叶わない。
その筈なのに聞こえてくる音がやたら大きい。
エメリアが呟く間にも音は更に大きくなり、その姿が判別できるようになってくる。
「嘘だろ......」
その姿を認識したエメリアはまたも、呆然と呟く。
岩のようなゴツゴツとした肌に巨大な顎。
地を駆ける為だけに発達した大きな脚。
背には小さな両翼が生えている。
「アースドラゴン......」
スキル『神眼』でモンスターの名前を視たリュートは成る程と納得する。
確かに迫りくるモンスターは地竜と呼ぶべき姿をしていたからだ。
ステータスの高さがドラゴンの納得させる一因でもあった。
「ユグドラシルが言っていた油断すれば死ぬとはこの事か」
アースドラゴンのステータスはかなり高い。
あのレベルが魔界全体にうじゃうじゃいるとしたのならばそれは災悪と言われているのも当然の事だった。
「エメリア、手を出すなよ」
「バカ、竜相手に一人で挑むつもりか! 無茶だ」
竜は災厄をもたらすと呼ばれているモンスターだ。
かつては一匹の龍が国をも滅ぼした事があるとお伽噺で聞いた事があるエメリアはリュートを制止する。
「大丈夫だ。あれなら殺れる。飾りの翼じゃあ怯える必要はない」
リュートは断言する。
ステータス的には勿論、空を飛べないドラゴン等脅威ではない。
「バカ、それでも竜は規格外_____って、おい!」
尚も制止するエメリアの声を振り切りリュートは前進する。
「実験台になってもらうぞ」
リュートは駆けながらユグドラシルとの邂逅を思い出す。
ユグドラシルは言っていた。
『少年、お前の楔は外しておいた。それが、どんな結末をもたらすかは知らん。ただ、これからお前は自由だ』
楔____いつ埋め込まれたかは分からない。
しかし、目覚めてからリュートは自身が更なる力を得ている事に気付いていた。
全身に強化魔法をかける。
恐らくこれでは足りない。リュートはスキルも重ね掛けする。
既に領主の館で戦った獣人ガルフを圧倒した時並みの攻撃力をリュートは有している。
「大きいな」
近づくにつれて全貌をはっきりとさせていくアースドラゴンの全長は十メートルを優に超えている。
普通に近づいてはリュートの攻撃は届かない。
『空脚』
魔力を指向性持たせて瞬間的に放出する事で空中での移動を可能にするスキルで一気に空中に飛び上がる。
繊細な魔力コントロールが必要な為に空中を悠々と飛行するドラゴン相手には厳しいが、飛ぶことの出来ないアースドラゴンには十分有用なスキルだ。
モンスターの全長を越えた高さまで跳んだリュートは振り下ろすように拳を叩きつける。
「グォォォ」
ステータスという概念により十倍近くあるモンスターをリュートはよろめかせその巨体の片足を浮かせる事に成功する。
「ちっ、硬いな」
リュートは舌打ちをする。
巨体をよろめかせる事はできてもリュートの攻撃事態はモンスターの岩の鎧を突き破る事が出来なかった。
「ならばこれならどうだ」
リュートは振り下ろした腕に強化魔法を一段階強化する。
そのまま空脚で跳び、モンスターの横面に拳を叩きつける。
片足が浮かんでいるところを押しやられるようになったモンスターは横に倒れて地響きを起こすが空中にいるリュートには何ら影響はない。
「これでも駄目か」
そんな事よりもリュートは再度の攻撃が通じなかった事だけに興味を寄せていた。
「なら、これならどうだ」
リュートは更に一段、二段と強化魔法を強化させていく。
倒れたモンスターの上にリュートは着地する。
「成る程、威圧感はあるな」
リュートは自身を見つめてくる地竜を冷静に観察する。
モンスターは鋭い牙を顎から覗かせリュートを噛み殺そうとするがリュートが小さいが故にその牙は届かない。
結果として見つめ合うようになる。
「起き上がられても面倒だな」
モンスターの腹に乗ったまま突き刺すように拳を突き立てる。
計五段階強化した強化魔法がモンスターの腹に吸い込まれていき____アースドラゴンの防御を硝子を砕くように撃ち破る。
「グゥォォォ」
モンスターが絶叫を上げる。
音量とブレスが一種の攻撃力を持っていたがそれをものともせず、リュートはもう一段階上げた強化魔法で再度殴る。
「おっと」
余りの痛みでモンスターがのたうちまわり流石のリュートもバランスを崩す。
本来ならばそのまま落下する所だがリュートは空脚で跳ぶことで落下を回避する。
跳んだリュートはモンスターの状態を見下ろして確認していく。
モンスターの天然の鎧は破られ赤い鮮血を止めどなく流している。
リュートの攻撃が通じているのは明らかだ。
「実験結果がでたな」
地竜が防御に特化している種族なのは間違いない。
その、地竜にリュートの攻撃は通用した。
それが、知れれば十分だった。
「終わりだ」
リュートは握っていた右の拳を開き、先を尖らせるようなイメージで細める。
細めたままモンスターに向かって降下していく。
狙いは巨大な顎がある顔面だ。
「グゥォォォ!!」
痛みに苦しんでいた地竜が瞳孔を細めて大きく顎を開く。
喰らおうとしてくるモンスターに対してリュートは直前で空脚を使い斜め上に避ける。
避けると同時に左手を上向きにして空脚を使い、体を浮かび上がらせる事なく一気に頭の上に急降下する。
「竜も脳をやられれば終わりだろ」
リュートは細めた腕を回転させるようにしてスキル『一本突き』を発動して脳に腕を潜らせる。
瞬間的に地竜の瞳がグインと上向きになり、そのまま泡を吐くようにしてアースドラゴンは絶命した。
「やはり、巨大な相手は面倒くさいな」
相手が大きいと此方の動きも大きくしなければいけなくなる。
それは、普通に戦うよりも遥かにスタミナを消費する。
「しかし、驚いたな」
リュートが行った強化魔法の強化。
あれは、自分が何段階進化したかを確かめる為にしたことだったが結果は大きく進化している事が分かった。
なんせ、領主の館での時の本気よりも六段階強化することが出来た。
これが、楔とやらを抜いたからなのだとしたら一気に成長したことになる。
その、成長幅は未だ底が見えずリュート自身驚いていた。
「まぁ、いい。此れからはもっと強くならないといけないからな」
神が語った事が本当ならば、今のリュートでさえ力不足なのだから_____。
次は異世界転移の方を更新する予定です。




