10話:圧倒と畏怖
異世界に渡った俺の職業はヒモでした!は昨夜18時頃に投稿しました。もしよろしければ見てみてください。
同じ異世界物でも大分違う印象を持つと思います。
では、10話主人公の圧倒的な強さをご覧ください。
「三人共、もう足止めはいい、後は俺がやる」
フードを被った男を足止めしていた三人を下がらせる。
「さてと、お前が俺の仲間を拐った奴でいいんだよな」
リュートは男に話しかけながら無造作に歩いていく。しかし、男はリュートに攻撃を仕掛けない。いや、仕掛けられない。
リュートからは、無防備に突っ込んだら一瞬で自分が死ぬと感じさせる程の圧力があった。
男は一切の油断を無くし、全力の戦闘体勢をとる。
「じゃあ行くぞ、ガルフ」
リュートは神眼で視た名前を告げる。
「……」
男は、いやガルフは突然告げられた自分の名前に驚いた表情を浮かべる事はなかった。
だが、わずかに、本当にわずかに意識に隙が生まれた。
そこをリュートは見逃さない。
その瞬間リュートの姿がブレル。
ゆっくりとした歩みから、行きなりのトップスピードをだしたリュートの動きをガルフは見切れなかった。
元々数メートルしかなかった距離は一瞬で縮まる。
リュートは腰から剣を抜き、振り切る。
リュートの剣は速く鋭い。
その剣速は初見のガルフでは捉えられない。
だからガルフがリュートの攻撃を避けれたのは偶然だった。
リュートが振りかぶった剣はガルフの首を狙っていた。その剣筋は速く、鋭く、正確だった。
確実に命を狙うその正確さゆえに、首にぞわりとした殺気を感じる事ができたガルフは反射的にしゃがむ事で必殺の剣を避けれた。
「ちっ」
剣を避けれたリュートは、剣を横に振りかぶった体勢のまま、しゃがんでいるガルフに蹴りを放つ。
反射的にしゃがんだガルフの筋肉は一瞬収縮して蹴りに対する反応が遅れる。
「……っぐ」
ガルフは顔に迫る蹴りを真っ正面から受けぬよう額で受け止める。
ガルフの視界はぐらつく、だが意識を保つ事はできた。
蹴りを額で受け止められた事でリュートの足は痺れて動きが止まる。
これ幸いとガルフは視界をふらつかせながら何とか後ろに下がる。
「これ程か」
ガルフは額から流れ落ちる血を腕で拭う。
そして思う。この戦いは一瞬の油断が命取りだと。額で受け止めなければ、反射的に避けなければ自分は殺されていたと。
もう油断はできない。
「一気に殺す」
「思った以上に冷静だったな。それに咄嗟の対処も中々だった」
リュートは冷静に相手の動きをはかっていた。
そして、意識を本気に向けて切り替えていく。
今のはお互いに手の内を探り合う前哨戦でしかない。
スキルをフルに使っての本番はこれからだ。
リュートは身体能力を上げるスキル肉体強化を使う。
先程までよりも密度を上げた強化魔法も合わさり先程の動きを遥かに越える事ができる。
「次は首を狙っては駄目だな」
剣の柄を強く握りながら先程のガルフの動きを思い出す。
あれは、急所を狙う時に漏れた殺気を察知されてしまったのが原因だ。
護衛の者達を、ああやって首を切る事で瞬殺してたので、つい同じように攻撃してしまった。
「まぁ、少し油断してたな」
相手を護衛の者達と同じレベルで考えていたのだから。
「少年は本気か」
ガルフはリュートの圧力がさらに増したのを感じた。
ならば自分も本気を出そう。
ガルフもまた奇遇にも肉体強化を使用した。
獣人は魔法が基本的に苦手な種族だ。
肉体が魔力を内側に留めようとしてうまく放出できないからだ。
しかし、魔法が苦手な代わりに内側に留まる魔力は全て肉体の強化に回される。
その身体能力は人間とは比べ物にならない。
「これも邪魔だな」
ガルフは視界を狭めるフードを外す。
その下から覗く顔を一言で表すなら醜悪だった。
頭に生える狼耳は半ばから先は切断されておりてっぺんの部分がない。
顔は至る所に傷があり、顔の鼻から下の皮が爛れている。
喉には端から端まで傷がついており、あれが声をくぐもらせた原因だろう。
その容姿を見て、その場にいた者が驚き、わずかに息を呑む。
ただ一人わずかな驚きも息も呑まないリュートを除いて。
ガルフの圧力は相当なものだ。
この相手に驚くなんて隙を見せる余裕はない。
「では行くぞ少年」
前哨戦を遥かに越えるスピードで二人は動く。
ほんの数メートルの距離は瞬きする間もなく埋まる。
リュートの短剣とガルフの腕がぶつかり合おうとする。
そして衝突。
剣と拳がぶつかったとは思えない、金属同士がぶつかり合ったような甲高い音が領主の館中に響く。
リュートは剣を振りかぶった体勢で、ガルフは拳を突きだした体勢のまま固まっていた。
二人の力は拮抗している。
「少年とは思えない程の強さだ。が」
ガルフは拳をさらに突き動かさそうと前のめりになる。
ピシリと小さな破砕音が鳴り短剣に亀裂がはいる。
「貴様が持つ武器は脆すぎる」
亀裂が広がり剣は砕け散った。
突き出された拳の勢いは止まることなく、リュートに吸い込まれていく。
「……バカな」
ガルフが驚愕の声を上げる。
少年が強いのはわかっていた。力も速さも防御もこの少年は、自分と同等か上だとはガルフも考えていた。
しかし、肉体の頑強さは獣人の自分のが上のはずだ。
なのに何故自分の拳は少年の体に受け止められている。
「俺は体の頑丈さには自信があるんだ」
リュートは頑強、強靭、肉体強化、強化魔法。その全てを使ったリュートの防御をガルフは破れない。
ガルフは気づく。
見誤っていたと。この少年は自分よりも格上だったと。自分ではダメージを与える事が出来ないと。
「この状態は体力を使うんだ。直ぐに終わらせるぞ」
「くっ!」
「逃がさないぞ」
一旦引こうと後ろに下がろうとしたガルフの腕を逃がしはしないと力を入れて掴む。
「くっっ!」
ガルフが力を入れてもびくともしない。
ならばとガルフは左の腕でリュートを殴ろうとする。今はとにかく引かないと、今。流れはリュートにきている。
「瞬転」
本来は瞬間的に移動するためのスキルだ。それを攻撃に応用すると、ものすごい勢いが加わり蹴りの威力を跳ね上げる事ができる。これは母狼から得たスキルだ。
「ぐっ!」
ガルフの左腕は垂直に足を上げたリュートの蹴りによって骨を砕かれる。
「空脚」
魔力を足から瞬間的に放出することで空中でも移動できるスキル、これはレイドタウンに来る間に戦ったモンスターから得たスキルだ。
空脚で腕を掴んだガルフ共々空中に上がる。
「墜ちろ」
リュートはガルフの体を自分の下にもっていき叩き落とそうとする。
「くっ、くっ!」
ガルフは逃れようとするが慣れない空中での行動と両腕が使えない今、大した抵抗が出来ないまま地面に落下していく。
「ぐはっ」
ガルフは腹に足を乗せられてくの字の体勢で廊下にめり込む。
もちろん幾ら空中といってもここは館の中だ。高さもせいぜい五~六メートルしかない。これではガルフが死ぬことはない。
それはリュートも理解している、リュートの目的は別にあった。
「俺に恐怖を感じたな」
ガルフは自分の全てが通じないリュートにわずかな畏怖をおぼえた。
これで発動できる。
リュートは右手をガルフの胸に持っていく。
「奪わせろ」
その瞬間あっさりとガルフの心臓が消失した。
リュートのスキル孤独には二つの本質がある。その一つが恐怖だった。
生き物はリュートに恐怖を感じると孤独に死んでいく。
心臓が消失したガルフの息は本人が気づく事なく途絶えていた。
「な、何だよ。あの坊主は」
エメリアは圧倒的な力を見せた少年に恐怖を感じた。
ガルフという獣人は自分よりも強かった。だけどあの少年は実質無傷で倒してしまったのだ。エメリアが恐怖を感じるのは当然の反応といえた。
玄関から風が入りリュートの髪を揺らす。
「こっちは終わった。後はそちらの仕事だ」
リュートは呟きは風に流されていく。
「やっぱりリュート君に任せて正解だったわ」
夜の闇の中、一人の女が領主が退避した隠れ家の中で立っている。
その足下には領主の護衛の男達が倒れ伏している。
その数は三十人、全て女が一人で殺したのだ。
「どっ、どうして、お、お前がここにいるんだ」
この街の領主である男が壁に寄りかかり怯えの声をだす。
「貴方は少しやり過ぎてしまったのよ。彼の仲間に手を出してしまったんだもの」
「そ、それは、貴様が私にあのエルフの事を教えたのだろうが!」
「しー、大声は出さないの」
女は静かに口角をつり上げて笑う。
「大声を出していいのは悲鳴をあげるときだけよ」
女は領主に近づいていく。
「やっ、やめろ。やめてくれ。アレゼル!」
「だ~め」
女は妖艶に唇を舌でなめる。
その夜、領主の隠れ家では大音量の悲鳴が上がる。
しかし、その音が隠れ家から漏れる事はなかった。
レイドタウンギルド長のエルフの女の魔法によって。
三章も佳境に入ってきました。あと数話で終わりの予定です。
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