6話:侵入と本気
小説家になろう日刊にこの作品がランクインしていました。
これも読んでくれた皆様のおかげです。
ありがとうございます。
では、6話始まります。
柵に囲まれた領主の館では門付近にだけでも十数人も見張りがいる。
エメリアはそれを気配を絶ちながら観察する。
心臓がドクドクと鼓動を刻むのがハッキリと聞こえる。
落ち着け。自分が興奮している自覚はある。
やっと弟の仇をとれるのだから。
「待っててアダム。あいつらを皆殺しにして――私も直ぐそばに行くから」
エメリアは見張りに足音をたてずに近づく。
エメリアは元仲間の頭を押さえる。そしてそのまま頭を斜めに上げて首の骨を折って殺す。その死体はゆっくりと地面に倒す。
「何だ! どうした!」
「ちっ」
どうやら僅かな音で気づかれたようだ。
「おい、貴様そこで何をしてる」
「黙れ」
エメリアは直ぐに次の行動に移す。
突然の侵入者に、動作が止まっている獣人の胸を思い切り突く。
「オゴッ」
胸骨が砕ける音がなり。口から血を吐いて獣人は倒れる。
これで二人目。
ふとエメリアは自分の手で殺した二人の獣人を見る。
「――っっ~~」
込み上げてくる嘔吐感。
エメリアは口を押さえて吐くまいと必死に嘔吐感に耐える。
「はぁ、はぁ、…治まった。……くそ、覚悟は決めたのに」
エメリアが人を殺すのはコレが初めてだった。もちろん盗賊団をやっていればそういう機会は何度もあった。
だけどその度にエメリアは殺すことはなく気絶させるにとどめていた。
「迷うな。迷ったら仇を討てなくなる」
仇はまだまだいる。それを二人だけでこんなに心を揺らしていては隙を生むことになる。
「迷うな迷うな迷うな迷うな迷うな――」
エメリアは呪詛のように何度も呟いて自分に言い聞かせる。
最愛の弟だった。私の生きる目的であり希望だった。もう私には何もない。
「……もう、迷わない」
そう決めたエメリアの目は暗く濁っている。
エメリアは走り出す。弟の仇をとるために、全員を皆殺しにするために。
走るエメリアからはいくつもの水滴がとぶ。果たしてそれは汗なのだろうか。
「あいつ、凄いなどんどん倒していくよ」
エメリアが暴れるのを誰にも気づかれる事なく館に侵入を果たしたリュート達が無人の部屋から下を見下ろす。
「何を呑気に言ってるんですか。早くニーナさんを探しだして彼女を助けてあげましょう」
「わかっているよ。……どうしたフェリス」
フェリスは先程から神妙な顔をしている。
「……主殿、やはり私は彼女を助けに向かってもよろしいですか」
「そうだな、確かにあいつは強いがこのままだと殺されるな」
相手の数が多く、エメリアは確実に疲弊していっている。
「だけどもし、あいつを助けに行ったらお前も殺されるかもしれない。…それでも行くか」
リュートは問う、お前にその覚悟があるのかと。
「主殿、私は覚悟はできています。しかし。私は主殿のため以外の事では絶対に死にません」
フェンリスヴォルフが死んでいいのは主のためだけだ。だから私は死ねないとフェリスは答える。
「ちゃんと分かっているようだな。分かった。エメリアの所に行け」
「あっ主殿!」
「だが絶対に死ぬな。それに俺が撤退の合図を出した時はどんな事があっても撤退するんだ。守れるか」
「ハイ!」
フェリスは声は小さいが力強く言った。
「ライム、お前も一緒に行ってあげろ」
「えっ、よいのですか」
「ああ、ニーナがここにいるかはまだ分からないんだ。ならフェリスが撤退しやすいようにサポートしてやれ」
「でも、ならなおさら二人で探した方がいいんじゃ」
「大丈夫だ。俺が全力で探せば二人で探すのと同じくらいには探せる」
「まあ、それならフェリスさんについていきますけど……」
「さてと」
エメリアの所に向うフェリスとライムを見送ったリュートは一段階真剣さを変えた。
ここまでは予想通りだ。
リュートは自分の作戦が順調に進んでる事を感じていた。
リュートの作戦はライムが言った通り、エメリアを囮にするというものだった。
エメリアのお陰でリュート達は館に簡単に侵入できたし、リュートが何をしても全てエメリアのせいにするという作戦だ。
「この館でニーナがいるとしたら……地下か」
でなければフェリスが匂いを察知するだろう。
リュートが扉に向かおうとすると気配と共に足音がこちらに向かって来るのを感じる。
気配も足音も一人だ。
ちょうどいい。最後の確認といこうか。
「はぁーあ、何で俺が見回りなんて」
愚痴と共に犬の獣人が扉を開けて入ってきた。
「はい、誰もいない―――っっっ」
部屋を見回した獣人は、違う部屋に行こうと振り返った瞬間に膝裏を蹴られて地面に膝を無理矢理つかされた所に口を何者かの手で塞がれた。
「いいか、一言も喋るなよ。喋ったら分かるよな」
リュートは口を押さえた獣人の耳元で小声で忠告する。
「むーっっっ! むーっっっ!」
獣人は驚いている。
それも仕方ないだろう。明らかに自分の口を塞いでいるのは少年なのに、どれだけ力を込めても体がびくともしない。
「しー、静かにしろ」
「うーっ、うー」
口を押さえてる手に力を込めると、獣人は痛さで悶えながら何度も頷く。
「よし、なら俺の質問にたった一つ答えるだけでいい。そうすればお前を殺さない」
「むー、むー」
獣人の男は分かったと頷く。
「質問は簡単だ。この館に最近エルフが拐われてきただろ。いや、何度も拐っているのか」
「……っ!」
獣人の男は何故それをとばかりに目を大きく見開く。
「あー、これで確定か」
ここだとは思ってたがこれで確定だ。
「ガッ!!!」
突然力をまして口を押さえられた獣人は僅かな呻き声しかだせない。
「ふー、ふー」
何故だ! と獣人は目でリュートに訴えるがその間も手の力は増していく。
「俺が言ったのはお前が質問に答えたらだ」
「むが、む…が、む…………」
ガクッ、と獣人の首が垂れる。窒息したようだ。
「やっぱり囮は便利だな」
もし、リュートが尋問をして聞き出して殺したら他の者に警戒されるがエメリアが暴れる今では、リュートが殺してもばれる事はない。
……さて、ニーナを探すとするか。
「殺せー。あの女を今すぐ殺せー」
「黙りな」
「ぐはっ」
その頃エメリアは館の外で着実に敵の数を減らしていた。
だが、エメリア自身にも疲れと傷がどんどん増えていく。
血も流れ、エメリアの視界はふらついてきていた。
「死ねーー」
一人の獣人が剣でエメリアに攻撃しようとしてくる。
「もらうよ」
「なっ!」
獣人の男はいつの間にか手から剣が消えていて驚く。
「私の業を忘れたようだね」
「くそ、盗人か」
獣人の男は自分の剣によって命を絶たれた。
「はぁ、はぁ、残りはあと何人だ」
体の力が抜けてきた。くそ、早く終わらせないと、
「油断したな。死ねぇー」
「くっ、しまっ――」
疲れで注意が散漫していた所を獣人が剣でを振りかぶってくる。これは避けられない。
「ここまでなのか」
エメリアは迫ってくる剣をどこか落ち着いた気分で見る。
「諦めては駄目です」
声と共に後ろから影が通りすぎる。
影は剣を振りかぶっていた獣人を殴り飛ばす。
その影は黒装束に口元を布で隠して見た目からは誰かは判断できない。
「……まさか、お前は」
しかし、エメリアはその声を知っている。
別に会話を交わしたわけではない。だけど影を含め彼女達の声は何故か頭に残っていた。
影の正体に気付いたエメリアが声をかけようとすると、影はこちらを振り向かないで獣人達に名乗りをあげた。
「わっ、私は、通りすがりのし、シャドウ2号だ!」
両手を手刀の形にして胸に持ち上げて変な名前を大声で叫んだ。
その場に沈黙が流れる。
誰もがどう反応していいのか図りかねてるようだ。
「はい、油断してますね」
突然現れたもう一人の影がこの場にいた獣人を瞬く間に倒してしまった。
「ふぅー、ありがとうございます2号おかげで楽に倒せました。…おや、なに変なポーズをとっているのです?」
「っっっ~~、何って、わっ、私はただ、言われた通りに正体をばれないようにと」
フェリスは指同士をつんつんしながら恥ずかしそうに言う。
「正体をばれないようにするのに何であんなポーズを?」
「う、うわぁぁ~~」
悪気がないライムの態度が余計にこちらに羞恥を与えてくる。
「あんた達、あのガキといた奴等でしょ、何しに来たのよ!」
「あー、やっぱばれます。まあ、何しにきたか答えるなら。助けに来たに決まっているでしょう?」
「そんなの見れば分かると思うが?」
「なっ!」
あっさりと言った二人にエメリアは絶句する。助けに来た? エメリアにとってそれは初めての事だった。
「ばっ、バカじゃないのか。私を助けても何にもメリットなんてないのに」
エメリアはわけが分からず狼狽する。
「エメリア殿! 私は貴方を助けたいと思ったから助けに来たんです」
「だっ、だからそれがワケわからないんだよ」
「なら分からないままでいいです。でもきっと分かりますよ」
そう言ってフェリスは新たに現れた獣人を殴り飛ばす。
そして拳を突きだしたままの格好で言う。
「背中を守ってくれる者がいるだけで人は力をいつも以上に発揮できると」
「……ふん、何カッコつけてんだよ。それに私に正体をばれてんけどいいのかよ。私は囮なんだろ」
さすがにここにフェリス達がいる不自然さから気づく。
「ああ! そうでした! ……どうしよう」
フェリスは直ぐにオロオロしだした。
その姿を見てると確かに一人ではなる事はない気持ちになってくる。
「ははは、安心しな、言うつもりはないよ」
元々決死の覚悟で来たんだ。今さら利用されてたとしてもかまわない。
それに久しぶりに笑らわせてくれたんだ。些細な事だけとお礼がわりだ。
「そのかわりに私の背中頼んだよ」
これを使うと疲れるからできないと思ってたけど良かった。
これで全身全力を出せる。
その瞬間エメリアの体が輝き出す。
「なっ、なんですか!」
「エメリア殿!」
突然発光したエメリアにライムとフェリスは驚きと心配の声をあげる。
「大丈夫、これは私の本気の証だ」
証拠に輝きは次第に落ち着いていく。
光が落ち着くとエメリアの姿が変わっているのが分かる。
金色だった髪が明るい白金色になり、瞳の色も髪と同じ明るい銀色になっている。
「……これは、凄いですね」
「…ああ、私も勝てる自信がない」
いちばん変わったのはエメリアの気迫だろう。先程よりも遥かに強くなったのがわかる。
「だけど、この状態は消耗が激しいんだ。一人じゃできなかったよ」
エメリアはそう言って口角を少し上げる。
「でも、この状態なら……」
「いたぞ、侵入者は三人だ」
その時、館の玄関から10人の獣人が出てこようとしている。
それを見ているエメリアは地面を蹴る。
エメリアの見ている景色は一瞬で扉の前に移っていた。
獣人達がものすごい速さで近づいたエメリアに驚きの顔を浮かべている。
腕に力を込めて思い切り腕を突きだす。
その拳は一人の獣人に当たり、威力を殺すことなく後続の獣人も巻き込み五メートル程進んでから階段の一部の壁に獣人達を叩きつけた。
壁からは物凄く大きい破砕音が鳴り館中に音を響かせる。
そんな威力で壁に叩きつけられた獣人達は
後方に居たものは壁にめり込んで死に絶え
前方にいた者達はエメリアの拳の威力をもろにくらい死んだ。
「……絶対に負けない」
「中々広い館だな」
その頃リュートは地下に行くための道を探していた。
「思った以上に手間どうな」
もう探し初めて十分はたっている。
こうなったら地下に穴をあけるか、いや、ニーナに床が落ちたら洒落にならないか。
その時玄関の方から物凄く大きい音が聞こえてくる。
「何だ、随分と大きい音だな……おっ、見つけた」
今の音により館が揺れたのか一部の壁から埃が飛び散っている。
「当たりか」
壁に剣で穴を空けたリュートは地下に続く階段を見つけた。
「これはまた凄いな」
階段を下りたリュートの目に映ったのはのびる道に幾つもの牢屋があり、その中では人間以外の種族が大勢いる。
道を歩きながら目的であるニーナを探していると直ぐに見つかった。
どうやらしゃがんでいる緑の髪のエルフと何か話しているようだ。
リュートは牢屋に近づいてニーナに話しかける。
「おっ、こんな所にいたのかニーナ。助けにきたぞ」
リュートの声にニーナとしゃがんでいたエルフの少女も振り返る。
エルフの少女がこちらに指を指しながら驚いて何か叫んでいる。…っていうかうるさいな。
「誰なんだ」
「……フィア、私と同じで拐われてきた」
まぁ、こんな所にいるんだからそれはそうだろう。まぁ、どうでもいいか。それよりニーナを牢屋から出さないと。
「まぁ、それよりも今牢屋から出すぞ」
「ええええ、出せるんですか! ありがとうございます!」
「えっ」
何だ。もしかしてこの女一緒に出ようとしてるのか。
「もしかして一緒に出ようとしてるのか」
「えっ、私はおいてけぼりですか」
やはりこの女出るつもりか。
「いや、お前は足でまといだろ」
この館にはまだ獣人達がいるのだ。いちいちこの女を守りたくないし、何かあったらニーナが悲しむだろう。
本当は全員をだして陽動にしてもいいんだがな。
「……リュート、フィアたすけないの」
「安心しろ、ちゃんと助けてもらうようにするよ」
もしものために部屋を回ったときに証拠を揃えておいてよかった。
「……ん、わかった、それとごめん」
「なにがだ?」
その質問にニーナが答える事はなかった。
「……フィア、絶対にたすけるから、…ちょっとまってて」
「うう~~、本当にですよ」
「……ん」
もっと粘ると思っていたがニーナは結構信頼されているようだ。
「じゃあこれまでの状況を走りながら説明するぞ」
鉄格子を一度曲げてニーナを出したリュートは、階段を上りながら早口でこれまでの状況を話した。
「……リュートやっぱりひどい」
エメリアの話を聞いたニーナはリュートに批難の目を向ける。
「だから、フェリスにも言ったが別に俺は死んだ弟なんて利用してないぞ」
「……でも、復讐にびんじょうした」
「復讐か、あいつはそのつもりなんだよな」
「……?」
リュートの変な言い回しにニーナは首を傾げる。
「なぁ、ニーナ。エメリアは何で売られたんだろうな」
「……お金のため?」
唐突な質問にニーナはちゃんと答える。
「お金か……なら、何で弟は売られなかったんだろうな。もう残り僅かな種族というプレミアで、金になりそうなものなのに」
「……何が言いたい」
「いや、さっき気付いたんだが、もしかしたら今回の事には色々な者の思惑があるのかもしれない」
ニーナには理解できないがリュートには何かが分かったらしい。
リュートはこの事にもっと早く気づいてればと後悔する。
もしこのまま撤退したらフェリス達は怒るだろう。
それは面倒ごとに突っ込む事よりも嫌だ。
「仕方ない。俺も少し動くか」
リュートはニーナと共に駆けていく。
フェリス達の元へ。
「凄いですよ。まさか10人をまとめて倒すなんて」
「パワーもスピードもどっちも凄かったしな。感心しました」
「まあ、一応切り札だしこれくらいはね」
エメリアは少し照れ臭そうにしながら壁に突きだしていた腕を下ろす。
「そっ、それよりもう結構倒しただろ。たぶんあと数名で仇を全てうてる」
「もう、五人しかいないよ。やっぱり一筋縄ではいかなかったか」
どくん、エメリアの頭上、階段から降りてくる者の声を聞いた瞬間エメリアの心臓が跳ねる。
どういう事だ。この声は、間違いか、そんなわけない。私がこの声を間違える事だけはありえない。
だが、何故、何故なんだ。何故……
エメリアは上を向いて叫ぶ。
「どういう事、何で貴方が生きてそいつらと一緒に居るの! ねえ、アダム!」
「簡単だよ……全て僕の作戦と言うことさ……姉さん」
階段から降りて姿を現した獣人はたんぽぽのような黄色の髪に三本の尻尾があり、―――そして、ピンと立つ狐耳を頭の上に生やしていた。
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