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いつか魔法が解けるまで  作者: イノリ
第二章 「世界との距離」
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極彩色の世界事件 問題編②

 空先輩の語りを聞き終えた率直な感想は、子供の空想じみている、だった。

 知らない都市で迷子になる。これは普通にあり得るだろう。

 不安になって泣きだしてしまう。これもあり得る。

 迷子の子供を見かねて、親切な人が助けてくれる。これもあり得る。


 ――その人が魔法使いで、街を光で染め上げた? 普通に考えてあり得ない。

 ――魔法で気がつけば両親のところにいた? これも普通はあり得ない。

 ――まして魔法で空を飛んだ? 普通はどうやってもあり得ない。


 では、どのような普通でないことが起きたなら、それらは達成されるのだろうか。


「先輩、その記憶が間違ってる可能性は?」

「当然ながら、絶対に合っているなんて保証はないよ。むしろ、私が間違っている可能性も大いにある」

「なら……」

「だけどね」


 空先輩は僕の反論を強引に遮った。


「魔法使いと会ったのは間違いないはずなんだ。ただの夢で、こうまで魔法の世界に焦がれるはずがないだろう? いくら子供の時分とはいえ」

「……まあ、そうですね」


 夢というのは曖昧なもので、起きたらたいていは忘れてしまうものだ。夢の中で何があっても、そのときの感情は持続しない。

 魔法使いに助けられたのがただの夢なら、その人に対する憧れなど続くはずもない。


「じゃあ仮に空先輩の記憶が全部正しいとして、一つ思ったことがあるんですけど。街全体が光りだしたって、ライトアップとかイルミネーションとかじゃないんですか?」


 それなら現実的にもあり得るはずだ。

 そう思っての発言に、空先輩は首を横に振った。


「私もそれくらいは考えたよ。でもね、その場所は普段はライトアップなんてやっていないんだ。もちろん夜は灯りが燈るけれど、あんなに色彩豊かにはならない」

「ならイルミネーションは?」

「それも調べたよ。確かに、その場所ではイルミネーションをやっているとネットにあった。ただしそれは冬の話で、夏にイルミネーションなんてやっていないんだ」

「ああ、そういえば暑かったって言ってましたね……」


 普通、イルミネーションは冬に行われる。夏では季節外れもいいところだ。もちろん夏にもやるところはあるのだろうが、少なくともこのケースには当てはまらない。


「なら、花火の光に照らされたとかは?」

「いや、そういう光り方じゃないんだ。街自体が光源になったような光り方だったよ」


 街自体が光源。聞く限りだとやはり、イメージは限りなくイルミネーションに近いようだが。

 ……これ以上。光の魔法については追いようもなさそうだ。何も思いつかない。


「えっと、じゃあ、気づいたら家族のところにいたっていうのは? 転移魔法とでも言うつもりですか?」

「わからない。何かを忘れて記憶が連続していないから、そういう風に思えるだけかもしれない。でも、私はあのとき、魔法が見たいとお姉さんにせがんでいたんだ。なのに突然寝てしまうなんてことはあり得ないよ」

「まあ、それもそうですね」


 特別な理由でもない限り、人は普通、突然眠りに落ちたりはしない。

 まして期待しているものが今にも見れるかもしれないという状況で、寝てしまう人間の方がどうかしている。徹夜明けとかならともかくとして。


「で、一番意味わからないのが空を飛んだって話ですけど、そもそも家族のところには魔法使いさんの魔法で送ってもらったんですよね? どうして空を飛ぶ必要があるんです?」

「さぁ? というより、私もそこだけは前後関係も曖昧なんだ。もしかしたら私が覚えているのとは順序が逆で、空を飛んでそのまま家族のところに向かったのかもしれない」

「……本気で言ってます?」


 先輩らしくない発言に、僕は怪訝な目を向けた。

 空先輩は首を傾げてから、はっと気づいたように取り繕う。


「ああいや、もちろん魔法は実在しないというのはわかっているよ。ただ、空を飛んだと錯覚するような何かを用いて、家族のところに送られたのではないかというだけで」


 無駄な早口が、先輩の焦りを表現していた。

 その様子に、先輩は確かに未だ魔法に絡め取られていると確信させられる。


「…………」


 先輩が考えてもわからなかった謎を、僕程度が解けるわけもないと知りつつ、僕は思考する。

 光の魔法と転移の魔法、飛行の魔法。今回の謎にはこの三種の魔法が関係している。

 今までの事件では、稲荷信仰や黄泉竈食などの神話的体系が背景にあったが、この件にそういったものは見受けられない。だからこそ、その無秩序な超常現象はまさに魔法と呼ぶにふさわしいのかもしれない。

 だが本当に無秩序な魔法なんてものは、推理しようもない。きっとこの無秩序さは見かけだけの偽りで、秩序立った推論はちゃんと構築できるはずなのだ。でなければ、それはもう現実での出来事ではない。


 街を光で染める。パッと日の出のイメージが湧く。でも日の出はカラフルじゃない。いや、色付きガラスを通せばどうか。ステンドグラスのようになっているアーケード街があったとか。……いやダメだ。先輩の話では、光の魔法が行使されたのは日暮れのことだ。日の出とは真逆。

 家族のところに転移する。魔法使いさんは空先輩に目を閉じさせたらしいから、そのまま目を閉じて家族のところへ向かったとか。……いや、両親の居場所がわからないから捜し歩いていたのに、どうやって両親のところまで連れて行くんだ。第一、それでは別れ際には魔法使いさんの姿を見ることになるから、いつの間にかいなくなっていたというのは成り立たない。

 一人でか二人でかは知らないが、空を飛んだ。これはもう意味不明だ。人類がそんな簡単に空を飛べるなら、ライト兄弟は苦労などしていない。いや、ガラス張りのエレベーターで高層ビルを昇れば、子供には空を飛んだと錯覚することもあり得るか? でも、迷子の子供を連れてビルの高層階に移動する理由が不明だ。そんなところまで親を探しに行くなら、さっさと警察に行く方がずっといい。


「キュラ君、そんなに考え込む必要はないよ。私だって、今すぐ解けるだなんて思ってはいないからね」

「ああ、はい」


 黙り込んでいると、空先輩が優しく声をかけてくる。

 すみません、と謝りそうになるのをこらえて、何でもない風に僕は返した。

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