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いつか魔法が解けるまで  作者: イノリ
第二章 「世界との距離」
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ヨモツヘグイ事件 問題編③

 オカルト研究部の部室は、魔法部の部室よりも幾分か整然としている印象を抱いた。

 しかし魔法部の部室は白魔法や占星術のようなライトサイドの物品も集められていたのに対し、オカルト研究部はどこまでもダークサイドに突っ走っていた。

 窓には黒の遮光カーテンが引かれ、棚にはUFOやUMAの模型、日本人形、藁人形などが不気味に陳列されている。壁に飾られた魔法陣は血で書いたように真っ赤で、悪鬼退散と達筆な字で書かれたお札も大量に貼られている。

 部屋の一辺には、いくつかの収納ボックスに仕分けされた儀式道具やら何やらが並べられている。

 中央には教室で使うような机と椅子四つで作られた大テーブルがあり、その上におそらく事件の争点となるだろう小箱が置かれていた。

 椅子と同じ数の部員たちは座らずに立ったままで、魔法使いの格好をした空先輩に注目したり、あるいは何か考え込んだりしている。


「さて、それじゃあ昨日からの流れを説明してあげる」


 席に着いた僕らに、茅野さんが語り掛ける。


「昨日の放課後、私が部室に一番乗りで来たら、入ってすぐのところにこの封筒が落ちてたのよ」


 この、と言いながら茅野さんはシンプルな白封筒をヒラヒラさせる。空先輩が受け取って調べるも、特に不審な点はない普通の封筒だったらしい。


「その中身がさっきの予告状よ」

「一応聞いておくけれど、差出人に心当たりは?」

「ああ、あの予告状、私の饅頭って書いてあったでしょう? その饅頭、次の降霊術に使う触媒にするつもりだったのよ。つまり、差出人は呼び出す予定だった死霊ということになるわ」

「はぁ……」


 先輩は馬鹿馬鹿しいと、茅野さんの言葉をため息で切り捨てた。

 それにムッとしつつも、茅野さんは続ける。


「だから私たちは、死霊なら人間に不可能な状況でも饅頭を食べられるのか実験しようと思って、饅頭を絶対に取り出せないようにしたのよ」

「どうやって?」

「まず饅頭を小箱の中に入れたわ。それで、更にこれで鍵をかけたの」


 茅野さんがポケットから物を取り出し、テーブルの上に置いた。

 どうやらそれはダイヤル式の南京錠のようだ。特筆すべき点は、単純な金属製の南京錠ではなく、ワイヤータイプの南京錠であることと、四桁ダイヤルのロックであることだろうか。

 南京錠の上部は金属フックではなく細いワイヤーとなっており、現在は開錠されているが、閉じたときのリングは若干大きくなりそうだ。

 ダイヤルは四桁で、総当たりを試すのに多大な時間がかかることは言うまでもない。


「この南京錠、昨日のうちに用意したのかい?」

「ええ、そうだけど」

「ふむ。確かにこの小箱は、単純な金属製の南京錠で施錠するには確かに厳しそうだ。穴が細いからね」


 先輩がそう言ったので、僕は小箱に注目してみる。外見自体は飾り気のない木製の箱だ。大きさは、饅頭を五個詰め込めるかどうかくらいだろうか。閉めたときには上の蓋と下の蓋の取っ手のような部分が重なるようになっていて、確かにここに鍵を掛ければ開かなくなりそうだ。

 しかし元々南京錠を通すことは想定していない箱であるせいか、穴が小さく、ワイヤー式のものでなければ施錠できなかっただろう。


「そんな都合のいい南京錠、どこから持ってきたのかな?」


 先輩は、もしかして自作自演ではないかと暗に匂わせながら尋ねる。

 しかし茅野さんは涼しい顔で答えた。


「私が昨日、百均までひとっ走り行って買ってきたのよ」


 空先輩は茅野さん以外の部員たちに視線を飛ばす。頷きが返ってきて、確かにそれは本当のことだと保証された。


「そうか。話の腰を追って悪かった。続けてくれ」

「言われなくても。この南京錠のナンバーは、饅頭が盗まれるまでそこの桐生さんしか知らなかったわ」


 そこの桐生さんという人――二年の女子生徒は、僕らに視線を向けられてペコリと頭を下げた。校内でミスコンでもやればいい線行きそうなくらいスタイルがいいのに、どうにも大人しそうな印象の人だった。


「どうしてその桐生さんだけが? 番号なんて、誰が知っていても同じだろう? 仮に死霊とやらが犯行に及ぶのなら、だけれど」

「いいえ。私たちは違うと考えたわ。肉体のない死霊が、予告状を書いて送って来たのよ。ならこうは考えられない? 死霊は人間に憑依する能力を持っている、って」

「へぇ。それで?」

「憑依された人間の記憶が読み取られる可能性があるのが問題よ。その場合、南京錠をかけても意味がなくなるでしょう? だから桐生さんに番号を決めてもらって、その他の誰にもわからないようにしたの」


 なるほど。まあその憑依の都合のいい設定には疑問を覚えるけれど、それを前提に考えるなら筋は通っている。あくまでもオカ研の理屈の上でだが。

 しかし疑問点はある。


「なぜ桐生さんを選んだんだい?」

「憑依された場合の危険性を分散するためよ。私を除く三人でジャンケンをしてもらって、それに勝った桐生さんが番号を設定したわ」

「なるほど、選出はランダムだったと。なぜ君は除かれたのかな」

「部室を施錠するつもりだったから。ほら、部長ならこの部屋の鍵を入手できるでしょう? だから私に憑依された場合、一気に部室と南京錠を突破されないようにするためにね」

「そういうことか」


 空先輩が納得を示す。

 一応補足しておくと、この学校では部室の鍵は部長が取りに行くことになっている。部長が顧問に部室の使用許可を願い出て、職員室で鍵を受け取るというシステムだ。基本的には使用許可が下りないということもない。つまり部長職は実質、部室を自由に使用できるポジションということだ。

 まあ実際は、顧問が部員の顔を把握していた場合、部長でなくとも鍵を貸してしまうことがあるのだが。


「それで、桐生さんが南京錠で小箱を施錠した後、そこの桑原君が箱を隠したの」


 そこの桑原君、と視線を向けられた眼鏡の一年生男子は、ぶっきらぼうな表情のまま軽く首を前に傾けた。会釈のつもりだろうか。


「その選出もまたジャンケンかい?」

「ええ。そこの剣持君と一対一で、勝った桑原君がね」


 そこの剣持君は、明らかに鍛えているとわかる肉体で、体育会式のオーバーアクションな礼をした。柔道部とかにいそうな容貌で、なぜオカ研にいるのか少しだけ気になった。


「で、箱を隠した後はすぐに下校時刻になったから、部活の時間中に死霊は現れなかったと結論付けて、また明日確認しようってことで解散したわ。もちろん、部室にはしっかり鍵をかけてね。そして今日になったら饅頭がなくなっていた。これがだいたいの事件の流れよ」

「……まあ話はだいたいわかったよ」


 空先輩は少し考え込むようにしながら、小さく頷いた。


「つまり部室の鍵と南京錠を突破して、更に箱の隠し場所も特定できない限り人間にこの犯行は不可能と」

「そういうこと。で、これでもあなたは、心霊現象なんてあり得ないと言うわけ?」


 茅野さんが挑発するように――いや、間違いなく空先輩を挑発する。

 しかし空先輩は少しも動じずに答える。


「言うよ、何度でも。魔法なんて、本当はこの世界に存在していないんだ」

「魔法部の部長の台詞じゃないわね」

「まあね。部長云々は関係ない、私の言葉だよ」


 空先輩は魔法使いらしく、帽子の鍔を押さえて怪しげな雰囲気をまとった。

 こういうとき、決め台詞っぽく信念を口にする空先輩はちょっとカッコいい。ちょっとだけだが。

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