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7話:その女、除霊師


 歪な幽霊を退治した謎の女子高生は東の知り合いだった。


「はじめまして。神嶺ヶ丘(かみねがおか)高校二年。三枝内優(みえないゆう)よ」

「あっ、最上玲一です……」


 手を握られたまま優に自己紹介され、玲一も慌てて頭を下げる。一見丁寧に見える自己紹介だが、彼女の表情と言い方には棘があった。


「って、岡路さん! 約束しましたよね! 研究会を手伝う代わりに、私の方にも何かあったら連絡してくれるって! この人、霊視者なんですけど。どうなってるんですか?」

「ああっ、ごめんよ。連絡しようにも会長は最近来てくれないし、そもそも最上くんが見える人だって知ったのも十分前くらいなんだよ」

「……だったら仕方ないですね」

「だよね!」


 玲一の家と東の家は駅を挟んで逆方向。玲一のことを気にかけていたが、霊視ができない彼にはどうすることもできない。優がいるから大丈夫だろうと判断し、東は用事があるため先に帰ることになった。


「じゃあ三枝内さん、最上くんをよろしくね!」

「はい。任せてください」

「じゃーな岡路」


 痛くない左手で手を振る。

 すぐに治療が終わったようで、優は手を離して立ち上がり、そして再び玲一の顔を見た。随分と痛みがひいた手をだらんと下ろし、玲一は逆の手でバケ子を隠す。


「に、二回も、ありがとうな。……なんだ、やっぱり除霊するのかよ?」


 優を見上げる玲一の言葉に、彼女は表情を変えず首を振った。


「いいえ。あなたがそこまで言うならやめておくわ。またお札を無駄にされちゃ嫌だし。幽霊も助けたいと思うのは勝手。でも、これだけは約束して。幽霊が見えるんだから、悪霊がいたら必ず逃げて。悪霊化したら除霊しないといけなくなる」

「その悪霊化がよく分からないんだけど。どういうことだ」

「ここまで踏み込むんなら全部話しちゃうわね。最上さんは見えてたんでしょ、さっきの黒い霊が。私はあれを『悪霊』と呼んでいるわ」

「ふむ、悪霊。……に、なっちまうのか!? こいつが!?」

「かもしれない。この子みたいな幽霊が生まれるきっかけは、生前に強い思いを抱いていた、とか、生まれ持った霊力――精神力が強い、といったもの。悪霊に襲われてしまうと心を全部食われてしまって、また新たな悪霊になってしまう。外から強い霊力を受けてしまったりしても稀に悪霊化してしまうわ」

「お、おい待ってくれ。じゃあさっきのやつも元は普通の幽霊で、さらに言えば人間だったのか!?」

「人型だったから、多分そうね」


 玲一は衝撃を受け、口をパクパクとさせる。そして再び優の顔を見ると、彼女は掌をこちらに向けて玲一の発言を止めた。


「何を考えているのか大体分かるわ。一度悪霊になってしまったら元には戻らないわよ。戻せるなら私もそうしてる」

「抵抗感とか……ないのか?」

「そりゃ少しはね。でも、放っておいたら生きてる人に被害が出てしまうわ。それじゃ本末転倒よね。だから私はその辺りをうろつく悪霊を見つけては除霊をしてるし、普通の幽霊は浦美神社で清めてもらってるの」

「神社側も迷惑だろ」

「そこの宮司さんが知り合いなのよ。いつもお礼言ってくれるし、いろいろ協力してもらってるのよ」

「ふーん。で、バケ子も悪霊になるかもしれないのか?」

「そうよ。言ったでしょ? だからそうなる前に逃げてって。悪霊化するかしないかは最上さん次第よ。……で、なに? さっきからその子を呼んでるそれ、あだ名?」


 バケ子、という名前に引っかかりを覚えたのか、優は玲一に尋ねる。


「違います! わたしの名前です! レイイチがつけてくれたんです」


 バケ子は玲一の陰から飛び出し、叫ぶ。優の表情は引きつり、バケ子の顔をまじまじと見つめた。


「わ、わたしはレイイチと一緒に住んでますから……。あの……さっきレイイチの手握ってましたよね……。そ、その……」

「か……」

「か?」

「かわいい! ずっと隠れてて見えなかったあ。この子、最上さんと同棲してるの!? 幽霊じゃなかったら即通報だったわね」


 急に早口になった優はその場にしゃがんでバケ子と目線を合わせる。そして彼女の姿を舐めるように眺めている。


「信じられない。こんなかわいい女の子にそんな名前つける? ペットじゃないんだから。ああっ、撫でられないのがもどかしいっ!」

「そっ、そうですよね。レイイチのセンス、ひどいですよね」

「えっ」


 ここまでストレートに言われて、玲一は少なからずショックだった。


「最上さんはこの子といつどこで出会ったの?」

「えっと、一週間ほど前かな。俺が幽霊見えるようになった時だ。こいつ、元々俺の借りた部屋にいたみたいでな」

「一週間前? 最上さん、最近死にそうになったことってある?」

「死にそうに? いや別に……」

「あれじゃない? 溺れ――」

「だああああああ! 黙っとけ!」


 初対面の年下の女子にそれを知られてなるものか。玲一は大声でバケ子の声をかき消す。


「そんなに怒鳴らなくてもいいじゃない。可哀想に……バケ子ちゃん……。最上さんが変なことしてきたら、すぐに私に報告するのよ。駆けつけてボコボコにしてあげるから〜」

「れっ、レイイチはそんなことしません!」


 バケ子は強い口調で言いつつも、優に対する警戒はかなりとけている。他人に対してこれだけ喋れるなら打ち解けた証拠だ。


「レイイチは、そもそもそんなのできっこないっていうか……」

「ん〜〜。かわいい〜〜」


 んーかわいい、じゃねーよ。玲一は豹変した優を冷めた目で見た。


「死にかけたことがなんかあるのかよ」


 玲一がそう聞くと、優は指を二本立てて見せてきた。


「二回死にかけること。それが、幽霊が見えるようになるきっかけよ。死に近づくことでそうなってしまうみたいなのよね」

「ほぉ……」

(二回? あと一回どっかでそんなことあったかな……?)


『仲良くなれたようで、よかったな』


 玲一でも東でもない、別の男の声が聞こえる。優は立ち上がって、ため息をついた。


「もう! ジンさん、急に変なこと言わないで」

「なあ、三枝内さん、今のはなんだ?」

「いいじゃないか。お前と同じ力を持った人間なんてなかなかいないだろ。お互いのことをよく知って仲良くなるといいんじゃないか」

「うわっ!?」

「きゃっ!」


 頭の中に響いていた声は、今度は後ろから聞こえる。玲一とバケ子の背後に、背の高い男性が現れた。巫女服のような和装があまりに周りの風景とミスマッチでおかしなことになっている。

 玲一と頭ひとつ分くらい差がある背の男は、玲一とバケ子――二人の間を通り過ぎ、優のもとへと歩く。ちらりと見えた足には足袋を履いている。


「周りに合わせて幽霊が見えないふりをし続けて、熱を出したことがあるだろ」

「言わないでって言ってるでしょ! そもそもそれは子どもの時の話ーっ!」


 優は男に向かって殴りかかる。だが、その拳は男の体をすり抜けていく。


「三枝内さん、この方は?」

「この人はジンさん。いや、人じゃなかったわね。神さまよ」

「神さま?」

「玲一くん、だったか。よろしくな」

「あ、よろしくお願いします……」


 ジンと呼ばれた男は玲一の顔をしばらく見ていた。


「な、なんすか」

「いや、結構動じないんだな、と思ってな。まだ幽霊が見えるようになってから一週間ほどなんだろう? 状況を飲み込むのが早いな」

「いや、もう、いろんなことがありすぎて、驚く暇もない感じです。さっき大学から電車に乗って帰ってきたんですけど、乗客が全員幽霊だった、みたいなことがありまして……」

「そうそう。わたしも自分以外の幽霊、初めて見ました」

「幽霊車両ね」


 優が横から入ってくる。


「幽霊車両? 優さん、知ってるの?」

「あ、それも私が勝手に呼んでるだけね」

「あの人たちは除霊対象じゃないのかよ」


 玲一は優に尋ねる。


「ええ。あの霊たちはあの車両から出てこれないから悪霊に襲われることもないもの。私が、悪霊が入れないようにちょこっと細工したし」

「おいおい。犯罪かぁ?」

「わたしも、レイイチがドアを開けてくれないと外に出られなかったんですよね」


 それを聞いて、ジンはバケ子へと話しかける。身長差が凄いことになっているため、大きな体を折り畳むようにしゃがんだ。


「つまり、君は地縛霊か? 足が切れているのはそういうわけか」

「えっ!? これ、足が切れていたんですか!? 幽霊だからとかじゃなくて!?」


 玲一はジンの隣にしゃがみ、バケ子の足首を掴もうと手をのばす。「ひゃあ」と悲鳴をあげるバケ子を見て、優は「やめなさい」と玲一の襟を引っ張った。はずみで玲一は背中から倒れる。


「そんなこと言ったら、幽霊車両はどうなるのよ。あの人たちは足まで霊体があったでしょ」

「……ふむ。たしかに」

「って、ちょ! 見るな!」

「アッ! 理不尽!」


 ハッと気づいた優はスカートを抑えて、寝そべる玲一に鋭い蹴りを入れた。

 その横でジンは一人真面目な顔をして考えている。


「いや、地縛霊がその場から動き回るなんて聞いたことがない。足をなくしたから、その場所との繋がりが消えて、移動できるようになったんだろうか?」

「切れてるっていっても、バケ子は足の感覚はあるみたいだし、ちゃんと歩けてますけど……?」


 玲一は蹴られた脇腹をさすりながらジンに尋ねる。


「感覚自体はあっても、現に霊体がなくなっているからな。他に何かおかしなところはないか?」

「えーっと。記憶、ですかね」

「記憶?」


 ジンと優は同時に言葉を発した。


「記憶がないんですよ、バケ子は。でもこれって幽霊に限ったことじゃないですよね。生きてる人でも、なる人はなりますし」

「いや、そうでもないわ。霊体はその人の記憶で構成されてる。生前忘れていたことを思い出すことはあっても、その逆のパターンはないはずよ。ね、ジンさん」


 彼女の言葉にジンはうむ、と相槌を打ち、バケ子の頬に手を伸ばした。玲一は止めようとその手を掴もうとするが、すり抜けてしまう。


「ひゃっ」

「間違いなく霊体だが――」

「ちょ、ちょっと! 勝手に触らないでくれます!?」

「ああ、すまない」


 そう言ってジンは手を引っ込める。そして、大丈夫だったかとバケ子に声をかける玲一を見ていた。


「あれ……」


 ふと、玲一は目をこすり、バケ子の姿をまじまじと見つめる。彼女は恥ずかしそうだ。


「ど、どうしたの、レイイチ?」

「バケ子の姿がなんかだいぶ透けてるような……。まだ一日経ってないのに、なんでだ?」


 今のバケ子の体は半透明よりもさらに透けている。反対側の輪郭がわかる程度だったが、今では電柱の模様までくっきりとしている。

 そんな彼の疑問に、優とジンは答えた。


「悪霊の霊力にあてられたのか、優が除霊したからそれに反応してしまったか、もしくは地縛霊の特性だな。地縛霊はそれが取り憑く場所にいることで霊体を安定させる。本来ならばその場から動けないため基本消えることはないが、この子の場合は出歩けるため注意が必要だな」

「とにかく早く部屋に入った方がいいわね。最上さんの部屋ってここから近いでしょ」

「ああ。……って、なんで知ってる?」

「優が偶然玲一くんと一緒に歩くバケ子ちゃんを見つけて、ついていったのさ。まさか、玲一くんが見える人だったとは思わなかったがな」

「えっ、ストーカーじゃん」


 玲一は優から数歩離れる。彼女は慌てて弁解する。


「あ、あれは、悪霊化の危険があったからよ! ジンさんも人聞きの悪いこと言わないで!」

「じゃ、じゃあ、もう俺たちは帰るから……」

「待って!」


 優はそそくさと帰ろうとする玲一を追いかけ、彼の手を掴む。


「何かあったら連絡して。これ、コード」

「え、あ、うん」


 差し出されたスマホにはチャットアプリケーションの友達コードが。玲一はそれを読み取り、追加する。鳥居のプロフィール画像が新たに表示された。


「些細なことでも構わないわ。夜遅くても気にしなくていいから」

「心配してくれてんのかよ」

「バケ子ちゃんを、ね」


 除霊師三枝内優。玲一は彼女の連絡先を手に入れた。


「ね、レイイチ」

「なんだ?」


 優と別れた後の帰り道、バケ子は玲一に話しかけた。


「さっき、自分が危ないって分かってて、わたしを守ろうとしてくれたんだよね」

「まあ、結局バケモノ倒したのは三枝内さんだけどな」

「それでも、わたし、嬉しかったんだよ」


 そしてバケ子は振り返る。夕陽が半透明なバケ子の顔を赤く染めた。


「ありがとう。レイイチ」

「ど、どういたしまして」


 玲一はぎこちなく返事をした。

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