4話:厄介者
バケ子のポルターガイスト騒ぎから数日。玲一の噂は瞬く間に広がったが、それが鎮火するのも一瞬だった。
玲一に興味を持ったのか、話しかけてくる学生も少なくなかった。玲一はとにかく「知らない」「よく分からない」と言ってそれらを躱した。幽霊が見えるなどと言っても信じてはもらえないだろうし、何より玲一は不必要な人間関係を持ちたくはなかった。
だが、何度も話しかけてくる人物が一人だけいた。
「最上くーん!」
後方から玲一を呼ぶ声が聞こえる。
「レイイチ、あの人来たよ」
「ああ。聞こえてる」
先日の騒ぎの時に玲一に話しかけてきた男子学生、岡路東だ。年齢は玲一と同じ。ようやくオカ研勧誘を諦めたようだが、しつこく絡んでくるのは相変わらずだ。
東は玲一を見つけるや否や、手を振ってこちらに走ってきた。瓶底眼鏡の奥に笑った目が見える。正直言って関わりたくはないが、逃げても追いかけてくるだけなので走ってくる彼を待つ。
「最上くん、おはよう!」
「今日も来たか……」
「まあ、そんなこと言わないでくれよ」
「悪目立ちするんだよな。せめてもう少し静かにして欲しいんだけど」
「そっか、じゃあ気をつけるようにするよ!」
本当かよ、と言いたかったが、我慢した。
「今日は三限からだから、昼飯はまだなんだろ? 一緒に学食に行こうじゃないか」
「いや、俺はもう食ってきた――」
玲一の言葉を否定するかのように、彼の腹が鳴る。食べてきたというのは東を避けるための嘘だった。
「まだ足りないみたいじゃないか。満腹にすると眠くなるけど、程よく食べないと余計にパフォーマンスが下がるよ」
「あー、はいはい」
もう断る自然な理由がなくなってしまった。玲一は東とともに学食で昼食をとることにした。東はカレーライス、玲一はラーメンを注文した。「いただきまーす」と手を合わせる東。玲一も小さく手を合わせた。
「レイイチ、ラーメンちょっとちょーだい」
いつの間に置いたのか、小さな取り皿が玲一の盆に乗っていた。それをヒョイと手に取り、ラーメンをせがむ。
「幽霊なのに飯食うのかよ。てか今までなにも食べなくても良かったわけじゃん。そんな急に腹が減るか?」
「うん。食べなくてもいいんだけどね、見てたらやっぱり欲しくなるの。ねえ、駄目かなあ?」
「……嗜好品か」
ケチな玲一は一本も渡すつもりはなかった。だが、バケ子の上目遣いに負けた。やっぱりこういう時に美少女たる部分がモノを言う。
まだ口をつけていない箸で適当に分けて「やったあ」と拍手をしながら喜ぶ彼女の前に置いた。
「最上くん、なに独り言喋ってんの? あれ、ラーメンわざわざ分けてるの? 猫舌だったのかい?」
「あ、いや、別に、これは」
東に話しかけられた。下を向くと重い眼鏡が落ちてくるという理由から、彼は食事中は眼鏡を取るという習慣があるらしい。眼鏡をかけていなくても、玲一がおかしな行動を取っていることは分かるようだ。東は下手くそな誤魔化し方をする玲一の方を見ながら、カレーを口に運ぶ。
幽霊が見えることは、まだ東に話していない。自分でもまだ完全に納得しきれないのに、他人に信じてもらえるわけがないと思ったからだ。超常現象総合研究会とやらがどんな団体なのかは知らないが、本当に幽霊が見えるなどというのは信じがたい話だろう。
目の前でラーメンをすするバケ子の姿は、東には見えていない。裸眼になっているお陰で割り箸と麺が不審な動きをしていることがバレないのは好都合だった。
学部こそ違うが、同じ大学の学生。更に一部の講義を共に受けるとなればずっと隠し通すのは難しい。
「岡路……」
「え、なに?」
「……いや、なんでもない。次の講義の場所どこだったかど忘れして。でも思い出した」
「ああ、そういうことね」
突然玲一に呼ばれて手を止める東。だが玲一の次の言葉に安心したように笑い、カレーの続きを食べ始める。
そこまで難しいことではないはずだ。だが、どうしても言えない。東も変わった方ではあるが、まだ一般人というカテゴリに入っている。
「ね、レイイチ……」
バケ子が小声で話しかけてくる。いつもは家の内外問わず変わらぬトーンでの発言が多いため、玲一は少し驚いた。もしや話しかけづらい雰囲気を感じさせてしまったか。ごめんな、と謝りそうになった彼に、バケ子は空になった皿をおずおずと差し出した。
「お、おかわり」
「……マジかおい」
そんなこんなで昼食を終えると、玲一と東は同じ一般教養の授業に出るために講義室に向かった。バケ子が騒ぎを起こした、あの部屋だ。
玲一はあの時と全く同じ、最前列の端に座る。前回と違うのは隣に東が座ること。
「え? ここ来んの?」
「いいじゃないか、いいじゃないか。最上くんの邪魔にならないようにするからさ」
「いや、そうじゃなくてこの席……」
「ああ、例の幽霊騒ぎかい? 心配ないよ。また起こるんだったら、むしろ僕は近くで見てみたいね」
「ああ、そう?」
講義が始まると、やはり視線を感じる。一時期よりもかなり収まったとはいえ『例の席』はやはり注目されてしまう。
講義の中盤にもなると感じていたそれらは次第に消えていった。東も同様に、こうべを垂れて静かになった。そしてバケ子は前回のこともあり、始終玲一のスマホをいじって静かにしていた。




