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16話:浦美浜幽霊探索


 海に向かう本当の目的は幽霊退治だった。ジンによると大きな悪霊の気配を感じたのだという。玲一に同行を求めた理由は、除霊のことを知っている数少ない人物だからだ。


「ちゃんと説明してくれてなかったんですね、五十嵐先輩……。おかしいと思ったんですよ。やけに時間がかかるし……」

「だって『幽霊退治の協力』よりも『遊びに行く』の方がいいじゃん。ね?」

「除霊は遊びじゃないですから……!」


 優の語気が強くなる。除霊のことがよく分かっていない麗美に怒りを感じているのだろうか。優と玲一の間に麗美がいるため様子がよく分からない。


「いやいや? 今日のあたし、すごく役に立ったって。優に玲一くんを連れて行くかどうか聞いたら『いてくれた方が……嬉しいかも……です』だって!」

「もういいでしょう! 先輩!」


 てへへー、と舌を出す麗美の袖を引いた。

 彼女らの心境とは裏腹に、玲一は本当の目的を聞いて安心していた。それと同時に気を引きしめていた。優の言う通り、遊びのつもりでは死ぬ。


「ほんとに要注意人物だった……」


 玲一の左隣を歩くバケ子は不満を漏らす。麗美を迎え入れたことを後悔していた。


「ん? どうしたバケ子。さっきから下ばっかり見て」

「えっ!? な、なんでもない!」

「ププ。玲一くん、ちゃっかり着替えとか持ってきてるし。行くってなったらエンジンめちゃくちゃかかってるじゃん」

「こ、これは違っ……! そ、そういや岡路はどうしたんすか。俺は強制招集であいつは免除ですか?」

「連絡はしたよ? でも用事があるらしいの。あとほら、東くん幽霊見えないから危ないしね」

「そうか。悪霊が見えなかったら攻撃された時に避けられないしな……」

「あたしの場合、見えてても怪しいんだけどね」

「おい」

「そういえば玲一くん、なんで最初はあんなに嫌がってたの?」

「き、気分じゃなかったからっす……」


 本当はそんな理由ではない。本当の理由は『泳げないから』である。だが言えない。言えるわけがない。

 それを何となく察したバケ子は玲一の方を見てにこっと笑う。そんな彼女を見て玲一は嫌な汗が出た。


(言うなよ)


「着きました。こっちですよー」


 三人は優の案内通りに道を外れて石でできた階段を下り、浜に出る。アスファルトの反射で暑苦しかった時とはまるで別世界。揺れる水面は青々としていた。

 この海岸は有名なところではないはずだ。それなのになぜか拭きれないデジャブ感があった。海といえばこういう景色という先入観があるのだろうか。雑誌かネットか、どこで見たのか思い出せない。


「わあ……!」


 バケ子の目は眼前に広がる海のように輝いていた。玲一の方を見て、感動の共有を求めていた。


「ああ。綺麗な海だな。近くにこんなとこがあったなんてな」

「浦美の名前に恥じないでしょ」

「なんで得意気?」


 天気も良く、日差しも暑く、絶好の海水浴日和だったが、あいにく誰もその準備をしていなかった。優と麗美は目的はそれではないと分かっていたし、玲一に関しては海に入るつもりがなかったからだ。

 麗美はバケ子を連れて海に向かっていった。バケ子にとっては初めての海。今一つ思いきれない足取りで波打ち際を行ったり来たりしている。

 そこに麗美が水をかける。きゃっと驚いて転びそうになったが、それで水に対する抵抗がなくなったのか、ざぶざぶと海に入っていった。


「あーあー。水に濡れてもすぐ戻るからいいものの……」

「バケ子ちゃん、楽しそうね。最上さんも行かないの?」


 優が隣に立つ。


「いや、俺はいいや。バケ子以上に五十嵐さん、はしゃぎすぎだろ……。三枝内さんはどうだ?」

「私もパス。今日は遊ぶ目的で来てるんじゃないし」

「ま、そうだよな」


 こちらの視線に気が付いたのか、彼女らが手を振ってくる。玲一と優も振り返した。


「で、なんで急に幽霊退治なんか?」

「最上さん、知らないの? 二日前、人が何者かに切りつけられる事件が起きたの」

「え?」


 優は鞄から除霊符を取り出し、言った。


「事件が起きたのは見通しのいい大きな道。街灯が立っていて十分な明るさもある。防犯カメラには何も映ってないし、映らないところから切りつけられるような死角もない。間違いないく幽霊の仕業ってわけ」

「おいおい、待て。悪霊の仕業だって決めつけるのは早くないか? もしそうだったとして、悪霊を一から探すのなんて骨が折れるぞ。出たのが近所だといっても、もうそれから二日経ってるんだろ。もうどこかに行ってんじゃ?」

「いや、それはないわ」

「なんで分かる」

「被害に遭ったのは浦美神社の宮司の大葉さん。ほら、あの上にある建物、見えるでしょ?」

「え……? ああ」


 優が指さした方には、森がある。その緑の中に石でできた鳥居が立っている。そしてその奥には高い木々に囲まれた瓦の屋根が見えた。

 玲一は最近知ったことだが、浦美神社は歴史のある有名な神社だ。多くの参拝者が全国から訪れるらしい。彼もバケ子が見えるようになる前、お祓いを頼もうとしていたところだった。


「大葉さんも幽霊を感じられる体質なの。私たちみたいに姿がはっきり見えるわけじゃないけど、気配はわかる。本人が言うんだから悪霊だってことは間違いないわ。斬られる直前に避けようとしなかったら死んでたかもってね。わざわざ気配を消してまで狙うってことは――」

「また襲ってくるかもしれないってことね!」


 海から戻ってきた麗美が横から会話に参加する。


「もう! 先輩! セリフ取らないでください! ……そういうことなの」

「なるほど? で、その宮司さんを守る理由ってのはなんだ?」

「頼まれたのよ。私はいつもお世話になってるから、断る理由なんてないしね。除霊符(これ)を作ったのも大葉さんよ」

「おお、すごい人なんだな」


 玲一は戻ってきたバケ子の海の感想を受け止めながら、また神社の方を見た。なんの変哲もないただの神社だ。今まで過去に見てきたものと何ら変わりない。

 だが、優の話を聞いたからか、そこには何か特別な力があるように感じた。プラシーボ効果だ、気のせいだ、と言ってしまえばそれまでだ。だが、明らかに何かの気配がある。幽霊が見えるようになったことで物の見え方、感じ方も変わってしまったのかもしれない。


「俺たちはここにいていいのか? その大葉さん?を守らないといけないんだろ?」

「ああ、神社の前は悪霊が入れないように壁を作っているから必要ないわ。私たちが守らないといけないのはあそこよ」


 優は神社を指さした。正確には、神社の周りの木々だ。


「昔、火事が起きて神木が燃えてしまったの。その部分だけ壁が薄くなっていて、悪霊が入り込めるかもしれないところなのよ」


 彼女の言う通り、そのあたりの木は幹が細く、まだ若い。他と比べても密集度が明らかに低く、自然の作った通り道のようだった。


「じゃあ、あたしたちはあのあたりを見張っておけばいいのかな?」

「そうですね。私は悪霊を探すから、三人は神社の敷地の中で待っててください。ここよりも木陰があるおかげで涼しいはずです。何かあったら連絡してもらって――」


 優の言葉を遮って、玲一は右手を挙げた。そしてその手を優の方へ差し出し、言った。


「いや、俺にも除霊符(それ)、分けてくれよ。一人じゃ大変だろ」


「えっ?」


 優は呆気に取られる。バケ子は、危ないよとそれに反対する。


「俺も除霊の勝手が分かってるからな。どうせなら二人でやったほうが早いだろ? やばいと思ったら普通に逃げるからさ」

「でも……」

「いいんだよ。こういう時は頼れって」


 玲一の押しに負け、優は渋々納得した。


「最初は私だけで除霊するつもりだったんだから……」

「じゃあ、なんで俺を呼んだんだよ?」

「それは……」


 彼女は言葉に詰まった。目を泳がせるが、なんとか取り繕って話を続ける。


「じ、じゃあ、二人――五十嵐先輩とバケ子ちゃんに見張りをお願いするわ。見つけたらすぐに連絡して」

「二人いるから、自分たちの安全もちゃんとな」

「言われなくても分かってるよー! ね、バケ子ちゃん?」

「うん……」


 そう言って二人は浜を走っていった。ひとまず麗美が足を洗い、そのあと神社に向かうらしい。

 彼女らを見送ったあと、玲一は優に尋ねた。


「で?」

「でって何よ」

「さっきの質問の続きだ。俺を呼んだ理由だよ。教えてくれ」

「それは――」


 優は歩きだす。そしてふと立ち止まり、振り返ってこう言った。


「頼りにしてるから、です」

「ああ。そうだろ? だからこういう時は役割を分担してだな」

「そうじゃなくて!」


 なにが言いたいのか。玲一に伝わっていない。


「……?」

「……なんでもない」


 玲一が声をかける前に、彼女は走っていってしまった。

 仕方なく、玲一は逆方向に向かう。除霊符は一発。どこで現れるか分からない。玲一はその手に力を入れた。


「おお……綺麗な」


 移動しながらふと海を見た。先程、麗美とバケ子を見ていた時よりも綺麗に見える。何もない景色も良いものだと感じた。


「……何もない……海」


 玲一は思わず呟く。

 聞いたことのある言葉だった。いつどこで聞いたのかはすぐに思い出せない。

 今から悪霊を探し、除霊をする。命の危険があるため、考え事などもっての他。だが、頭の片隅に引っかかったまま、出てこない。


「くっそ。出かかってるのに出ない。忘れようとしても忘れられねー……」


 そんなことを言いながら苔生した岩場を歩く。玲一が探索している場所はすでに砂浜はなくなり、ゴツゴツとした岩だらけになっていた。


(転ばないように気を付けないとな)


 次の岩に右足を乗せた瞬間に寒気がした。滑った時の焦りか、それ以上に全身が緊張している。


(なんだ、この嫌な感じ)


 足元の岩が揺れだした。地震か? いや、違う。揺れているのは自身の足元の岩のみ。いや、そもそもこれは岩ではない。声にならない邪悪なうなり声をあげ、左右に腕が伸びる。


「悪霊っ!?」


 除霊符を取り出すが、間に合わない。足を取られ、バランスを崩す。


「しまっ……ゔっ!?」


 急激な重力を感じたと思えば、次の瞬間には内臓が持ち上げられて浮遊感が玲一を襲う。ここは、どこだ。展開に頭がついていかない。それもそのはず。彼は天にかちあげられ、空を舞っていた。先ほど自分がいた岩場、浜に降りるための階段、神社と鳥居。それらをすべて一望できる。


(まずい! このままじゃ……死ぬッ!)


 パニックを起こし、必死に手足を動かすが、空を切るのみ。セミの声も、潮の香りも届かない場所にいた。恐怖が先行して、あれほど暑かった気温も感じない。

 景色がゆっくり流れてゆく。時間の概念がねじ曲がる感覚。まるで地上と切り離された空間のようだった。この世の何者も届くことのない、死後の世界。


(……死後の?)


「待っ」


 玲一が最後に見たのは、青く澄んだ水面だった。

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