14.5話:ある時の講義
玲一はちょうど昼食を終えたところだった。東と別れ、次の時間の講義室へと向かう。彼と再び合流するのは帰宅時だ。
「見つけたっ!」
「うわあなんですか!?」
背後から声がしたと思ったら、何者かに背負った鞄に抱きつかれた。玲一は思わず大声を出した。周りの注目が玲一たちに集まる。彼は声の主の手をとって、すぐさまその場を離れた。
逃げた先は講義棟の建物の裏、人気のない非常口前だ。日陰になっていて涼しい。
「あー怖かったあ。あたし、人に見られるの苦手なんだよね……」
麗美は手で顔をあおぎながらそう言った。
「だったらおどかすようなことしないでください。俺だってあんな悪目立ち嫌なんですからね。暑くて汗かいてたのに、更に変な汗出ました」
「あは、ごめんごめん。あ、バケ子ちゃ〜ん、おはよ!」
本当にそう思っているのだろうか。ハンカチで汗を拭きながら玲一はそう思った。
バケ子に手を振り、無視される。彼女に反省の色はない。
「玲一くん見つけたら嬉しくなっちゃって。知ってる? 大学でずっと一人でいるのってつらいんだよ!」
「じゃあ仲良い人を作ってください。俺だって東以外にも何人か繋がりありますよ?」
「わーん! この裏切り者っ」
「なんなんだあんたは……。てかなんか用事があるなら後にしてくれません? 今から講義あるんです」
「あ、それ、あたしも一緒だよ」
「えぇ……」
前年は抽選の関係で取れなかったらしい。彼女は、決して単位を落としたわけではないことを何度も強調した。
麗美の頼みで、今回は最前列ではなく少し後方に場所を取った。前から見えにくいように、玲一が前に座ることも注文された。
「バケ子の世話もしんどいが、あんたもあんたでしんどいな」
「レイイチ、なんだって?」
「分かった分かった。お前は最近黙って待ってるもんな。偉いな」
適当にあやす。玲一の後ろに隠れるように座った麗美に肩を叩かれた。ごにょごにょと小声で話す彼女は先ほどとは打って変わって地味な印象を醸し出す。
「今日はね、これを持ってきたの」
彼女が差し出したのは一冊の大学ノートだった。
「……なんすかこれ。ノート? 去年のやつかなんかですか? あざす。いただきますね」
「違うって。あたしだってこの講義初めてだって言ってんじゃん!」
頬を指で突かれながら、玲一は表紙をめくる。つい、おっと声が出た。
「ほら見て。じゃ〜ん。幽霊についての情報よ」
幽霊の出現した場所と姿のスケッチ、そして優やジンの話をまとめていた。出現場所には地図を添えている。記憶を元に描いているスケッチも多く、所々に「多分こうだった」などと補足説明があった。
「一時期こういうのやってたんだ。幽霊のことを知ったら、バケ子ちゃんの記憶を取り戻すことの参考になるかなってね」
「へえ……」
玲一の、ページをめくる手が止まらない。
『海に向かって行った。高さは電信柱との関係から1.5〜1.6メートル? 未除霊』
『電車の中に複数の幽霊。車両の中に縛られている。優確認済み。』
『駅前の森。小さい悪霊。バレーボールくらい? 優によるとまだ無害である』
『子どもの幽霊。ブランコを漕いでいた。対話の結果、生前の記憶があることを確認。公園にて』
最後のは『優に連絡済み』を上から二重線で消して、『除霊済み』になっていた。
「よくここまでやりましたね。とにかく、これでなにか進展するかもです。ありがとうございます」
「ふっふ〜ん。でしょー? これからも困ったらあたしに頼っていいんだからね?」
「よ、よろしくお願いします」
講義開始数分。麗美はバケ子の隣で寝息を立てていた。講義終了後に玲一に頼ってきたのは彼女の方だったのは言うまでもない。




