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14話:もう一人の霊視者


 数分も経たぬうちに東から連絡が来た。なんでも、オカ研の会長が見つかったらしい。

 そこにいるという空き講義室に向かうと、東が席につく五十嵐に向かって尋問をしているところだった。東の手には彼女の鞄があり、それを人質にしているようだ。


「で、今まで何していらしたんですか? 大学には来てましたか!?」

「うう。ちゃんと来てたよぉお」

「どうして何も連絡がなかったんですか」

「もう幽霊とかそういうのはいいかなって思ったの。悪霊を見つけたとしても、どうせあたしたちじゃ何もできないでしょ? 東くん、そういうのに突っ込んで行くタイプでしょ〜?」

「あなた会長でしょう」

「あんなの東くんがあたしに押し付けたんじゃん! 立ち上げたのは東くんじゃない!?」

「あの〜。失礼しまーす」


 玲一が会話に入ると、二人は同時にこちらを向いた。五十嵐はハッと気づき、玲一を指差した。


「あっ、さっきの」

「はい。最上玲一です。一年っす」


 玲一の自己紹介を聞き、彼女は猫背気味だった背筋を伸ばす。彼女の強調された胸の膨らみを見て、玲一は東の方に目を逸らしてしまった。


五十嵐麗美(いがらしれみ)よ。あたしは二年」


 彼女の汗の具合から、どれだけ大層な逃走劇を繰り広げていたのかが分かる。部屋の中はクーラーが効き始めていたが、やはりまだ少し蒸し暑い。


「最上くんは超常現象総合研究会の新メンバーです」

「違うぞ?」

「あっ、そうな……の?」

「そうじゃないです」


 玲一のツッコミはスルーされる。麗美は二人を前に、申し訳なさそうに目を泳がせた。


「あのー、言いにくいんだけどね。超常現象総合研究会、解散しない、かな?」


 麗美は最初よりもさらに背中を丸め、小さく手を上げて申し訳なさそうに言った。


「なっ、何を言っているんですか! こうして新たな仲間も加わったというのに!」

「だから違うっての」

「もういいんじゃないかな。あの時は悪霊が怖かったから作ったけど、やっぱり関わらないのが一番だと思ったの。東くんも分かるでしょ? 悪霊と積極的に関わろうなんておかしいって」

「五十嵐さんのいう通りだ。あんまり関わると命が危ないんだ。俺の場合は実体験だぜ? お前も幽霊見えてないんだから、別によくね?」

「……なるほど。最上くんもそう言うのなら」


 東は顔をしかめ、渋々納得する。こうして超常現象総合研究会はいともあっさりとなくなった。


「玲一くんもオカルトに興味あったんでしょ? ごめんね。活動はもうないんだ」

「いや、違います。失礼ですけど、オカ研がなくなってちょっと安心してる自分がいます。ところで、五十嵐さんは幽霊が見える体質らしいですね。ってことは五十嵐さん、こいつのこと見えてます?」


 玲一がバケ子を麗美の正面に立たせる。バケ子は照れながら「こんにちは」と挨拶する。

 それを見た麗美は椅子から立ち上がった。机とぶつかりガタンと音を立てる。


「あっ、そうだよね! やっぱりそうだよね! その子幽霊だよね! おかしいと思ったもん! 大学生にしては若いなって! 最近の子ってすごいなって思ったもん!」


 まくし立てる麗美に、バケ子は気圧されたのか目をぎゅっと閉じて後ずさりする。

 玲一は二人の間に手を伸ばし、バリケードを作った。


「大声出さないでくださいよ。仮にそうだとしても一、二歳しか違わないでしょ……」

「お名前は?」


 麗美は玲一の手を払い、椅子に座ったまま、少しバケ子を見上げて尋ねた。


「バケ子です」

「バ……え? 玲一くん、これ本名?」


 彼女はぽかんとした表情で玲一を見上げる。こんな感じの表情は以前見たことがある気がする。彼は、嫌な予感がしつつ、それを否定した。


「いや、違います」

「これはレイイチがつけてくれた名前です」

「えっ!? だ……へえ」

「五十嵐さん今ダッサって言いかけましたよね」

「いやいや! そんなわけないじゃん! 今のは納得した『そうなんだ』の『だ』だから!」

「そんな略し方しないでしょ」

「最先端だから!」


 麗美の誤魔化しきれていない言い訳に玲一は呆れた。それと同時に自分のセンスのなさを嘆いた。優に続き、麗美にも否定されてしまっては流石に心が折れる。


「なあバケ子。やっぱり改名するか」

「なんで? バケ子でいーじゃん」


 本人がこう言っている手前、勝手に変更するのは気がひける。


「で? で? なんで幽霊のバケ子ちゃんがこんなところにいるの? というか、玲一くんがバケ子ちゃんを連れまわしてるの?」

「言い方が怪しくないですか? バケ子は本来は俺が下宿してる部屋から出られないはずなんです。でも俺がドアを開けたら、出られる。だからこうやって一緒にいるんです。ついでに言うと、こいつ、以前の記憶がなくなってるんです。だから、名前も俺が」

「へえ。記憶喪失ってやつ? 幽霊が? バケ子ちゃん、1+1は?」

「それ俺が最初にやりました……」


 玲一に指摘され、麗美は恥ずかしそうにする。そして何か思いついたように玲一の方を見てにやける。


「あ、もしかして玲一くん、バケ子ちゃんの記憶がない、実体がない、逃げられないのないないないをいいことにいかがわしいことを……。汚れなき美少女にあんなことやそんなことをしても幽霊だから周りにバレないし、反撃もされない……」

「んなわけないでしょ! 俺がそんなやつに見えます!? 俺は、バケ子の記憶が戻るように協力してるんです! むしろいいことしてるんです!」

「へえ……大変だねえ」

「オカ研の先輩なら、なにか解決案とかありませんか?」

「あたしは見えるだけの一般人よ? あるわけないでしょ。でも、ちょっと協力したいかも」


 それを聞いてバケ子の顔がぱあっと明るくなる。麗美は任せなさい、と微笑み返す。玲一視点では、はっきり言って頼りない。


「ひとまず現場である玲一くんの部屋に行ってみよう!」

「えっ」


 麗美の提案で、三人は玲一のアパートに移ることになった。記憶喪失の原因が死後のものであっても生前のものであっても、縛られた土地に何か手がかりがあるのではないかと推理したのだ。



 麗美は地元の人間らしく、偶然にも玲一たちと同じ電車に乗るらしい。玲一は、東と麗美は東の下宿探しの時に知り合っていたことを思い出した。東は結局浦美に来たが、麗美はもう一つ先の駅らしい。降りる駅は違えど向かう方向は一緒。ついでに、ということで玲一の部屋に立ち寄ることにしたのだ。

 電車に乗り、浦美の駅を出て数分。まだ日は高く位置している。


「いや〜楽しみだな〜。玲一くんの家」

「楽しみにされたって、なんもないですよ」


 大学からずっと背筋を曲げていた彼女だったが、駅に着いてからは急に背筋を伸ばし、うるさくなった。周りに人がいなければこうなるらしい。

 正しい背丈は玲一と同じくらいだろうか。玲一から見て比べると東よりは高いのは明らかだ。

 そしてなにより背筋を伸ばしたことによって目立つのがその胸だ。麗美の方を見ると嫌でも目に入るため、顔を合わせづらい。彼女が視線を嫌がるのもこれが原因なのだろうか。

 角を曲がると、玲一の住むアパートの一角が見え始める。彼はそれを指差して言う。


「見えましたね。あれですよ」

「ん?」


 麗美は玲一のアパートを見た途端、足が止まった。


「あれ? 確かこのアパートって……」

「ああ、家賃が安かったんすよ。なんせこいつがいますからね。お騒がせポルターガイストガールですから」

「レイイチ、なにそれひどーい」

「あっ、じゃあその娘は……」

「はい。ここの幽霊ですよ」

「へえ……そうなんだ――あっ、『だ』?」

「それはもういいです」


 そう言って麗美はバケ子を見つめる。その視線を感じた幽霊少女は、麗美を見つめ返し、首をかしげた。


「どうしたの? あ、レイイチの部屋は綺麗だから大丈夫です! ちょっと狭いけど!」

「いっ、いや、そういうわけじゃ……」

「五十嵐さん、やっぱりなんか嫌な感じします? 岡路に聞いたんですけど、心霊スポットとかも苦手なんですよね?」

「いや、全然しない! ほら、とにかく玲一くんの部屋に入れてよ」


 麗美はそう言って玲一の部屋の扉の前に立ち、彼が鍵を開けるのを待った。

 鍵が開くとすぐに麗美は飛び込んできた。


「玲一くんの部屋に到着! さて色々物色してやろうかなと思ったけど……ほんとに綺麗なんだね。エロ本一冊も無さそう。ミニマリストってやつ?」

「余計なもの買うのが嫌なだけです。マネー大事。……何しにきたんすか? バケ子の記憶の手がかり探しですよね?」

「まー見た感じ気になるものはないねー」

「やる気ねぇな!」


 麗美は部屋を見渡す。そしてふと気になったのか、棚の上に置かれた紙に手を伸ばす。


「あ、触んないでください。それは――」


 その時、ピンポンとインターホンが鳴った。特になにかを送ってもらう予定もないし、訪問者も心当たりがない。悪質なセールスなら追い払ってやろうという心持ちで玄関に向かう。バケ子も玲一を追って玄関まで出てくる。


「お前は別に来なくていいだろ」

「いいじゃん。あの人と一緒にいたらなにされるか分かんないもん。触れないって分かっててもね。あと、なにかとうるさいから……」

「ああ、なるほどな」


 ドアの窓から外を見ると、そこには優がいた。鍵を外してドアを開ける。

 シャツにショートパンツという格好が新鮮だった。制服でもジャージでもない、いたって女子らしく可愛らしい服装だ。

 その格好が不意打ちだったこともあり、玲一は反射的に目をそらしてしまう。


「三枝内さん? 急にどうした?」

「最上さん、こんにちは。あ、バケ子ちゃんも。突然ですみません」

「いやいや、いいんだけどさ」


 優は後ろ手に持っていた袋を差し出す。


「この前のお礼です。あと、バケ子ちゃんにこれ、あげてください。ね、これ、好きなんだよね?」

「わあ! ありがとうございます!」

「なんか申し訳ないな。そんな大したことしてないのに」

「そんなことないですよ。あの時は本当に……」


 優の目線は下に――玄関に向く。


「お客さんですか? 靴が……」

「ああ、大学で知り合った人でな。せっかく来たんだからもうちょっと話してたかったんだがな」

「いえ、お客さんがいるなら私はもう……」


 優が帰ろうとしたその時、部屋と玄関を仕切る引き戸が開けられた。そこには玲一が机の上に置いてあったお菓子を食べる麗美が立っていた。


「玲一くん。あの棚の上に置いてるのって……あれ? 優?」

「いっ、五十嵐センパイ!?」


 麗美の口がほころぶ。対照的に優は目を丸くして、驚いた表情。二人の間に挟まれた玲一はフリーズした。


「久しぶりじゃ〜ん優〜!」

「ちょっ、先輩……あう……」


 麗美は優に駆け寄り、抱きつく。優は抵抗しようとするが、麗美の強いハグに負けてしまう。


「な、なにしてんすか!?」

「あたしはね、優と高校の先輩後輩の関係なんだぁ」


 慌てる玲一の方を向いて、麗美は優を自分の大きな胸にうずめたままそう言った。


「そうなんすね」

「高校時代に優に助けてもらったことがあったの。その時もあたし悪霊に襲われてね、優がそいつをバーンってね。優がオカ研を手伝わされてたのはそういう理由なの」

「ああ、そういえばそうだったな……って! それはいいんですけど、三枝内さんを放してあげてください」


 麗美は「ごめんごめん」と言いながら手をほどいた。


「……ぷはっ。相変わらず元気そうですね先輩……。岡路さんから聞きましたよ。最近はなかなか顔を出してくれないって」

「あ、超常現象総合研究会は解散したから!」

「それがいいと思います。先輩はこういうの苦手でしょうし」

「だよね。……ていうか、なに? 優、玲一くんと知り合いだったの? てゆーか、わざわざこんなものまで持ってきちゃって。……もしかしてそういう関係?」

「えっ」


 麗美は玲一の持つ袋の中を覗き、意地悪そうなにやけ顔を優に向ける。


「なっ、先輩変なこと言うのはやめてくださいっ! ち、違う! 違いますからね! じゃあ、あのっ、最上さん、さようなら!」


 優はそう言って帰っていってしまった。


「……あれ? あたし、余計なことしちゃった?」

「自覚があるなら、まあ今回は許しますよ。あ、そうそう、さっき言いかけたことなんですけど、その二枚のお札は三枝内さんから貰ったんですよ。元の場所に置いといてくださいね」

「大切なモノってこと?」

「いちいち言い方がアレじゃないですか?」

「今のは玲一くんが自意識過剰なんじゃない〜?」


 麗美はくすくすと笑い、「ねー」とバケ子に同意を求めている。

 玲一はそれを無視して部屋に戻った。


「あ、二人とも。僕を一人にしないでくださいよ」


 東はついにスマホを取り出して暇をつぶしていた。幽霊も見えないため話について来れているかも怪しい。


「悪いな、岡路。で、五十嵐さんはなんか分かったんですか?」

「あ、えーと……」


 麗美は言葉に詰まり、斜め上を見る。


「つまり何にも分からなかったんですね」

「正直予想はできてましたよ……。ちなみに岡路は? 一般人目線で何かあったか?」

「特にないね。記憶の手がかりどころか幽霊物件ってことも分からないくらいだ」

「掃除はちゃんとしてるからな。ま、そんなもんか。じゃあ今日はお開きだ」

「ええ!? 捜索はまだまだこれからだよ!」

「帰れ」


 玲一が追い出すかたちで調査は終了した。


「今日はありがとーね。手がかりはなかったけど、いいもの見られた!」

「はいはい。お疲れ様でしたっ!」


 二人が帰った後、玲一は部屋を見渡した。なんの変哲もない、普通の部屋だ。掃除をするときも隅々まで確認したがなにもなかった。


(この部屋を探しても無駄なのか……? じゃあどうすれば……?)


「レイイチ!」

「は! なんだ!?」

「ごはん!」

「……ああ。はいはい。わかったよ」


 玲一はキッチンへと足を運んだ。

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