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13話:真夏の再会


 玲一は汗をかいていた。日差しがきついキャンパス内にできた木陰に入って、体を休めている。

 自販機で買ったボトルを飲む二人。バケ子はジュース、玲一は水だ。


「ぷはっ! 暑い暑い……。熱中症になって死んじゃうよね、こんなの」

「お前が……それ以上死ぬことは……ないだろ……。汗も全然かいてないくせに……高いもん買わせやがって」

「ついでだからね。ついで」


 息を切らしながらそう言う彼に、バケ子はボトルを顔の横に持ち「ありがと」とウインクした。


「あざてぇー……」


 玲一は顔を手で覆って天を仰いだ。彼はこのあざとさに負けてジュースを購入してしまったのだ。これに限らず、最近彼女に対して甘くなっている気がする。


(中身はあれだがやっぱ美少女なんだよなぁ……。俺も単純なもんだ……)

「ん? どうかした?」

「いや、なんでもねーよ」


 その時、スマホに通知が来た。



 ことの始まりは玲一の「お前、オカ研はどうした」の一言だった。

 暑くなってきた時期のため、二人は大学の売店で安売りのアイスを買った。包装を破きながら、そう玲一は尋ねた。

 授業が終わると、いつも東は玲一を見つけてやって来る。学部は違うが毎日ご苦労なことだ。

 目の前で棒付きアイスを貪るこの男はここ最近、というより出会ってからずっとこの調子だ。出会った頃には散々言っていたオカ研には、全くといっていいほど出向く様子がない。


「えっ、なんだい急に?」

「基本的に毎日俺と帰ってるだろ。だったらそっち行けないじゃん」

「ああ、なるほど。そういうことなら安心してよ。超常現象総合研究会は現在活動休止中なのさ」

「まだ夏前なのにいいのか?」

「構わないさ。だってメンバーがそもそも二人しかいないんだから。んー、おいしいね、これ」

「おいおい。そんなんで部活?サークル?存続できるのか?」


 玲一は二つセットのアイスを割り、バケ子に渡すために売店前のカウンターに片方を置いた。彼女はサッとそれを奪い取る。出来るだけ人目につかないように、玲一はバケ子の姿を隠そうとする。東からは浮遊するアイスが丸見えだが、彼はもうすっかりこういった光景にも慣れていた。


「そもそも超常現象総合研究会は部活でもサークルでもないよ?」

「じゃあなんだよ」

「個人立ち上げ個人運営の非公認組織さ。認知度も無に等しい」

「じゃあ俺はそんなのに入らされかけてたってことか!? とんでもねえな!」

「そんなこと言って。最上くんは最初からずっと入る気なんて毛頭なかっただろう?」

「いやそうだけど。で、そのもう一人のメンバーってのはどうなんだ? 活動してないことに関してなんか言ってないか? ……まさか俺みたいに勧誘を躱しきれなかった被害者とかじゃねえだろうな」


 騒ぐ玲一は、アイスの容器を握りつぶす様にして、一気に食べ尽くす。頭が痛くなり、渋い顔をした。

 東はふっと笑い、言った。


「被害者ってのは酷いなあ。違うよ。メンバーは僕と、正式なもう一人で、計二人さ」

「誰だ?」

「僕らの一つ上の先輩だよ。超常現象総合研究会の会長ってことになってる。でも最近連絡が取れなくて。僕もかなり心配してるんだけどね」

「会長なんだったら、オカルト現象の研究でもしてんだろ」

「そういうタイプの人じゃないんだけどなあ」

「なんで会長やってんだ」


 玲一は空になったアイスのガワを捨てる。バケ子を見ると、彼女はまだ半分ほど残った容器を手に、玲一らの話を聞いていた。


「あー、会長ってどんな人なんだ。写真とかないのか?」

「うーん。写真に撮られるのを嫌がる人だったから。そうそう、写真を撮られると魂が抜けるという話があるんだけど、これ、オカルトっぽいよね」

「古っ! 最近そんなの聞かねーよ!」


 東によると、その人と出会ったのは春先らしい。

 大学がはじまる前に、下宿先を決定するための下見をしていた東と、その近くに住んでいた先輩。偶然にも謎の心霊現象に居合わせてしまい、そこを優に助けられ、それをきっかけにオカ研を立ち上げたのだとか。

 今まで接点もなく、その場にいたというだけで団体を立ち上げたという話を聞いて、玲一は唖然となった。コミュニケーション強者なんてレベルじゃない。


「お前って結構コミュ力おばけなのな」

「おっ! オカルトだけに?」

「もういい。俺が悪かった……。続けてくれ」

「会長が考えてた活動っていうのは多分、幽霊への対抗法だね。あの人も最上くんと同じ、見える人だったから」

「ん!? まだいたのか!?」

「うん。でも最上くんや三枝内さんと違って――」


 東の言葉が詰まる。視線の先には東と同じ棒アイスを購入する女子大生がいた。女子にしては背が高い方なのだろうが、少し曲がった背筋がそれを隠していた。

 ありがとうございましたの声を背に、ばりばりと袋を破く。長い髪がアイスにつかないように耳にかけ、一口目を食べたその顔には笑みが浮かぶ。通路を歩きながら半分ほど食べたところで、玲一たちと目があった。


「あっ……」


 彼女の表情が凍りつく。嬉しそうな笑顔はたちまち青くなっていく。


「五十嵐さん?」

「ひっ!」


 東が彼女に呼びかけると、彼女は怯えた表情を見せた。歩み寄りながら、東は質問を繰り返す。


「なんで連絡してくれなかったんですか。大学にはちゃんと来てましたか? もしかしてまた幽霊に遭遇しました?」

「んわああああ! もっ、もうあたしはカンケーないからぁああ! あっ、えっと……。き、君! これあげるね!」

「えっ!? ちょっ! 待っ……!」


 逃げ出す彼女に食べかけのアイスを渡される玲一。突然のことに頭が真っ白になり、アイスと彼女の顔を交互に見る。そうしているうちに彼女は売店から走り去っていった。


「待ってください!」


 東はすかさず彼女を追いかける。


「あっ、おいどこ行くんだ! 追うぞバケ子!」

「ちょっと待って、もう食べ終わるから!」


 玲一たちもそれについていく。

 売店を出ると、暑い空気が玲一たちを包み込む。怯む玲一とは別に、東は五十嵐という女子学生から目を離さない。


「何故だ……!」

「なにがあったんだよ!? あと、走るのちょっと速……」

「ごめん最上くん! 幽霊ちゃんにも無理させられないからね、あの人捕まえたら後で連絡するよ!」

「あ、ああ!」


 五十嵐のものだった食べかけのアイスは溶け、地面に落ちた。

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