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12話:手がかり


 玲一は東に連れられ、大学の図書館に来ていた。

 バケ子は迷子にならない程度に、適当に館内を冒険させている。館内には地図があるし、玲一のいる場所は一階カウンターから見える位置にあるので心配はいらないはずだ。

 二人は長机を挟んで向かい合って座った。周りには学生がレポートを書いたり時間潰しにスマホを見たり、中には寝ている者もいる。玲一は図書館に来たのは初めてだったため、少しの緊張があった。


「で、今日はなんだ? わざわざこんなとこにまで来て」


 玲一は東に尋ねた。東はその質問を待ってましたとふっふっふと不気味に笑った。


「ずばり、幽霊ちゃんのことを調べるためさ」


 玲一は、バケ子の記憶喪失のことを東に話していた。一応オカ研ということで、何か知っているかもしれなかったからだ。その時はなにも情報が得られなかったが、数日経ってこうなるとは予想していなかった。


「だから図書館? 俺だって、軽くだけどネットとかで調べてみたぜ?」


 そう言って玲一はリュックからタブレットを取り出す。


「日本全国の幽霊・妖怪などに関する話、世界各国で目撃された超常現象、UFOの謎に迫ったもの。科学による現象と実験方法一覧、物理法則をまとめたもの。あとは生物の図鑑、変わった芸術本まで、様々な文献を見つけておいたよ。それが、こちらになりまーす」


 彼が机の下に置いてあった本を積み上げていくと、小高い山ができた。それは、どこに隠してあったのかと驚くほど。本の大きさ、厚さは様々で、近年の漫画風のものからいつ書かれたのかというものまで取り揃えられていた。


「岡路、これ全部読むのか……?」


 とりあえず一番近くにあったのを一冊手に取る。神話についてまとめられた小本だ。オカルトというよりはファンタジー。役に立つとは到底思えない。


「心配いらないよ。ここに書かれてる分は大体頭に入ったからね」

「じゃあわざわざ持ってくる意味ねーじゃねーかあ!」

「シッ。図書館では静かに」


 東は指を口にあてて玲一を注意する。彼が言っていることはその通りなのだが、納得いかない。


「あー……じゃあ、教えてくれ。この中に何か有益な情報はあったか?」

「結論から言うけれど、幽霊は記憶喪失なんかにはならない」

「はいおつかれィ、解散」

「ちょ、ちょっと!?」


 玲一は隣の椅子に乗せていたリュックを持って立ち上がる。帰ろうとした彼を、東がシャツを掴んで止める。


「おいバカ、離せ、伸びるだろ。冗談だ。帰らない。帰らないから」

「僕が止めないと本気で帰るところだっただろう?」

「まあな」

「まあなじゃないよ」


 玲一は座り直した。


「えーと、続きから言うね。記憶喪失どころか幽霊のちゃんとした目撃例も少ないんだ。こういうのに書かれているのはほぼでっち上げか勘違い。幽霊を科学的に検証しようとしても、実験失敗又は幽霊などいないという結論に行き着く」

「ふむふむ」

「ここからは僕の見解ね。もしも幽霊が人の目に見えないだけで存在するとするならば、監視カメラなんかに動く物体が映っていてもいいと思うんだ。でも現実はそうではない。ならば幽霊はほぼいないことになる。100パーセント否定はできないよ? まだ科学で証明できないこともあるからね。それについて研究してる人もいる。基本的にはいないとされている幽霊なんだけれども、現に最上くんは見えてる。だったら幽霊化する条件があるはずなんだよね。例えばよくある強い感情。怨霊、とか呼ばれるのがそうだね。日本では、幽霊は白装束に――」


 玲一は熱く語る東の話を遮るように大欠伸をした。


「聞いてたら眠くなってきた」

「ええ!? じゃあ……」


 東は玲一に、目覚まし代わりの軽い運動を提案した。その内容は運んできた本を戻す作業だった。

 気分転換になるなと玲一はその提案をのんだ。だいたい本の量を半分に分け、それぞれ作業をはじめる。


「いや待て。これ、岡路(あいつ)がやるべきことじゃね?」


 作業を開始して五分。片手に十冊ほど本を抱えて玲一は呟いた。

 ラベルのお陰で本の場所は特定しやすいが、あまりにもジャンルが幅広いためあちこちを移動しなければならない。まず作業に入る前にジャンル分けからすべきだったと後悔した。


「完全にやられた。確かに情報集めを頼んだのは俺だし、図書館で情報集めをしてくれたのもありがたい。でもあいつがやってることは趣味語りなんだよなあ……」

「レイイチ、さっきからなに独り言言ってんのさ」

「おっ……」


 偶然にもバケ子と出会った。


「一人で喋ってるの不気味だからやめた方がいいよ」

「普段お前と喋ってる時の俺は普通の人からはそう見えてんだけど? これで理由が分かったよな? 極力話しかけんなってことだ」

「小声にすればいいじゃん」

「そうしたらお前が何度も聞き返してくるだろ」


 玲一に言い負かされたバケ子はその場を逃げるように立ち去った。そんな彼女の後ろ姿に、玲一はすぐ戻ってこいよと声をかけた。


(また大声出したな……)


 彼は少し反省した。


「幽霊化する条件……か」


 次の棚に移動しながら玲一は呟いた。先程東が話していた内容で、頭に残ったワードだった。

 言われてみればそうだ。この間優を助けた時も、彼女が除霊に出かけたからだと言っていた。普通の幽霊も神社で清めて除霊すると言っていたから悪霊だけでなく普通の幽霊も現れるのだろう。ということは霊が現れる頻度は少なくないはずだ。

 大学のある御多根(みたね)では幽霊の目撃は少ないし、優の高校がある方でも幽霊は少ないらしい。

 となればやはり浦美という土地が幽霊化する条件と関係があるのではないか。


「……ってことなんだけど。どう思う」


 本の片付けが終わった玲一は、東を探して話しかけた。東はまだ本を数冊手に持っていた。どうやら途中で興味のある本を見つけてしまい、読んでいたらしい。


「土地かぁ……。緯度経度高度、温度湿度、日照時間なんかも条件になるのかな」

「植物か。お前の読んだ本の中に土地によって幽霊が生まれやすくなるみたいなのは書いてたか?」

「そんなの書いてるわけないじゃないか」


 東は笑う。


「……やっぱ三枝内さんに聞いた方がいいかもしれねーな」

「実は僕も最初からそう思っていたよ。本なんて役に立たない」

「ならなんで呼んだんだっ!!」


 玲一はまた、東から注意を受けた。

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