11.5話:ある時の支度
平日のとある朝のこと。大学に行くための準備をしている途中で、バケ子は玲一のリュックにつまずいた。リビングルームに入ってすぐ右手、タンスの前に置いていたものが倒れたのだ。
「レイイチー。鞄その辺に置くのやめてー」
「そこが定位置だ。立てておいてくれ」
玲一は洗面で歯を磨きながら答えた。そんな彼の返答にバケ子は呆れる。
「これ、いい加減買い換えたら? 昔から使ってるんでしょ?」
「いいだろ。別に。変な匂いもしないし。しないよな?」
「見た目悪い」
「悪くない。綺麗に使ってるだろ?」
「貧乏性め……なんでなの」
「いやただの性格……癖の領域かな? てか、お前が飯食ったりいろいろするからその分節約しようと頑張ってんだけど?」
洗面所から顔を出し、バケ子をじろりと見る。彼女は慌てて別の話題に持っていく。
「そ、そうだ。こ、これ、この前わたしが持ったことあったでしょ? こんなちっちゃいのにだいぶ重かったよ。なに入ってんの」
バケ子はチャックを開けた。
入っていたのはファイル、財布、教科書数冊、筆箱、折り畳み傘、タブレット、水筒。それらが全てきっちりと隙間なく収まっている。
「こういうところこだわるんだよね……」
「人の鞄の中見といてそのドン引き顔やめろ」
歯を磨き終えた玲一はリビングに戻ってくる。スマホを充電器から外した。
「こっちには?」
もう一つのチャックを開ける。
今度は、駅で配っていたのを貰ったポケットティッシュがいくつか、モバイルバッテリー、金属の輪っかに束ねられたお守り、イヤホン、予備用財布。
「ティッシュ持ちすぎ。あと、お守りも持ちすぎ。こんなまとめちゃって。バチが当たっても知らないよ……ん? これ……」
バケ子はお守りの束を持つ。それを玲一が奪い返す。
「いいだろべつに! 神頼みは偉大なんだから! もう返せ!」
「へえ……。で、これ、予備用財布? なにこれ」
「小学生の時に使ってたやつ」
驚くバケ子の背後から手を伸ばしてリュックを持ち上げ、チャックを閉める。
「財布無くなった時とか、金使いすぎてなくなった時とかのためにちょっとだけ金入れてるんだ」
「結局それも捨てられないから役目作った感じか……。物大切にするのはいいけど、しすぎるのも考えものだね……」
「それが俺のいいところだ。ほら、もう行くぞ」
バケ子は呆れていた。




