表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/26

8話:死にたくて


 大学の帰り道、玲一は改札を通り抜け、ホームに出た。今日は東はいない。

 彼がいないと静かでいい。丁度、電車内で彼が語る怖い話にも飽きてきたところだった。


「レイイチ、電車来るまであと一分! いつもより早いのに乗れるね!」


 といっても二人が一人になっただけだ。もう一人はこうやって今も大声で玲一に話しかける。ハアと彼はため息をつく。


「それは通過するやつだ。俺たちが乗るのは変わらないぞ」

「ありゃ! そうなの!」

「しっかり読んでくれ。通過と書いてるだろ」


 ふとそれを誤魔化すように咳払いをし、それから声のボリュームを小さくする。


「あと、家以外のとこで俺に極力話しかけるなと言ってるだろ」

「ええ〜!? 今のはレイイチが気をつければいい話じゃん! というかわたしたちの他にお客さん……いた」

「ちゃんと周り見てからな……ん?」


 彼女の視線の先に、一人たたずむ少女がいた。あまりに視界の端にいるもので、玲一もバケ子も最初は気づかなかった。

 髪を含め全身真っ黒なコーディネート。長袖は暑くないのだろうか。そんなことを考える玲一の目は彼女に釘付けになっていた。

 『間もなく電車が通過します』とアナウンスが流れる。彼女は来る方向を確認している。ちらりと見えた横顔は無表情――幸薄そう、という言葉が似合っていた。


「レイイチ、あの人……」

「え? なんだよ」


 玲一は良からぬ未来を考えてしまった。いくらなんでもそれは彼女に失礼だろう。だが、そのイメージは頭を離れない。


「バケ子、これ見といてくれ」

「えっ」


 鞄を下ろし、床に置く。

 猛スピードで迫りくる電車。目を閉じる薄幸少女。その距離はみるみる縮まってゆく。

 視界に入ってきた150メートル。次の瞬間には100メートル。50メートルを切ったと思えば、少女は一歩踏み出そうとしていた。


(おいおいおい!)


「わーっ! まてまて! 早まるなああああ!」

「え? わっ! ひいっ!」


 玲一は叫びながら彼女の方に走っていた。ビクッとして振り返る少女。迫る玲一に驚いたのか、彼女はその場にしゃがみこんだ。

 彼女の体に浮かぶ、背後を通る電車の電気の残光。透き通るような色白の肌は、文字通り透き通っていた。

 大声を出してしまったからか、怯えるように震える少女。玲一は出来るだけ優しく声をかけた。


「大丈夫? 立てる?」

「え……あなた、もしかして……私のこと、見えます?」


 何かに気づいたのか、彼女は恐る恐る顔を上げて玲一を見た。


「ああ、まあ」

「ほんとです!?」

「はい」

「ほんとにほんとです!?」

「ほんとです」

「おぉ……。いっ、いけない、な、泣きません! 泣いてませんよ!」


 彼女はぐしぐしと目を擦り、にこっと笑って見せた。勝手に泣いて、勝手に笑う。そんな彼女を前に、玲一は「お、おう」と微妙な反応をした。


「レイイチ、はいこれ。まさか飛び出していくなんて思わなかったよ」


 バケ子が重いリュックを持ってやって来る。それを見た薄幸少女はぽんと手を叩く。


「あっ、この子も死んでます? だからそんな慣れてる感じなんですね? いやー、まさか見える人がいたなんて。私、感動しました」

「てっきり俺は自殺すんのかと思って――」

「ええ、そうですよ」

「は?」


 先ほどの列車はすでに遥か遠くへ行ってしまっていた。離れていくそれを眺めながら彼女は言った。


「ずっと、何したらいいのかわかんなくって。とにかく死にたかった。死んでからもずっと死にたかった。まあ、足すくんじゃったんですけど!」


 久しぶりに人と話せた喜びか、彼女はずっと興奮気味だった。死後どれくらいなのかはわからないが、口ぶりからして数日は経っているはずだ。


「足。まだ震えてるぞ」

「あ、これは……」


 なんでもないです、気のせいです、と手をぶんぶん振って表現する。

 そんなことをしているうちに、到着メロディーとともに次の電車がやってきた。


「じゃ、俺たちはここで。もう死のうとするなよ」

「さようなら」


 別れを告げた玲一とバケ子は、電車へと入っていく。それに続き、彼女も乗車してきた。そして玲一とバケ子の間に割り込んで座る。


「……なについて来てんだよ」

「いやあ、私が見える人にせっかく出会えたんですもん。話し足りなくて……。あ、自己紹介まだだった! 私、冨湧文(とみわきあや)です! よろしくです!」

「あー、別によろしくするつもりはなかったんだけど」


 そう言いながらも、玲一とバケ子は彼女に対し自己紹介をした。

 側からみれば玲一が独り言を喋っている状況だ。車両内には誰もいなくて助かった。


「除霊師の知り合いがいるんだが。駅まで呼んでやろうか?」


 玲一はスマホを取り出した。


「ちょ、ちょ、ちょ、そんなこと言わずにぃ。ちょっとだけでも話しましょうよ。ね?」

「幽霊が出歩いてると危ないんだとさ。痛くないように頼んでやるから」

「そういう問題じゃないんです! 痛いのはむしろ慣れっこです!」

「だったら今から呼ぶぞ」

「今日一日だけ見逃してください! お願いします!」

「……今日だけだな?」


 何度も交渉する文に玲一が折れ、頼みを聞くことにした。しばしの辛抱だ。

 

「やったあ! 最上さん太っ腹あ! 最高! 大好き!」


 文は玲一の体に両手を回そうとしたが、体をすり抜けてしまった。シートに顔から倒れ込む文。


「へえー。見えてても触れるわけじゃないんですねー」


 起きあがりながらそう言い、さらに玲一の体に抱きつきにいったり、顔をつつこうとする。そんな彼女を、バケ子は「文さん、くっつきすぎですよ」と腕を掴んで制する。


「あっ、バケ子さんには触れますよ! ほら! 幽霊同士だからですかね!」

「むう」


 バケ子の手を握って嬉しそうな文に対し、バケ子は不服そうだ。


「冨湧さん、こいつに敬語はいらないぞ。どう見ても君より年下だろ。冨湧さんは何歳なんだ?」

「むっ、女の子に歳を聞くなんてデリカシーのない人ですね!」


 最近人と関わるようになってこの手のツッコミが増えたように感じる。玲一は自らの至らなさを痛感した。


「うっ……。す、すみませんでした……」

「いえいえー。いいですよお。私は17歳です。現役JK、花の17歳ですよ!」

「バケ子は……まあ高校生ではないだろ」

「ちょっとぉ!? スルーですかあ!? 何か感想はっ!?」

「え? あ、若いね?」

「……ありがとうございます」


 彼女の微妙なお礼と引きつった顔から、欲しい回答ではなかったのだろうというのは理解できた。何を返せば良かったのか。列車内はしばらく落ち着かない雰囲気に包まれた。

 浦美駅に到着し、玲一たちは電車を降りる。二人の数歩後ろを文が歩いてくる。


「そういえば、なんでついてくるんだ。せっかく幽霊として残ったんだ。自分の家にでも行ってみればいいじゃんか」

「それは……いいです」


 文は急に語気が弱くなる。何度も突き放しすぎただろうか。玲一は妥協して彼女に提案した。


「今から帰ったところで、俺たちは晩飯の時間なんだけど。それでもいいのか?」

「わ、私もご一緒していいんですか!?」

「えっ、君も食うのか……。幽霊は腹減らないんだろ?」

「ダメですか……?」


 女というものはどうしてこうもおねだりが上手いのだろうか。玲一は脱力し、膝に手をつく。


「くっ……。いいよ、オッケーだ。俺が言ったもんな。上がっていけよ」

「やったあ!」

「ええっ!? レイイチ、文さんを連れ込む気!?」

「いいだろ、今日一日だけだ」

「むむう……」


 喜ぶ文を見て、バケ子はふくれていた。

 そうこうしているうちにアパートに着いた。部屋に入った文の感想は「居心地いいですね」だった。優から得た情報によると、玲一の借りた部屋は霊力が強いらしい。バケ子など地縛霊がいる場所はそうなっており、だからこそ存在していられるとのことだ。


 リビングは三人が入るとかなり狭くなった。元々一人で暮らすつもりで借りた部屋であり、誰も家に上げないつもりで行った家具配置だ。三人が食卓を囲もうとするとどうしても壁やタンスが邪魔をする。

 玲一は、二人が待つ机の上にキッチンから皿を持ってきた。


「ほら。今日は野菜炒めと味噌汁だ」

「昨日の残りだよね。レイイチの野菜炒めって、味濃いよね。文さんの口に合うかなあ」

「うるせ」


 そんな食事前の日常的なやりとりをした後、三人でいただきますを言う。いつも通り食事をする二人と違い、文は木製のお碗を両手で持ち、味噌汁を眺めていた。


「飲まないのか? あ、なんか食えないものあったか?」

「あっ、いや。いただきますね」


 すっと一口飲む。味わっているのか、目を閉じている。


「あったかいな……」


 それが自然に出た感想だった。そして二口目を飲む。


「おいしい。おいしい……よお……」


 茶碗を置き、声を震わせる。彼女の目は潤んでいる。


「おい、どうした。大丈夫か?」

「文さん? 落ち着いて、深呼吸して」

「ごめんなさい。泣いてません。泣いてませんから」


 玲一とバケ子がなんと声をかけても、彼女は何度も「ごめんなさい」と謝るだけだった。

 こうなってしまうとなにもできない。玲一たちはただ見守るだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ