7.5話:ある時の夕食
とある帰り道、玲一は足早に家に向かっていた。一心不乱に足を動かすその様子は競歩に近いかもしれない。
「ねえレイイチー、わたしも晩ごはん食べたいなあー」
棒読み気味の台詞を聞くのは三回目だった。しばらく無視していれば諦めるだろうと思い、ずっと聞こえないふりをしていたが、そろそろ家に着いてしまう。家に着いたらもう何をしでかすかわからない。玲一は折れることにした。
「あー、何がいい?」
「えっ! いいの!? ありがとー!!」
なにがありがとーだ、白々しい。
幽霊でも食事をとる。それが分かってからたまに昼食を食べさせていた。学食はまだ安い部類に入るため負担が少なかったのだ。
そして今日はついに夕食をねだられてしまったのだ。
「幽霊ってさあ、なんも変わらないよな」
「え?」
「俺だと髪は伸びるし髭も伸びるしで変わるだろ。でもお前は髪は伸びない、爪も伸びてない、汚れもしなけりゃ服も変える必要がない、ついでに背も伸びない」
「死んだ時そのまんまなのかもね」
「なのに飯は欲しいって。おいおいおいって感じだ」
最近は食事だけでなく、風呂にも入るし髪のセットもする。今までよりもかかるお金がドンと増えた。
「レイイチは、作る晩ご飯の内容が変わらないよね。買ってくる以外だとだいたいカレーじゃん」
「うるせ」
「だから今日はいつもと違う感じでよろしく!」
「注文が多い。んー、じゃあ肉じゃがでも作るか。具材があったからな。だいたいカレーと一緒だろ?」
「ほんとに大丈夫?」
「なら食べなくてもいいんだぞ」
「いやっ、冗談! 冗談だよ!」
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「てゆーかレイイチ、料理ってできるの?」
台所に立つ玲一に、バケ子は訝しげに問いかける。彼女が今まで玲一の調理に立ち会ったことはない。
「たまにやってんじゃん。冷蔵庫にいろいろ入ってんだぞ? 知ってるよな?」
「でもあれ料理って言うより男飯って感じが強くて……。やばくない?」
「やばくねーよ。いいだろ、男なんだから。見た目は二の次だ」
「そんなんでちゃんと作れるのかな……。あっ、肉じゃがって知ってる?」
「馬鹿にしすぎだろ。今の時代は調べりゃなんでも出るんだよ」
意外にも玲一の料理スキルは低くなく、大きなトラブルもなく淡々と作っていった。
「どうよ」
バケ子用の少量の肉じゃがが入った皿を見せる。
「見た目は悪くないね」
「ほら見ろ。じゃあ、いただきます!」
「い、いただきます……」
一口食べる。適度に咀嚼し、飲み込む。
玲一は自身ありげだったが、バケ子の感想はそれに伴わなかった。
「ふん。不味くはないけど……って感じね」
「ああ、四捨五入して、美味いって訳だな」
「おかしくなったの?」
「なってない」
そんな掛け合いをしつつ、玲一は気づいていた。肉じゃがを次々と口に運ぶ箸と、そのたびに浮かぶ笑顔が何より感想を語っていたことに。




