お風呂タイムしよっか?
シーンと静まりかえった部屋の中で、蜂蜜くんが肩で息をする音だけが聞こえていた。
胸が痛い……。蜂蜜くんのステータス、職業の欄が「暗殺者」になってたんだよ。適性のほうじゃなしにさ。だから。この国に来る前、蜂蜜くんは暗殺者をしてたんだ……。
それを考えると、どうしてか涙が浮かんできた。
まさか、ひとの命を奪う仕事をしていたなんて。しかも、望んでそうしてたとは思えないよね。無理やり、やらされてたのかな? いつから?
こういうの、わたしみたいな外野が、簡単にどうこう言えることじゃないよね。キャンディも、何も言わなかった。この子も、わたしより年下だけど、まるで大人みたいに真剣な表情で黙ってる。蜂蜜くんを責めることなんてできない。でも、慰めることも、できないよ……。
そんなとき、ベルの音が聞こえてきた。
そうだ、今日から大浴場でお風呂をすませないといけないんだった。その合図のベルだ。
「アスナ、ミシェール。一度、話し合いを中断してお風呂に行きましょう? 夕食も、まだ陽のあるうちに食べることになっていますし、早めにお風呂をすませた方がいいわ」
「そ、そうだね! 今日はここまでにしようよ。こういうことって、わたしたちが相談したって、しょうがないんだしさ!」
「……ボクは、部屋ですませます。おふたりだけでどうぞ」
あっ。そ、そっか、蜂蜜くんはさすがに大浴場は無理だ! 完全に忘れてた!
「じゃあ、わたしが部屋のお風呂入れたげるね! 夕飯は一緒に食べよ? ね?」
「……ありがとうございます」
蜂蜜くんは肩を落として、トボトボと歩いていった。後ろから追いかけるわたしの足も重い。
蜂蜜くんに何かしてあげられればいいんだけど、いい案が思い浮かばないや。
「ね、蜜……」
「アスナさん。すみません、今は、ひとりになりたいんです」
「……うん、わかった。お風呂、ゆっくりしてって。いつも通りにセットしとくから」
「ありがとうございます」
「いいよ、そんなの。ごはんも、無理しなくていいからね」
「いえ、それは食べます。抜くなんてとんでもない」
真顔でそう返されて、わたしは思わず小さく吹き出しちゃった。
そうしたら、蜂蜜くんも笑ってくれた。
「お風呂出たら、必ずノックして入ってきてくださいね」
「わかった」
「ドライヤー使いたいんで、早く出てきてくださいね」
「はいはい」
「はいは一回でしょ」
「もう!」
笑って別れて、わたしは大浴場に向かった。急なことだったから、カバンがちぐはぐだけど仕方ないね。日本に生まれて良かった、銭湯っていう文明があるから、こういうとき慌てなくてすむよね。あ、でも待てよ? イタリアにはスパがあるじゃん、そっちのほうがかっこいいじゃん。いいなぁ、スパ!
そんなアホなことを考えながらキャンディを待った。えらく遅いなぁ? 迎えに行くべきか迷っていたところに、大きなバッグを抱えてキャンディが歩いてきた。
「アスナ! 待った?」
「遅いよ~」
「ごめんなさい、手間取っちゃって」
チョコとキャラメルにも偶然出会って、一緒に入ることになった。別館にある大浴場は、ずっと閉鎖されていたわりにはすごく綺麗だった。浴槽は学校のプールより若干狭いくらいかな? でも、横幅があるしカーブしてるからそんなに窮屈に感じない。他にも小さいお風呂がふたつあって、みんな思い思いに浸かっていた。
「うう、ふたりの側にいると自分が惨めですわ……」
「キャンディスさま、すみませんが後で合流しましょう!」
おおっと。
お背中流しましょうか~の流れじゃないんだ。
チョコとキャラメルはそそくさと離れて行ってしまった。
気がつくとわたしたちの周りだけひとがいなくない?
「ああ、残念ですわ……。とはいえ、あまりジロジロ見るのも品のないこと。視姦も罪ですわ」
「なに言ってんの?」
「オホホホホ。バスタオル越しで良ければお背中流しますわよ、アスナ」
「じゃあ、お願いしようかな~。バスタオル巻いたまま洗うのって難しいんだもん。わたしの国では、みんな裸で入ってるよ」
「ええっ!? そんな、ぜひ行きたいですわ!」
「キャンディみたいな美少女が来たら、みんなビックリしちゃうよ」
銭湯のお風呂上りに瓶牛乳を飲むキャンディを想像して、ちょっとおかしくなった。でも、意外と似合いそうだよね、旅館の浴衣にハッピ着てさ。あ、キャンディの胸じゃ着崩れちゃうかな。
髪の毛も洗いっこしてお風呂から出た後、着替えてわたしは茫然としてしまった。
「なんでみんなパジャマじゃないわけ!?」
「なんでって言われても……」
くっ……! そのせいで荷物がかさばってたわけね!
わたしは思いっきりリラックスできちゃうパジャマだよ! え~~ん、もうさっさとお部屋帰る!
ちなみに、このことを聞いた蜂蜜くんは爆笑した。
「というか、部屋風呂わかすなら、アスナさんは大浴場行かなくたってよかったんじゃありません?」
「あ~~、そういうこと言う~?」
「あはははは」
「いいもん、大きいお風呂好きだからさ!」
夕食は五人でテーブルを囲んで楽しく過ごした。寮母のアガサさんの料理はいつもと変わらず美味しい! 明日はお城で何が待ってるのかな? わたしにできることなんて、そんなにあるとは思えない。さっさと済ませてゼリーさんの村に行きたいな。
ジャム、どうしてるんだろう。シャリさんも。
早く帰ってくるといいのにな。




