分岐点 1
蜂蜜くんに背負われて、わたしは寮に戻った。
「なんか……ごめんなさい」
「いいえ〜。急かしたのはボクですしぃ、アスナさんは軽いですね〜」
「嘘くさいそれ!」
「あははははは!」
寮に戻ってごはんを食べて、チョコが戻ってきたことも確認してひと言ふた言会話して。そこにキャンディが加わっても、新しい情報は増えなかった。逆にわたしの方が誤魔化さなきゃいけなかったくらい。
お風呂も済ませて、あとはもう寝るだけになるまで、わたしと蜂蜜くんは必要な言葉しか交わさなかった。ベッドに腰かけて、なんとなくその時を待つ。
先に口を開いたのは、蜂蜜くんだった。
「そう、それで……どこまで話したらいいんでしょうね」
「ぜんぶ。聞いても良ければ、だけど」
「巻き込むことになりますよ」
「どうせもう巻き込まれてるし」
「それもそうですね」
わたしたちは顔を見合わせて吹き出した。
そうだよ、もうとっくに巻き込まれてる。わたしはここで大人しく花嫁修業なんてしてやんない。
絶対に帰るんだから!
それはそれとして、蜂蜜くんについては、ずっと気になっていたことがあったのだ。
「ね、わたしたち、同じ境遇なんでしょ? どこから来たの? 地球?」
「……気づいていましたか」
「うん。なんとなく、ね。最初にわたしと会ったときのこと覚えてる? 蜜ちゃんね、『ボクは嫌でした』って言ったのよ」
「そうでしたっけ」
わたしと同じ経験をした蜂蜜くん。
きっとあのとき、わたしが本気で「キスするくらいなら死ぬ!」って自殺を図ろうとしたなら、蜂蜜くんはわたしのことを殺したと思う。それこそ、わたしが苦しまないようにアッサリと。
ドーナツさんが助けてくれたから良かったけど、今でも時々考えてしまう。
もしも、自分の命かファーストキスか選ばなくちゃいけなかったとしたら、わたしはどうしていたんだろうって。
蜂蜜くんは死にたかった側の人間だったのかな。
そう考えたら、胸が苦しくなった。
「地球って場所に聞き覚えがないので、きっとボクたち違うところから来たんでしょうね~」
「そっかぁ。いつから、ここにいるの?」
「ん~、もう三年にはなりますかねぇ。ボクはアスナさんと違って帰りたいわけじゃありませんけど、この国にはいたくないですね。どうにかして結界から抜け出すかぶち壊せないかと思って色々調べましたけど、まっったくダメですね」
「ぶち壊すって……やっぱり物騒だなぁ、蜜ちゃんは」
「いや、だって、腹立つんですもん」
まあね。
鎖国状態なわけだし。
入るのも出るのも無理とか、それはちょっと、不自由すぎじゃない?
蜂蜜くんみたいに出ていきたい人もいるだろうし。逆にこの国に来たいと思ってる人間もいるわけじゃん。旅行できないって、ちょっと残念過ぎるでしょ。
「腹が立つっていうか……できるなら殺してやりたいですよ」
「は?」
「アスナさんだって、詳しく聞けば同じこと思いますよ、きっと」
そう言って、蜂蜜くんは凶悪な笑顔を浮かべた。
う~~~ん、嫌な予感がする。
「あの結界はね、アスナさん、人の命を吸い取っているんですよ」
「え……」
今、なんて?
命を吸い取ってるって、言った……?
聞き間違いかと思ったけど、蜂蜜くんは静かに微笑んで頷くだけだった。たったそれだけなのに、わたしの背中はゾワゾワした。
「正確には、魔力を抜き取るんですよ、あれは。でも、魔力がなくなったらどうなるか、もうアスナさんも知ってますよね?」
「死んじゃう……」
「そうです。だから、おんなじことでしょう?」
そのとおりだと思った。
シャリさんは国を守るための結界だと言ったのに、これじゃあ……ゼリーさんが怒るのも無理ないと思った。蜂蜜くんは続けて言う。
「みんな少しずつ魔力を吸い取られてる、だから、ボクやあのクラスメートの子みたいに魔力の少ない人間は苦しむんです。それだけじゃない、この王都で、お年寄りってあんまり見ないんですよ。それには気づいてました?」
「まさか……!」
「そうです。この国では人は長生きできない。そりゃ魔力を吸い取られ続ける生活を長くしてれば、寿命も縮みますよねぇ? あのくそ陰険宰相は、人が死ぬのをわかってて黙ってるんです。なんでもない顔して笑ってやがるんですよ」
「なに、それ。信じらんない……最っ低……」
シャリアディースの、どこかひとを馬鹿にした笑顔を思い出す。確かにアイツは、無責任にもわたしをこの世界に連れてきて放置したヤツだし、「結婚して子どもは国のために役立てろ」とかって言う、頭がぶっ飛んだヤツだけど、でも、この国やジャムのことを思う気持ちは本物だと思ったのに……!
アイツは人間じゃないのかもしれない、でも、だからって人間の命を弄んでいい理由にはならない!
あんまり怒りすぎたせいか、気持ちが声にならない。立ちすくんでいるわたしの前に、蜂蜜くんが来て肩に手を置く。そして、そっと抱き寄せられた。
「アスナさん……落ち着いて。貴女が、そんな風に泣く必要は、ないんですよ……」
「え……あれ、ほんとだ……」
わたしの頬は、いつの間にか濡れていた。それに、抱きしめられたことで自分が震えていたことにも気づかされた。
「優しいんですね、貴女は」
「そんなこと、ないよ……」
わたしがそう言うと、蜂蜜くんはさらにギュッと力を入れてきた。でも、苦しいほどじゃなくて、なんだか気持ちが楽になった。
「わたし、シャリアディースのところに行く」
「え?」
「本人に聞いて、確かめてくる!」
「なにを馬鹿なことを……。どうしてボクがあいつの手下に甘んじてると思うんですか。いくら貴女が防御魔術で守られてるからって、危険すぎます。だいたい、その防御魔術だってあいつのものなのに……貴女が特別扱いされているからって、敵対するならきっと容赦なんて、されませんよ」
「でも……!」
蜂蜜くんの言うとおりかもしれない。
でも、決めつける前に、わたしはアイツの本心が知りたい……!
わたしは……
▶【今すぐシャリアディースに会いに行く】
▷【ひとまず蜂蜜くんの言うことを聞く】




