謎は増えていくばかり?
ドーナツさんはわたしのことを13か14だと思っていたらしい。いくらなんでもそりゃないでしょ~、と思うんだけど、背の低さのせいかな? むしろドーナツさんが大きいだけって感じだけど。断じて幼児体型ではない、と思う。
「それで、嬢ちゃんはこれからどうするんだ?」
ドーナツさんが聞いてくる。わたしの年齢を知ったから「女の子」から「嬢ちゃん」に格上げされたみたい。どこがどう変わったのかはサッパリだけど、特に気にしない。どこかから聞こえてくる、格闘技系の部活動にあるような掛け声をBGMに、わたしたちは歩いていた。
「それが、ジャム……じゃなくて、王様に求婚されちゃったの。わたしを気に入ったのは、王様じゃなくって宰相とかいう偉いひとだけどね」
「へぇ~。じゃあ、お妃様になるのか?」
「まさか! 断ったわよ。……断わったけど、断わりきれなかったの。元の世界に帰るために色々勉強しようと思って、学校に入ることにしたんだけど、卒業までにその方法が見つからなかったら……」
「見つからなかったら?」
「その先は考えたくない」
「…………」
「とにかく、寮に入れることになって、わたしはこの世界で生きていくには困らないみたい。ラッキーだよね、ほんと……」
ドーナツさんは立ち止まって、わたしの顔を覗きこんできた。日が遮られて影になった中で、ペリドットの瞳がきらめいている。怒っているわけではない、とても真剣な表情でわたしを見下ろす彼は、さっきまで陽気に笑っていた少年みたいなドーナツさんとは別人みたいに見える。
「無理しなくていいんだぞ。辛かったら、泣いてもいいんだ」
「! い、いや、泣くとかは、ないけど……」
またも頭をポンポンと叩かれる。そして、ドーナツさんは後ろの護衛二人には聞こえないような声でわたしに囁いた。
「いざとなったら逃げたらいい。俺を頼っていいよ」
何を言ってるんだろ、この国の騎士のクセに……。
でも、その優しさが嬉しくて、ちょっとだけ泣きそうになった。
わたしにお兄ちゃんがいたら、きっとこんな感じだったのかな。かっこよくて頼りになる、素敵なお兄ちゃん。お礼を言って離れて、わたしは元いた部屋まで送ってもらった。心の内側にモヤモヤを抱え込んでいたわたしを気遣ってか、ちょっと遠回りしてくれたみたい。優しいんだなぁと改めて思った。
それからしばらくして、なんとエクレア先生がわたしを訪ねてきた。用件はもちろん入学の準備について。なんともご都合主義的に、ちょうどもうすぐ入学式らしい。だから、生徒の中にはすでに寮に入っている子たちもいるわけ。だからわたしもここを離れて、寮に移るのだ。
「急なことで申し訳ないのですが……」
「ううん! ちょうど良かったです~!」
エクレア先生は、他のヤツと違って本当に申し訳なさそうにそう言う。
それが演技じゃないって信じられる。ああ、いいひとだなぁ!
けれど、この話はわたしにとって「渡りに船」ってところ。
元々荷物は少ないし、このままここにいたら、いつかあのコメ野郎ことシャリさんや、セクハラ王のジャムをグーで殴っちゃいそうなんだもん。
わたしは、学校の教科のことやどんな風に授業が行われるのかについて、エクレア先生を質問攻めにしてしまった。それに、この世界についてやこの国について、結界や異世界を渡る方法について。そりゃあもう、途中でゼリーさんに止められちゃうくらいに。悔しいけれどジャムの言う通り、先生はこういったことには詳しくなかった。結界についてはその存在を知りもしなかったくらいだった。
「今までずっと、島国だから平和を保っているのだと思っていました……。シャリアディース殿が結界を張って下さっていたのですね。そうなると、彼が何百年も生き続けている、精霊の化身だという噂も本当なのかもしれません」
「シャリさんは千年くらい生きてるみたいよ?」
「千年! それはそれは……想像もつきませんね」
眼鏡の中で、エクレア先生の目が丸くなったのが見えた。
そういう表情をしていると、わたしとほんのちょっとしか違わないんだってよく分かる。
ちなみに、無理言って一緒にお茶のテーブルについてもらったゼリーさんは年齢不相応にいぶし銀な雰囲気を漂わせている。ああ、順当に年を重ねたら、きっと寡黙な軍人系のオジサマに成長するんだろうな~~。先生といいゼリーさんといい、クール系で素敵だよね~!
「結界は強固だ、外側から入ってこられる者はいない。同時に、出ることもまたできない。もし見つけても無闇に近寄らないことだ」
「えっ? なにそれ、それじゃこの国は鎖国してるってこと?」
「……鎖国とは何だ」
「えっ、と~~、他の国と貿易したり行き来したりしないってこと」
「ふむ。ならばその、鎖国状態とやらにあるんだろう」
「え~。じゃあ、その、例えばよその国のひとがこの国の中にいたとしたら、どうなるの?」
ゼリーさんはしばらく紅茶の入ったカップに視線を注いだまま黙っていた。それすら絵になるんだけれども、わたしも先生もそんなのどうでも良かった。二人してゼリーさんの答えを待つ。
「おそらく、そんな人間はいない。よそ者は暮らしていけないような仕組みになっているからだ。それに、よその国の血が混じっていても、この国で生まれればそれはもうジルヴェストの人間ということになる。だったら、すでに外国人とやらは存在しない。結界の方が人間ひとりの一生よりも長くそこにあるからだ」
「………………」
わたしは、この国で最初に出会った、アイス君のことを考えた。
別の国の奴隷だってステータスにはあった。ドーナツさんのステータスを見たとき、その違いに「あれっ?」って思ったもん。だからこそ、あえてアイス君に対してはわたし、苗字は名乗らなかったんだしね。
さて。ということは、彼は結界を越えることができるんだ。
それはちょっと、覚えておこう。もしかしたら、役に立つかもしれないし……。
そう思っていると、電子音が聞こえてきた。
おやおや? ちょっとだけ意識を集中してみる。すると、ステータスが現れた。
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【名前】アイスシューク
【性別】男
【年齢】15
【所属】ギースレイヴン国
【職業】奴隷
【適性】魔法使い
【技能】◆この項目は隠蔽シールされています◆
【属性】不憫
【備考】結界を越えることができる?
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はっは~ん、わたしが強く感じたことはこうして備考欄に書き込むこともできるわけね。
便利じゃないのよ、ステータス。
ついでだから、さっきからエクレア先生がゼリーさんに問い質しているように、「なぜか魔法について詳しい」ってことをゼリーさんの備考欄にメモしておこう。はぐらかしてるけど、あのひとも見た目通りだけのひとじゃないんだ。いかにも「得意なのは戦闘です」って感じなのにね。
今日はまたこのまま城に泊めてもらって、翌日から寮に入ることになった。エクレア先生は最後、部屋を出る前にわたしに握手を求めてこう言った。
「私もマリエ・プティ女子高等学校で教鞭を取ることになりました、一緒に頑張りましょう、お嬢さん」
「先生! いいんですか、お城勤めは辞めちゃうんですか?」
「見知った顔があった方が安心だろうと陛下が仰るので。ああ、私もそれについては同意見ですので、これは不本意な命令によっての異動ではありませんよ」
「だからって……」
「いいんです。それに……これは私にとっても、いい機会だと思っています」
普通ならどう考えたって左遷なのに、エクレア先生はどこか嬉しそうに笑っていた。
……あれ? じゃあ、ゼリーさんってクビじゃない?




