サバイバル
目を覚ますと、世界が静かだった。
風の音もしない。聞こえるのは、耳の奥で自分の心臓が叩く音だけ。
昨夜、研究所が崩れ落ちる寸前の記憶がある。非常ベル、散った書類、仲間の叫び声。そこから先が抜け落ちている。私は瓦礫の上でひとり、濁った空の下に転がっていた。
立ち上がると、遠くで何かが動いた。金属がこすれるような、ぎこちない足音。
——まだ、あれが生きている。
逃げないと。
私はバッグを拾い上げ、中身を確かめた。水のボトル半分。簡易ライト。折れかけのメモ帳。最後に、封を切っていない赤い薬剤のアンプル。
これだけで、生き残れるのだろうか。
足音は近づいてくる。私は息を潜め、崩れた壁の影へ身を滑り込ませた。影の先には、地下へ続く非常用階段がぽっかりと口を開けている。暗闇は深い——だが、行くしかない。
階段を降りるたび、上の床が軋む。追ってきている。
ライトを点けると、階段の底には金属製の扉があった。手動のハンドルを回すと、重い音とともに開いた。
そこは、避難用の小さな制御室だった。
散乱した機器の中に、一つだけ生きているモニターがあった。画面には震えるような青い文字。
《被験体07、意識回復確認。行動パターン監視開始》
息が止まった。
被験体07——それは、私の番号だ。研究所が開発していた生体強化剤のテスト対象。つまり、追ってきているのは…失敗作の“被験体08”。
天井から、金属音がひときわ大きく響いた。もう時間がない。
手には赤いアンプル。
これは、完成版の強化剤。自分に使うことは禁じられていた。副作用が未知だから。
でも——生き残るには、選択肢はひとつしかない。
私はアンプルを折り、腕に突き立てた。熱が血管を駆け上がり、視界が震える。呼吸が急に軽くなり、指先まで力が漲った。
扉の向こうで、08が壁を砕く音がした。
私は深く息を吸い、足を踏み出す。
「……サバイバル開始だ」
制御室の扉が吹き飛んだ瞬間、私は暗闇へと飛び込んだ。
世界は静かだったが、私の体はもう静かではなかった。
生き延びるための鼓動が、夜の廃墟を震わせていた。




