73 彼の秘密
翌朝、私は考え事に没頭しつつも朝の支度を済ませ、食堂に向かいました。
今朝に限って珍しくルヴィリス様とミカドラ様が揃っていました。私がいつもより少し遅れてしまったせいもあるかもしれませんが。
「どうした?」
おはようございますの挨拶の前に、ミカドラ様が私の異変に気付きました。いつもそうでしたね。彼の前では隠し事ができません。
……私は何一つ知らず、気づけずにいたのに。
その場に立ち尽くしたまま、助けを求めるような声音で答えました。
「不思議な夢を見たんです。金髪の青年と銀髪の双子の兄妹が、建国のために奔走する夢でした」
自分でも馬鹿げていると思います。変わった夢を見たからと言って、嫌な予感を覚えるなんて。
ですが、ルヴィリス様とミカドラ様の虚を衝かれたような顔を見たら、これがただの夢ではないのだと証明されてしまったように思えます。
ルヴィリス様は飲み物だけ用意させて、使用人を下がらせました。ただならぬ雰囲気です。
ミカドラ様は私を隣の席に座らせ、口を開きました。
「夢は……どこまで見た?」
私は半泣きになりながら、はっきりと覚えている夢の顛末を語りました。
「神様は青年と少年の友情に免じて、試練を科しました。それは……銀髪の少年に短命の呪いをかけること。少年が金髪の青年への忠心と友情を喪った時、その呪いは青年に返り、血族を殺し尽くす、というものでした」
「…………」
「そしてその呪いの効果は、何代かごとに子孫に受け継がれていくそうです。神様がお許しになるまで永遠に」
なんてひどいお伽噺でしょうか。
青年は命を捧げて国を救った少女のみならず、少年の子孫の命の代償まで背負うことになったのです。
その罪悪感を想像するだけで気が狂いそうです。いっそ呪いで死んでしまいたいと思うのではないでしょうか。
しかし銀髪の少年は、その子孫は、一度だって青年を裏切ったりしなかった。
だからこそ、このネルシュタイン王国は今日まで同じ血を持つ王を戴いているのはないでしょうか。
そう、夢で見たお話は、きっとこのネルシュタイン王国の建国の真実です。
金髪の青年は、初代国王アルフレッド・ネルシュタイン様。
銀髪の少年は、ベネディード家の初代当主ミジェカルス・ベネディード様。
であれば、いろいろなことに腑に落ちます。
歴代国王がベネディード家を優遇し続けたのは、呪いを肩代わりしてくれているから。
王家とベネディード家の婚姻が禁じられているのは、二つの家の血が混じれば両家とも呪われてしまうから。
ミカドラ様とアルテダイン殿下が喧嘩してしまったのは……きっと殿下が建国の真実と呪いのことを知ってしまったから。
だけど、認めたくありません。
あの夢が真実ならば、そして、今までの出来事を踏まえれば、ミカドラ様が短命の呪いを受け継いでいるということになってしまいますから。
「神殿に行ったせいか。わざわざルルに知らせるなんて、おせっかいな神だ」
「やはりまだ神はお許しになっていないのか……」
ミカドラ様はいつものようにため息を吐き、ルヴィリス様はいつになく沈痛な面持ちで俯いてしまいました。
「ミカドラ様……じゃあ、やっぱり」
「お前が察している通り、その夢は過去に実際に起こったことで、銀髪がベネディード家の始祖だ。我が家の直系血族には何代かに一度、若くして命を落とす者がいる。早ければ二十歳、遅くとも三十歳に届く前に死ぬ。ここ百年ばかりは呪いを持つ者はいなかったが、俺が生まれた日の夜に、国王陛下と父上が夢を見たらしい。俺が短命の呪いを受け継いでいるという、神からのお告げだった」
心臓に鋭い痛みが走り、頭が真っ白になって、どんな言葉を口にすればいいのか分かりません。
ミカドラ様が、早ければあと五年ほどで死んでしまうかもしれない。
そんなのあんまりです。私には耐えられそうにありません。
声を上げて泣き出しそうになったその時、ミカドラ様は神妙な表情で頷きました。
「だが、俺は死なない」
「え?」
「呪いで死ぬ気はない。長生きする。もちろん、王家に呪いを返すつもりもないが」
「……えっと???」
淡々とそう述べる声には、全く動揺の色がありませんでした。私はただ戸惑うことしかできないのに。
「ミカドラ……ルルちゃんがびっくりしているじゃないか。ごめんね、ミカドラは呪いのことを知ってから、ずっとこうなんだ。呪いで死ぬなんて馬鹿らしい、絶対に信じないって」
ルヴィリス様は苦笑いを浮かべて、立ち上がりました。
「朝食を食べたら二人でよく話し合いなさい。こんな重要な話を黙っていたんだ。ルルちゃんにしっかり謝るんだよ」
「分かってる」
「最初にしたお願いと約束は忘れていないね?」
ルヴィリス様のお願いと約束。
初めて公爵邸に伺った時に言われました。
『ミカドラ、この結婚によってルルさんを不幸にしてはいけないよ? 必ず二人とも幸せになると約束してくれるかい?』
幸せ。
ミカドラ様が短命の呪いにかかっていると知りながらも、ルヴィリス様はその言葉を口にしました。
もしかして、どこかに救いがあるのでしょうか?
朝食の後、私はミカドラ様のお部屋にお邪魔しました。
ソファに向かい合って座ると、ミカドラ様は少しだけ不貞腐れたように言いました。
「黙っていたのは……悪かった。本当なら、婚約するまでに話しておくべきだった。正式に婚姻する前には言おうと思っていたんだが」
いつか話すと約束して下さっていたミカドラ様の秘密。
大したことではないと言う口ぶりでしたが、やっぱり全然そんなことはありませんでした。
ですが、短命の呪いを背負いながらも、ミカドラ様に悲観した様子がありません。私は縋る思いで詳しい話を聞くことにしました。
「改めて……この呪いは初代当主から始まり、大体三~四代ごとに直系子孫の男子に受け継がれていく。死に方は一様ではないが、ある日突然倒れてそのまま衰弱していくのが多かったらしい」
「…………」
「俺は八歳の時に呪いのことを知らされた。王家とベネディード家の間で定めたそうだ。老い先短い人生をどのように生きるか選ばせるために、ベネディード家の呪い持ちの子には早めに知らされる。反対に、王家の子には成人まで知らせない。なぜだか分かるか?」
私は黙って首を横に振りました。
今は何かを考えることがとても億劫で、お話を受け止めるだけで精一杯です。
「次代の王が呪いを肩代わりしてでも守りたい人物かどうか、ベネディード家が見定めるためだ。王子が呪いのことを知ってしまえば、ベネディード家の者に対して自然な態度は取れないだろう? 臣下に対して媚び出されても困る。まぁ、呪いのことを知っている王に教育されているから、どうしようもない王子や王女は今まで一人もいなかったみたいだな」
ミカドラ様は少しだけ寂しそうに笑いました。
「アルトは良い奴だ。俺が知っている人間の中で、ルルと並んで性格が良い。それでいて人の上に立つ素質も魅力もあるし、頭も良い。あいつが玉座にいる間は、この国は安泰だろう。臣下の家の者としても、友人としても、アルトを死なせたくない。だから呪いは手放さない」
ミカドラ様の話では、呪いのことを知ってから体の内側に“鎖”のようなものを握り締めているような感覚があるそうです。それを手放せば、呪いは王家に返る。
自分の命が助かるためには、鎖を手放せばいいのに、ミカドラ様も、歴代のベネディード家のご当主様も、その選択は採りませんでした。
親友を、この国の王の命を、ご自身の選択で失わせたくないのでしょう。
言い方は悪いですが、その鎖を手放すのは、王家を滅ぼすのと同義です。そんなことが起これば、国そのものが混乱し、たくさんの民の命が危険に晒される可能性があります。
周りの全てを犠牲にしても生き永らえる気はない、というのが呪いを継承してきた方々の総意なのかもしれません。
立派だと思います。
私がもしミカドラ様と同じ立場であれば、同じく王族の命を優先して呪いを手放さないでしょう。自分の命を惜しんで、国の存続を脅かすわけにはいきません。私だって貴族令嬢の端くれですから。
ですが……だからと言って、ミカドラ様の死を受け入れられはしません。
選択の天秤にかけることすらできない。
私にとってミカドラ様との未来は、何物にも代えられないほど愛おしいものなのです。
ミカドラ様がそっと私の手を取りました。
「心配するな。呪いは手放さないが、俺はそう簡単には死なない。そのために、俺はルルのような女を求めたんだ」




