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怠惰な銀狼と秘密の取引  作者: 緑名紺


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63 先輩たちの卒業パーティー

 


 きっと私が気づいた時には、既に随分と事が進んでいたのでしょう。

 学院生活は穏やかで、特筆すべき点もなく過ぎていたのです。


「あの噂聞いた?」


 職員室に用があるというマギノアさんを廊下で待っていた時のことです。

 近くを歩いていた女子生徒たちの雑談がたまたま耳に入りました。


「先生に媚びを売って成績を良くしてもらっている子がいるんですって」

「知ってる! こっそり試験の問題を教えてもらってるんでしょう? ずるいわよねぇ」

「え、誰? 誰のこと?」

「さぁ、それは分からないの。教師に賄賂を渡してるのかしら?」

「お金とは限らないでしょ。もしかしたら――」


 潜められた声がふしだらな内容を呟くと、楽しげな悲鳴が上がりました。なんて過激な……私はどぎまぎしつつも、聞こえなかった振りをしてすれ違いました。


 嫌な噂を聞いてしまいました。

 学院の教師には貴族の方が多いため、なんらかの忖度をして成績をつけている可能性はあります。しかし成績が売り買いできてしまったら、真面目に勉強をしている生徒が報われません。


 ……少し妙ですね。

 どこからそのような噂が広まっているのでしょう?


 内容が内容ですから、責任を追及される当事者の教師は絶対にバレないように気をつけているはず。生徒の方も成績を良くしようと見栄を張っているのですから、自分からは誰かに言いませんよね。

 第三者から見て実力に似合わぬ不自然な成績な生徒がいるのだとしたら、誰なのか分からない状態で噂が広まったりはしないと思うのですが……。


 それからというもの、その手のふんわりとした悪い噂を度々耳にするようになりました。


「平民を脅して金品を貢がせている子がいるらしい」

「友人の婚約者を陰で誘惑して破談にさせた子がいるらしい」

「高等部の先輩たちといかがわしいことをしている子がいるらしい」


 ……などなど。

 どの噂も出所は不明で、疑わしい子の名前は広まっていません。どうやら女子生徒らしい、ということだけが伝わってきます。

 この学院にそんなに悪い女の子がたくさんいるのでしょうか?


 最初は気に留めませんでしたが、どんどん違和感を覚えるようになりました。

 不思議なのが、どの噂も情報通のアーチェさんからではなく、学院の至る所でたまたま耳にしたということ。

 近頃のアーチェさんは実家のお手伝いがお忙しいらしく、あまり学院にいらっしゃらないのです。登校されても休んでいた間の補填のために職員室を行き来していて、お話しする機会がありません……。


「マギノアさん、最近学院の様子がおかしくありませんか? 私の気のせいでしょうか?」


 戦線盤戯の対戦中、マギノアさんに問いかけました。


「え。……ごめんなさい。もう一度言って下さる?」


 盤に集中していたのでしょうか、マギノアさんは心ここにあらずと言った様子でした。その割にはいつもよりも駒の動かし方がぎこちなく、らしくないミスをしています。


「近頃おかしな噂をよく耳にするようになって……どう思いますか?」

「……知らないわ。私、あまり人と話さないから」


 その対戦がマギノアさんの負けで終わると、「用事がある」と先に帰ってしまいました。なんだか避けられてしまったような気がします。

 それ以来、マギノアさんとぎくしゃくするようになってしまいました。

 特に身に覚えがありませんが、私が失礼なことをしてしまったのでしょうか。もしそうならば話を聞いて謝りたいのですが、マギノアさんは卒業式で下級生代表を務めることになり、その関係でとてもお忙しそうにされています。クラブにも顔を出さなくなってしまいました。


 心に不安が差し込む中、私はヘレナさんと昼食を取っていました。


「今日もアーチェさんがお休みで、寂しいですね」

「そ、そうね……」


 アーチェさんの名前を出した途端、ヘレナさんが俯きました。


「どうかされました?」

「いえ……なんでもないわ。それより、卒業パーティーのドレスは決めた?」


 強引な話題転換に私は首を傾げました。

 二学期に一時期ヘレナさんとアーチェさんの仲が険悪になったことがありましたが、最近はそうでもなかったはずです。私の知らないところでまた何かあったのでしょうか。

 切り込んで聞くことができませんでした。マギノアさんとのことで心が弱っていたからでしょうか。いえ、ヘレナさんとは深いお話をしたことがなくて、今一つ踏み込んでいい境界が分からないのです。


「ドレスですか。色は青系にしようと思っています」

「そう。わたしはピンクよ。あまり好きな色ではないけれど、卒業される大好きなお姉様と同じ色にさせていただくの」

「それは素敵ですね。ヘレナさんならきっとピンクもよくお似合いになりますよ」


 三学期も半ばを過ぎており、一学年上の先輩の卒業が迫っています。

 今年はドレス着用で卒業パーティーへの出席が認められるので、二年生女子は気合を入れて準備をしています。

 私も今年は参加する予定です。

 盤戯クラブの先輩が卒業されますし、自分たちが卒業する来年のためにも雰囲気を知っておきたいのです。このような大規模なパーティーは初めてなので今から緊張しています。


「ルルさんのドレスは、()に用意してもらうの?」


 気づけば、からかうような笑みが向けられていました。

 ヘレナさんにはこのように時折こっそりとミカドラ様のことを聞かれることがあって、その度にドキドキしてしまいます。


「え。いえ、違います。実家に頼みました」


 正確には、私がお願いする前にお父様から手紙が来ました。

 今まで親に内緒でベネディード家にたくさん援助していただいていました。ミカドラ様との関係を明かしてからというもの、何から何まで世話になるわけにはいかないとお父様が張り切ってくださっています。仕送りの金額も上がりました。

 とても有難いですが、無理をさせていないか心配です。


「あら、そうなの。ルルさんを綺麗に着飾らせたくはないのかしら?」

「そういう考えはなさそうです。単純にパーティーに興味がないのだと思います……」


 きっと今年もミカドラ様は卒業パーティーに出席されません。

 最近は学院もサボりがちですし……理由があるとはいえ、ほとんどお会いできなくて残念です。


「ふぅん」


 ヘレナさんもまた、本当は私やミカドラ様のことには興味がないようでした。






 とある土曜日の午後、いつものように公爵邸を訪れると、ヒューゴさんが出迎えてくださいました。


「こんにちは。あの、ミカドラ様はまだ……?」

「はい。部屋に引きこもってダラダラしています」


 どうやら今日もミカドラ様にはお会いできそうにありません。


「何かお伝えすることはあります?」

「あ、いえ、特には。お大事になさってくださいとお伝えください」


 ここ数か月、ミカドラ様は著しい成長痛に悩まされているそうです。

 痛い、怠い、と遠慮なく学院をサボっています。土日も私と会ってくださいません。

 声変わりが始まって上手く声が出ない、とのことです。

 ヒューゴさん曰く、「声色が安定するまで恥ずかしくてルル様と話したくない」と零していたらしいです。本当でしょうか。


 ……会いたいです。

 何も答えて下さらなくてもいいので、私の話を聞いていただきたいです。

 表面上は何も起きていないのに、歯車がかみ合っていないかのような気持ちの悪さを覚える日々が続いていて、不安で仕方がないのです。


「実は、今日は若様からルル様に伝言を預かっています」

「!」


 ヒューゴさんは満面の笑顔で言いました。


「何も心配は要らない、ですって」


 どう受け取れば良いのか、迷います。

 ご自分の体調のことを言っているのでしょうか。それとも私が今抱えている漠然とした不安を見通していらっしゃるのかもしれません。


「分かりました」


 どちらにせよ、私はその言葉を信じるほかありません。






 そして迎えた卒業式。

 マギノアさんが立派に送辞を読み上げました。

 女子生徒が下級生代表に選ばれるのは珍しいことなのだそうです。

 成績優秀かつ品行方正だからでしょう。一部の女子生徒が「親のコネ」などと言っていましたが、そんなことはありません。

 ミカドラ様にも形だけの打診があったそうですが、断ったら学院側が安心していたとルヴィリス様がこっそり教えてくださいました。ちなみに当然のように今日もミカドラ様の姿はありません。


 マギノアさんとはずっとよそよそしい挨拶しかできなくなっていましたが、今日が無事に終わったら勇気を出して話しかけてみましょう。


 式が終わり、一、二年生たちが花道を作り、卒業する先輩方にお花を贈ったり、手紙を渡したりしながら見送りました。

 しかしまだ終わりではありません。パーティーがあります。お手伝いをする一年生は講堂をパーティー仕様にセッティングし、二年生は夜までにドレスアップしなければなりません。


 今日だけは寮母さんたちがドレスの着替えなどを手伝ってくださることになっています。

 もちろん卒業する先輩方が優先ですが、本当に助かります。裕福な家の方は専属の侍女が来ているのですが、私は一人なので……。


 お父様が仕立ててくださった水色のドレスは、実にシンプルなデザインでした。裾に控えめなフリルが飾られているだけです。

 あくまでも主役は卒業生なので、目立たないのが美徳とされているのです。


「髪と化粧はどうする?」

「あ、えっと、自分でできます」

「そう。じゃあ失礼するわね!」


 寮母さんたちは忙しそうに女子生徒の部屋を巡っているため、あまり引き留められません。

 ミラディ様付きの侍女たちの指導を受けているので、簡単なお化粧とヘアアレンジならば自力でもできます。


「…………」


 ミカドラ様はいらっしゃいませんが、特別な日には違いないので髪に白いリボンを着けることにしました。というか、他にパーティーに着けていけるレベルのアクセサリーは持っていません。

 ちなみに今年の誕生日にいただいたイヤリングは、寮に置いておくのが怖かったので公爵邸のお部屋に保管しています。まだミカドラ様にも自分で身に着けたところを見せていませんし。



 初めてのパーティーにドキドキしながら学院の講堂に向かいました。浮いたりしないと良いですが……「姿勢を正しく堂々としていなさい」とミラディ様が常々おっしゃっていた言葉が脳内でこだましています。


 二年生は先に入場して卒業生を迎え入れることになっています。受付で出席確認を受け、華やかに飾られた会場に足を踏み入れました。

 ヘレナさんとアーチェさんと会場で合流する約束でしたが、お二人の姿はまだありませんでした。マギノアさんもいません。


「ルルさん、お一人ですか?」


 会場の隅で大人しくしていると、可憐な声に話しかけられました。

 私は思わずため息を吐きました。

 鮮やかな緑色のドレスに身を包んだ天使が佇んでいたのです。


「キサラさん……とても素敵ですね」

「えへ、ありがとうございます。古着屋さんで売れ残っていたドレスをリメイクしたものなので、恥ずかしいです」


 恥じらう仕草がまた可愛らしいです。そしてキサラさんは私の全身を眺めて目を輝かせました。


「今夜のルルさん、とっても可愛いです!」

「い、いえ、そんな、全然……」


 キサラさんと比べてしまったら、だいぶ見劣りします。

 その証拠に大半の男子生徒は彼女に熱っぽい眼差しを向けていますし、一部の女子生徒は嫉妬の滲む表情で睨んでいます。

 キサラさんは注目を集めていることに気づいて、声を潜めました。


「あ、ごめんなさい。話しかけちゃダメでしたか?」

「いえ、そんなことありません。嬉しいです」


 私は若干の居心地の悪さを感じつつも、話しかけてくださったキサラさんに心の底から感謝しました。一人で心細かったのです。それは彼女も同じようです。


「こういう場所は初めてで緊張していて、ルルさんを見つけてついはしゃいでしまって……」

「実は私もこんな大きなパーティーは初めてなんです」

「そうなんですか?」

「はい。とてもドキドキしますよね」


 お互いに安堵して小声で談笑していると、卒業生たちの入場が始まりました。

 拍手と歓声で出迎えます。

 ……結局、ヘレナさんとアーチェさんはどちらにいるのでしょう。入り口を気にしていたのに見つけられませんでした。


 主役の卒業生のドレス姿は本当に華やかでした。男女ペアで寄り添うように入場されている方もいますね。同じ学年に婚約者や恋人がいる方々は、当然ペアになっています。


 私は来年の自分の代の卒業パーティーに想いを馳せました。

 ミカドラ様とのことを公表しているかどうか微妙な時期です。隠したまま卒業というのはなんとなく決まりが悪いですが、公表してしまうとこのパーティーで注目を集めてしまうのは間違いありません。みんなの卒業の思い出作りの邪魔になるのは避けたいところです。


「皆さん、今日はわたくしたちのために、素敵な場を用意して下さってありがとう」


 卒業生を代表して、一人の女子生徒が壇上に上がって挨拶を始めました。

 知っている方です。サリヤ様という侯爵家のご令嬢ですね。きりりとした目元と凛とした立ち姿が格好良いです。


「頼もしい後輩たちがいるからこそ安心して学院を去れる……そう思っていたのですが、近頃は良くない噂を耳にします。王立学院の名を陥れる行為を見過ごしたまま卒業するわけにはいきません」


 皆様はざわめき出しました。私とキサラさんも顔を見合わせます。


 サリヤ様は悲しげに目を伏せた後、顔を上げて後輩たちを見渡しました。

 そして、ある一点をじっと睨みつけたのです。自然と会場中の視線が集まりました。


「え?」

「あ……」


 そう、サリヤ様は私とキサラさんを見ていました。


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