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怠惰な銀狼と秘密の取引  作者: 緑名紺


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58 お父様

 


 二学期も終了間近、私は日に日に緊張していました。


 お父様にミカドラ様との結婚について打ち明ける時が迫っています。友人たちにもバレてしまった以上、実の親に隠し続けるわけにはいきません。早めに「次の休暇にお相手と実家に挨拶に伺う」という内容の手紙を書きました。


 ところが、返信の手紙は届きませんでした。


「突然すまなかった。ちょうど王都に仕事の用事があったものだから」


 ……代わりにお父様が直接王都にやってきてしまったのです。


 学院の授業が午前で終わる土曜日の昼。

 いつもだったら公爵邸に向かうところですが、私はお父様とともに王都のレストランに来ていました。

 最上級ではありませんが、かなり高級感のあるお店です。席は個室で料理はコース、夜はドレスコードがあるそうですが、昼は学院の制服でも大丈夫でした。

 こんなに奮発して大丈夫なのかと遠回しに尋ねたところ、今年の誕生日祝いを兼ねてとのことでした。

 このようにお父様と二人で外食するのは初めてのことです。突然降って湧いた状況に、私は戸惑ってしまいました。


「お前からの手紙は読んだ。その、相手が誰なのかがまだ書かれていなかったな。困った。こちらにも出迎えの準備が必要だから……」

「それは……申し訳ありません。そうですよね」


 お父様のおっしゃることはごもっともです。

 相手によってもてなし方も変わってきます。家格が上か下か、長男かそれ以外か、年齢や出身地、将来の職業についても知っておきたいところでしょう。何より心の準備が必要なのかもしれません。


「本当に、私が反対するような相手ではないんだな?」

「はい」

「ならどうして隠すんだ」

「それは、その……驚かせてしまいますので」


 それだけではありません。

 踏ん切りがつかなかったというのももちろんありますが、ミカドラ様に厳命されているのです。直前まで俺が相手だということを黙っているように、と。


 怪訝な表情のお父様が口を開こうとした時、料理が運ばれてきました。給仕係が出入りするので、しばしこの話題はお預けになります。

 食事をしながら、今度は私から気になっていたことを尋ねました。


「お母様と赤ちゃんの様子はどうですか? そろそろ名前は決まりました?」

「あ、ああ。メレナと名付けた。母子ともに健康だ」

「良かったです。名前も可愛らしいですね。改めて、おめでとうございます」

「ありがとう。祝いの品も……気を遣わせてしまったな。喜んでいたぞ」

「気に入っていただけたのなら嬉しいです」


 腹違いの妹が生まれたという報せが届いてすぐ、お祝いの品を贈りました。赤ちゃんにもお母様にも使っていただけると思ったので、肌触りの良いブランケットを選びました。


「次の休暇には妹の顔を見てやってくれ。ラルスもルルのことを気にしている」

「はい」


 そのような会話を続けているうちに食事は進み、メインディッシュが登場しました。


「!」


 出ましたね、甲殻類。

 公爵邸では殻がついたまま姿を見ることがなくなった食材です。私は気合を入れ、日頃の成果を見せるべく立ち向かいました。


 優雅に、音を立てず、堂々と。


「ルルは学院でテーブルマナーの講座を受けたのか?」

「いえ」

「それにしては手慣れているな」


 お父様は感心したように頷きました。ちらりと手元を拝見すると、ルヴィリス様ほどではありませんが、お父様も綺麗に殻を剥いて召し上がっています。


「私は在学中に受けた。田舎者だと笑われるのが恥ずかしくてな……そこで少しは上達したが、結局はネネに習ったよ」

「そうなのですか」

「お前はますます彼女に似てきたような気がする……」


 お父様はため息を吐いて虚空を見ました。

 大人の感傷に浸っているようなので、そっとしておきましょう。私は甲殻類の殻むきに集中しました。


 食事が一段落し、最後のデザートを待っていたところ、支配人を名乗る男性がやってきました。その表情は心なしか緊張しているように見受けられます。


「最後の一品は別室にご用意させていただきました。大変恐れ入りますが、席のご移動をお願いできますでしょうか」

「はぁ……」


 型破りなお願いをされ、お父様は面食らっています。私は何が起きるのかを察し、率先して席を立ちました。


「お父様、参りましょう」

「ルル?」


 戸惑うお父様の腕を引いて、支配人さんについて行きます。

 いつの間にか他のお客さんの気配がなくなっています。もしかしたら貸切ったのでしょうか?

 ……心遣いは嬉しいですが、やりすぎな気がいたします。


 そのまま店の一番奥、おそらく最上級のお部屋に案内されました。


「親子水入らずのところ申し訳ない。アーベル卿、どうしてもきみとお話ししたくて店に無理を言ったんだ」

「べ、ベネディード公爵閣下!」


 部屋で待っていたのはルヴィリス様とミカドラ様でした。

 予想通りでしたが、まさか本当に実行するとは……。


 実は今日学院を出る前、ヒューゴさんを通じてミカドラ様にお父様が王都に来て、このレストランで昼食を取ることをお伝えしていたのです。

 ここ最近はずっと、次の長期休暇にアーベル家に挨拶に行く件についてミカドラ様と話をしていました。ルヴィリス様も父親として同行したがっていましたが、多忙で遠方のアーベル家に行く時間が取れそうにないと嘆いていたのです。


『もしルルちゃんの父君が王都に来ることがあったら教えてね』


 と、言われていたところです。

 どうやらヒューゴさん、ミカドラ様経由でルヴィリス様の耳にもお父様来訪の報せが入ったようですね。お忙しい中、仕事の調整をして駆けつけてくださったに違いありません。


「え、ど、どうして……」


 雲の上の存在であるルヴィリス様が立ち上がって出迎えている状況に、お父様はすっかり混乱しています。

 一方、ルヴィリス様はとても楽しそうです。


「ルルさんにはいつもお世話になっているので、そのお礼を言いたくて」

「はぁ」

「長男のミカドラです。王立学院で二人は二年とも同じクラスで」


 紹介されたミカドラ様が無表情で名乗って挨拶をしました。親子揃って、私のお父様のことを値踏みしているようです。アイスグレーの瞳が理知的な光を宿しています。

 きっとこのときのために、ミカドラ様は自分が相手だと黙っているように命じたのだと思います。

 単純に驚かせたかったのか、不意打ちで反応を見たかったのか、それとも怯えさせたかったのでしょうか。

 効果はてきめんです。


「それは、その、存じ上げず申し訳ありません。立派なご子息様で羨ましい限りです」

「いやいや、ルルさんの方こそ素晴らしいお嬢さんですよ」


 勧められるまま私たちが着席すると、すぐさまデザートと飲み物が用意され、支配人さんたちが速やかに退室しました。

 四人のみの部屋に、しばしの沈黙の幕が降ります。


「…………」


 お父様が私に説明を求める視線を寄越しました。その額に汗の玉が浮かんでいます。おそらく薄っすらとこの状況に陥った理由を察しているのでしょう。しかしまだ認められないようです。

 騙し討ちのような形になってしまい、さすがに罪悪感で胸が痛いです。


「お父様、ずっと黙っていて申し訳ありません……結婚の約束をしていただいたお相手というのは、ミカドラ様のことなんです」


 凍りつくお父様。

 ああ、既視感があります。ミラディ様がヤクモ様との結婚を宣言した時のルヴィリス様の表情ととてもよく似ています。


 滝のような汗を流しながらも一言も発しないお父様に対して、これまでの経緯をいろいろと説明しました。


 一年の二学期頭にミカドラ様と結婚の約束をしていたこと。

 勤めに出ていたのではなく、結婚を見据えて公爵邸で教育を受けていたこと。

 家族との微妙な関係を考えてずっと黙っていたこと。

 以前の休暇でお土産で持たせてもらった焼き菓子は、ルヴィリス様とミラディ様が用意してくださったことまで話し終えました。


 お父様は今にも気を失ってしまうのではないかと思うほど、顔色が悪いです。


「あ、な、なぜ……なぜ、ルルなのでしょうか。公爵家に嫁ぐなんて、信じられない……この子では不相応です」


 やっと発した言葉がそれです。

 私も未だに信じられないのでお父様の気持ちはよく分かりますが、ルヴィリス様の目が冷たい光を帯びました。我が子を溺愛するルヴィリス様にとって、たとえ謙遜でも子どもを貶めるような発言は許せないのかもしれません。


「不相応なんてことはない。ミカドラがルルさんのことを大層気に入っている。僕もこの一年ほど身近に接して、すっかり自分の娘のように可愛く思っています。ああ、実の父親の前で失礼でしたか」

「い、いえ、あの、娘を高く評価して下さるのは光栄なのですが……」

「ですが?」

「なんでもありません」


 にこやかなのに、ルヴィリス様が怖いです。圧のかけ方がミカドラ様によく似ていますね。


「ふ、不相応というのは、家柄のことも含めてです。ルルが嫁ぐことでベネディード家の名に泥を塗ってしまうのではないかと」

「心配はご無用。ミカドラが自分で選んだ女性と結婚したくらいで、どうにかなる家ではありません。むしろ、ルルさんには我が家を盛り立てていただきたいと思っているし、それができると確信しているからこそ私も彼らの結婚を後押ししたいのです」


 お父様は釈然としない様子で、私を見ました。


「ほ、本気なのか」

「はい。反対されますか?」


 恐る恐る尋ねましたが、お父様はすぐに答えられないようでした。

 きっと家のことを心配しているのでしょう。あまりにも身分差のある不相応な結婚となれば、周囲の妬みが凄まじくなります。

 しかしだからと言って、断るという選択肢はないはずです。


 お父様には悩む時間すら与えられませんでした。


「そんなに家格差を心配されるなら、ルルさんを養子に出すというのはどうだろう? こちらで中級貴族の家に話をつけますが」

「なっ」


 ルヴィリス様の提案は、身分差を埋めるためによく使われる手ですね。一度公爵家と縁続きになってもおかしくない位の家に所属してから嫁げば、表向きの不自然さはなくなります。


「それは、その大変ありがたいお話ではありますが……少し、娘と話させていただけませんか」


 憔悴しきった様子で項垂れるお父様に、私は心苦しくなりました。

 ミカドラ様は必要最低限しか言葉を発せず、じっとお父様を観察しているようでした。


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