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怠惰な銀狼と秘密の取引  作者: 緑名紺


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57 説明会

 



 行楽会の翌日は休日です。

 歩き疲れた足を休めるべきなのですが、私は心配事が積み重なってじっとしていられず、公爵邸にお邪魔してしまいました。


「一体何が心配なんだ?」


 ミカドラ様は談話室のソファにだらしなく寝転んでいました。慣れない団体行動と長距離の徒歩移動によって疲れがたまったのでしょう。

 私の友人たちに関係が露見したことについては、全く精神的疲労はないようです。ミカドラ様にとっては取るに足らない出来事なのですね。


「それはやっぱり、今まで通りではいられないと思うので、どうなるのか恐ろしくて……」


 ミカドラ様との結婚について、友人たちにどう思われるかが心配です。

 隠していたことを許してくださらなかったり、身の程知らずだと嘲笑われたり、最悪徐々に距離を置かれてもう口を利いてもらえないのでは、と悪い方向に考えてしまいます。

 あの三人はそのように狭量な方ではないと思いますが、確実に今後の関係性は変わるでしょうし……。


「マギノアがお前を責めることはないだろう。絶対に俺を攻撃してくる」

「え、それは」

「後の二人についてはよく知らないが……まぁ、大丈夫じゃないか。多少嫉妬されることはあっても、どのように振舞うのが自分と家のためになるかくらい分かるだろう」


 それでもなお私が不安そうにしていると、ミカドラ様はため息を吐きました。


「前にも言ったが、お前に文句をつける行為は、選んだ俺を非難するようなものだ。俺や公爵家が盾になるんだから、何も怖がらなくていい」

「…………」

「俺はルルを取引相手に選んだことを、一度も後悔していない。お前はどうだ?」


 その言葉に私は胸がいっぱいになり、何度も深く頷きました。


「はい。私も、何一つ後悔していません」

「なら堂々としていろ」

「……そうですね。ありがとうございます。もう大丈夫です」


 こんなにも心強い方がパートナーなのです。今更恐れることなんてありません。

 それに、身の程知らずだと非難されるのは覚悟の上だったはずです。

 それでも私はミカドラ様の手を取りました。全てを手に入れられるはずがなく、何かを諦める必要があるのは仕方がないことです。






 行楽会後、初めての登校日の放課後。

 例のごとく貸し切られた温室で事情説明が行われました。


 テーブルにはお茶会のようにお菓子とお茶が並んでいます。これはヒューゴさんが張り切って用意して下さったようです。


「ついにバレてしまって、ボクも感慨深いです。若様が珍しく行事に参加するというので、絶対何か起こると思っていました」

「余計なことは言わず、下がっていろ」

「はい、失礼いたします」


 ヒューゴさんはにこやかに礼をして、テーブルの会話が聞こえない位置まで下がりました。


 私とミカドラ様が並び、対面の席にマギノアさん、ヘレナさん、アーチェさんが神妙な面持ちで座っています。

 今日一日、教室で顔を合わせても会話ができず、ずっと息がつまるような状態でした。そして今、緊張がピークに達しています。

 小さく震えている私を見かねたのか、ミカドラ様が口火を切ってくださいました。


「改めて説明……というほどのことではないな。俺がルルを見初めて、結婚を持ちかけて了承の返事をもらった。アーベル家にはまだ話を通していないから正式な婚約には至っていないが、俺の家族には既に認められている。大々的に知らせて余計な波風を立てると、ルルの心身が持たないだろうから、中等部を卒業するまではお前たちにも黙っていてもらいたい。以上だ」


 それだけ話すと、ミカドラ様はティーカップに口をつけました。

 アルテダイン殿下へ説明した時と同じように端的な事実のみを話し、まるで恋愛感情が絡んでいると勘違いさせるような内容でした。

 私がミカドラ様の代わりに働くという点は、やはり隠しておくことになりました。ただ結婚するよりもさらに説明がややこしいことになりますので……。


 驚きながらも頷くヘレナさんとアーチェさんとは対照的に、マギノアさんは納得いかないとばかりに不満げに口を開きました。


「二人の関係は一体いつから?」

「一年の二学期からだ」

「そ、そんなに前から……」

「ああ。見る目があるだろう」


 ミカドラ様が鼻で笑うと、マギノアさんは目を三角にしました。


「わ、私だって一年から同じクラスだったら、もっと早くルルさんと仲良くなっていたわ! ……多分」

「お前たちが親しくなったのは、盤戯クラブで会ってからだろう。ルルが寛大で良かったな。知らなかったとはいえ、俺を侮辱されたと珍しく腹を立てていたぞ」

「ミカドラ様、それはっ」


 マギノアさんの顔からさぁっと血の気が引きました。

 確かに腹が立ったと言いましたけど、本人に教えなくてもいいではないですか。


「ご、ごめんなさい。ルルさん……」

「いいんです! 謝らないでください。私も態度が悪かったですし、お話しできなくて申し訳ありませんでした……」


 お互いに恐縮しながら謝罪をすると、マギノアさんは小さくため息を吐きました。


「二人の関係を隠していたことは、その、仕方がないと思うわ。最初にミカドラを嫌いだって言った相手に打ち明けようとは思わないでしょうし……。それに、今のクラスの惨状を見れば、言いたくない気持ちも分かる」


 これにはヘレナさんとアーチェさんも深く頷きました。同情的な視線を向けられています。

 どうやら黙っていたことは許してもらえそうです。理解のある方々で本当に救われます。


「でも少し確かめたいことがあるわ。……ミカドラは席を外してくださる?」

「なぜだ」

「あなたがいると話しづらい」


 マギノアさんの遠慮のない言葉に、ミカドラ様は私をちらりと見ました。

 大丈夫です、という頷きを返すと、そのまま席を立たれました。


 女子だけになった途端、それまで大人しかったアーチェさんが身を乗り出しました。


「すごいわ! ルルさん!」

「え」

「“銀狼の若君”に見初められるなんて! きっかけは? 公爵家の皆様とも会っているんでしょう? ああ! もしかしてこの前の長期休暇でミジュトの町でデートしていた相手はルルさん!?」


 矢継ぎ早の質問に、私は一つずつ解答しました。


 一年の一学期末に生徒指導室でミカドラ様と話す機会があったこと。

 土日に公爵邸にお邪魔していること。

 ベネディード家の皆様にも大変良くしてもらっていること。

 休暇中、ミカドラ様とミジュトの町を歩いたこと。


「恋愛小説みたいだわ。高貴な方との身分差ものの秘密の恋……素敵」


 アーチェさんはすっかり興奮しています。夢見る乙女の瞳です。


「休日に知り合いのお店を手伝っている、という話も嘘だったのね。ベネディード家に学費や寮費を工面してもらっていたの?」


 ヘレナさんは苦笑しながら、現実的な指摘をされました。


「はい、申し訳ありません。一応、公爵邸で簡単な仕事のお手伝いはしていますが、ほとんど援助していただいているようなものです……」

「そう。良いんじゃない? 未来の公爵夫人を支援しない理由はないもの」


 未来の公爵夫人なんて……。

 どのような顔をすればよいのか分からず、私は恥じ入るように俯きました。


「ルルさん、正直に言って。本当にミカドラのことが好きなの? 何か脅されていたり、のっぴきならない理由で仕方がなく結婚、ということはないかしら?」

「はい?」


 マギノアさんがあまりにも怖い顔で言うので、アーチェさんが笑いました。


「ちょっと、マギノアさん、本気でおっしゃってるの? ミカドラ様から求婚されて断る乙女がいるわけないじゃない」

「私だったら絶っ対に断るわ。天地が逆さまになってもあいつに求婚されることはないけど。ルルさんみたいなお淑やかで心優しい方だと、嫌でも断れなかったんじゃないかと思って」


 どうやらマギノアさんは思いもよらない方向で心配されているようです。どうしてもミカドラ様を悪者にしたいという意思を感じます。

 ここは強く否定しなければ。


「嫌なわけありません。わ、私は……ミカドラ様のことを、心から、その……」


 お慕いしています、というその一言がなかなか口から出ませんでした。

 お父様の前ではすんなりと言えたのですが、やはり友人の前で相手が特定されている状態だと羞恥も一際大きいです。

 頬がどんどん熱くなっていくのが分かりました。


「そ、そう……分かった。よく分かったから。そんなにもあいつのことを……」


 かなり口ごもってしまったのですが、幸いにもマギノアさんには伝わったようです。とても残念そうにしています。


「ルルさんったら、見たことないくらい顔真っ赤よ。微笑ましいわね」


 ヘレナさんにからかわれてしまいました。



 結局三人とも私たちの関係について黙っていると約束して下さりました。


 日常はほとんど何も変わりませんでした。変わったことといえば、教室でもマギノアさんに話しかけられるようになり、時折四人でお喋りするようになったことくらいです。


 私は本当に幸せ者です。

 結婚相手にも、友人にも恵まれて。


 ……その時は、愚かにもそう信じていました。


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