56 露見
現れたのはヘレナさんとアーチェさん、そしてマギノアさんでした。
先程彼女たちの班の様子を見に行ったときに、誰かが私が近づいたことに気づいて探しに来てくれたのかもしれません。
本当に迂闊でした。ああ、どうしましょう。
人気のない森の奥にいる男女二人。
私の片方の手はミカドラ様に握られており、もう片方の手はミカドラ様の髪に触れています。まるで抱き合っているようにも見えるでしょうし、特別な関係でなければあり得ない距離感です。
……どう頑張っても釈明できそうにありません!
時が止まってしまったかのように誰も動きませんでした。彼女たちの表情は三者三様です。
ヘレナさんは見てはいけないものを見てしまったと言わんばかりに顔をしかめ、アーチェさんは興味津々といった様子で目を輝かせ、マギノアさんはショックを受けたのか今にも泣き出しそうです。
一方、ミカドラ様にはほとんど焦りや動揺は見られませんでした。やましいことはないと言わんばかりに堂々としています。
「ルルの好きなようにしろ」
そして、私の耳元でそっと囁きました。
お任せというか、丸投げというか、この場をどう収拾するか私に託されてしまいました。正直に申し上げて、私にはお手上げなのですが……。
「何しているの!? る、ルルさんから離れなさい!」
真っ先に立ち直ったのはマギノアさんでした。
ずんずんと茂みをかき分けて進み、私からミカドラ様を引きはがすと、汚らわしいものを見るかのようにミカドラ様を睨みました。
「どういうこと? どうしてルルさんと……一体何をしようとしていたの?」
「俺の言葉を信じられるのか?」
「! 無理ね。全く信じられない。無駄な質問をしてしまったわ!」
お二人の仲の悪さは存じておりましたが、やはり幼なじみに近い間柄というだけあって、遠慮がありません。そして悲しいくらいミカドラ様の信用度が低いです。
マギノアさんが恐る恐ると言った様子で私に向き直りました。とても緊張しているのが分かります。
「しょ、正直に言ってくださる? 大丈夫よ。こいつがどんな汚い手を使っても、ルルさんのことは守って見せるから」
「マギノアさん、あの――」
「あなたたちはどういう関係? どうしてここに二人でいるの?」
私は息の根を止められた心地でした。
もしもヘレナさんとアーチェさんのお二人だけなら、見て見ぬふりをして立ち去るか、適当な言い訳で誤魔化されてくれたでしょう。
ですが、マギノアさんはきっと辻褄の合う説明をしないと納得してくれません。
私は以前、マギノアさんがミカドラ様を侮辱するような発言をしたとき、静かな怒りを露にして珍しく反論しました。
その時のことを忘れてはいないでしょう。私が少なからずミカドラ様に好意を持っていることを知っていて、慎重に真実を問い質しているのです。
私たちの関係……。
やはり本当のことは言えません。ですが、安易な嘘も通用しないでしょう。
取引から始まった摩訶不思議な関係。
私は自分の価値と努力を示すための居場所を、ミカドラ様は気ままに過ごすための自由を、お互いの求めるものを与え合うために結婚の約束をしました。
世間一般的に考えれば非常識で、私にとっては身分不相応な取引です。
正直にお話ししても信じてもらえないでしょう。
いえ、話したくないのです。
だって、私たち二人の大切で本気の取引です。あり得ないと否定されたくない。真剣な想いを疑われたくない。この特別な絆を誰にも理解してほしくない。
しかし、この状況でどのような嘘を吐けばよいのでしょう。
女子生徒を寄せ付けないミカドラ様が私に触れていたのです。特別な関係であることは明白。下手な嘘を吐けば、おそらくミカドラ様の名誉を傷つけてしまいます。
マギノアさんは、絶対的に私の味方をして下さりそうです。いつの間にこんなに心を開いてくださっていたのでしょう。
「私には、言えないことなの?」
「…………」
私の身を本気で案じて下さっているマギノアさんに対し、騙そうと試みることは不誠実極まりないことです。
自然と以前ミカドラ様に指摘された言葉が脳裏をよぎります。
『もっとも俺との結婚を報せた時、その友情は終わるかもしれないが』
友情を失うか否かの正念場が今のように思えます。
いつまでも隠す関係ではありません。いつかは世間に公表すること。
全く関りのない誰かではなく、この三人に見つかったことを幸運だと思うべきです。
私はマギノアさんとヘレナさんとアーチェさんを順番に見ました。
長い葛藤の末、私は口を開きました。
「私たちは……結婚の約束をしています。黙っていて申し訳ありません」
皆さんが息を呑むのが分かりました。
たとえば、「ミカドラ様の気まぐれで口説かれていた」とか、「私が身の程を弁えず交際を迫っていた」とか、あるいは「私たちが秘密の恋人同士で密会していた」という答えなら想像の範囲内だったと思います。
それらを飛び越えて「結婚」という言葉が出てきて、ますます混乱を与えてしまったでしょう。
「もういいのか?」
「はい」
「潔いな」
ミカドラ様は少し意外そうでしたが、嬉しそうでもありました。
私は三人に頭を下げました。
「勝手を承知でお願いいたします。どうか、黙っていてください。まだ私の親には報告していないのです」
マギノアさんが目を瞬かせていましたが、我に返ってまたミカドラ様に詰め寄りました。
「どういうこと!?」
そのとき、遠くで笛が鳴りました。
自由時間の終了を告げる合図のようです。早く戻らないと教師や班長が探しに来てしまうかもしれません。
「時間がない。これ以上のことを詳しく知りたいのなら、後日場を設けてやる。それまでここで見聞きしたことは他言無用だ。マギノアはともかく、お前たちはベネディード家を敵に回したくはないだろう。いいな?」
ヘレナさんとアーチェさんは顔を見合わせ、おずおずと頷きました。
「かしこまりました」
「誓って口外しません」
マギノアさんだけは気に入らないとばかりにミカドラ様を睨みつけていましたが、
「アルトは知っていて、黙ってくれているぞ」
「! ……そう、分かった」
渋々と言った様子で了承してくださいました。
王都への帰り道は、あまり記憶がありません。
自分の選択が正しかったのかどうか自信がなくて、前に進む足がとても重く感じました。




