55 誘い
キサラさんの手際は、さすがとしか言えませんでした。
学院側が用意したレシピの外に、余った食材で二品も多く作って、私たちの班の昼食は一際豪華なものになりました。
救護馬車にいたジュリエッタ様もお呼びして、班員全員で昼食をいただきます。
「お口に合うか分かりませんが、どうぞ召し上がれ」
キサラさんの可憐な微笑みが添えられ、ますます食卓が輝いて見えます。
「え、すご、めちゃくちゃ美味しい……」
「オレ、こんなの初めて食べるよ。感動した!」
ニールさんとジグトさんは夢中で召し上がっています。ミカドラ様も黙って口をつけて、皆さんの意見に同意するように頷きました。
それを見たジュリエッタ様は恐る恐る一口、二口食べて、面白くなさそうに眉根を寄せています。多分、ケチがつけられなかったのでしょう。
「本当に美味しいです。味も火の通り具合も完璧で」
シンプルな味付けが野菜本来の旨味を引き出し、一緒に煮込んだお肉も柔らかくジューシーで、ほろほろと口の中で溶けていきます。
野外でこんなに素晴らしい料理を振舞えるのは、きっと生まれ持ったセンスと日頃の努力の現れでしょう。同い年なのにすごい……心から尊敬いたします。
「外で食べると、美味しさも倍増ですよね。あ、おかわりありますよ」
キサラさんは照れながらも嬉しそうでした。
男子二人が競うように食べて、あっという間に完食しました。口々にキサラさんのことを褒めちぎっています。
ジュリエッタ様が咳払いをしました。
「昼食後は自由時間ですわよね。ミカドラ様、あちらに絶好の紅葉スポットがあって――」
最後まで言い終わる前に、ミカドラ様はそっぽを向いてジュリエッタ様に意思表示をしました。徹底しています。
私は内心ほっとする反面、さすがに少し心配になりました。
いえ、ジュリエッタ様に同情するつもりはないのですが、こうも手酷くあしらっていたら、ミカドラ様が周囲に冷たい方だと思われてしまいます。
本当はとても優しい方なのに……。
「せっかく同じ班になれたのですから、思い出に残ることをいたしませんこと? ねぇ」
ジュリエッタ様がちらりとニールさんとジグトさんに視線を寄越します。「じゃあ班員全員で紅葉を見ましょう」などのフォローを期待したのでしょうが、今回はお二人とも気まずそうに視線を逸らしました。突然の裏切りです。
援護がないと分かるや、ジュリエッタ様はへそを曲げて、「ミカドラ様はお疲れのご様子ですので、私はお友達のところに行ってきますわ」と班から離れていきました。
……当然のように食後の片づけを放棄されましたね。
「あ、ミカドラ様は休んでいてください。あとは僕たちでやっておきますから」
ニールさんの提案にミカドラ様は一瞬迷うような素振りを見せましたが、結局は木陰に寛ぎに行きました。まだ帰りも歩かねばなりませんからね。自分が混ざると皆さんに気を遣われると思ったのかもしれません。
残りの班員で片付けを分担してやって、あとは借りた調理器具を返しに行くだけになりました。
「あとはわたし一人で大丈夫ですよ」
「そんなわけにはいかない。オレが半分持つから!」
「え、ありがとうございます。でも……」
キサラさんから強引に荷物を半分受け取るジグトさん。
率先して引き受けていただいたのは有難いですが、正直、男子ならば一人で苦もなく全て持てると思います。なぜわざわざ二人で行こうとするのでしょう。
「ごめん。あ、あっちにさっき綺麗な花が咲いていたんだ。でも名前が分からなかったからさ、一緒に来てほしくて……あと、話がしたいんだ」
なるほど、キサラさんと二人きりになる機会を狙っていたのですね。ジグトさんの顔が真っ赤です。
「ふふ、お花はあまり詳しくないんですけど……分かりました。わたしも見てみたいです。行ってきますね」
キサラさんも満更でもなさそうなので、私は素直に見送ることにしました。もしかして告白されるのでしょうか。こちらまでドキドキしてきました。
「あの二人はしばらく帰って来ないかもしれないね」
「そうですね……」
残された私とニールさんの間に気まずい沈黙が漂います。
片付けも終わりましたし、もう自由時間です。私も他の班のお友達のところに行きましょう。班長のニールさんに報告をして行こうと顔を向けたところ、彼もまた先ほどのジグトさんと同じくらい顔を赤くしていました。強い光が宿った瞳が私に向けられています。
「ルルさん。もし良かったら、僕たちも二人で紅葉を見に――」
「おい」
不機嫌な低い声が割って入り、私もニールさんも思わず飛び上がりました。
振り返れば、ミカドラ様がニールさんを威嚇するように見下ろしています。
「班長は教師に定期報告に行くんだろう? 悪いが、ついでに飲み水をもらってきてくれないか」
「は、はい。すぐに……!」
ニールさんが走り去ってから、ミカドラ様が小声で呟きました。
「早くどこかに行け」
酷い言われようですが、ミカドラ様の意図を察して私は慌ててその場から離れました。
一瞬でいろいろなことが起こり過ぎて、心臓が激しく脈打っています。
と、とりあえず、平静を装ってお友達のところへ……と思ったのですが、アーチェさんたちの班は、ヒューゴさんが食後のお茶を振る舞っていて、会話に花が咲いている様子でした。私には自然に混ぜてもらうコミュニケーション能力がありません。
仕方なく人目を避けて森の奥に向かい、見つけた大きな切り株に座り込みました。
「……びっくりしました」
勘違いでなければ、ニールさんに紅葉を見に誘われそうになりました。
おそらくジグトさんがキサラさんを誘ったのを見て触発されたのでしょう。今まで教室でもほとんど喋ったことがなかったですし、手近な私に声をかけただけだと思いますが……。
深く考える必要はないと分かっていても、衝撃が大きくてなかなか立ち直れませんでした。生きているとこういうことも起こるのですね。
ミカドラ様が割り込んでくださらなかったら、大変困った状況になっていました。
お断りするにしても、頭が真っ白になって上手く言葉が出てこなかったでしょう。帰り道にニールさんと気まずくなってしまうのも避けたいところです。
申し訳ないですが、お誘いの言葉が聞こえなかったことにしましょう。それがお互いのためです。
それにしても。
あのタイミングと言い、私を逃がすような呟きと言い、ミカドラ様はきっとニールさんの誘いを妨害してくださったのですよね。勘の鋭い方ですから。
私が困るのを見越して助けてくれたのでしょうか。
一応結婚の約束をしている関係上、見過ごせなかったとか?
……それ以外のミカドラ様の独善的な感情を期待している自分がいます。
本当に最近の私は調子に乗っています。
考えれば考えるほど頭に熱が昇ってしまうので、現実逃避することにしました。
足元の落ち葉を見て、なんとなく綺麗なものがないか探します。破れや虫食いがなく、泥水に濡れていない、色づき鮮やかな葉……なかなか見つかりませんね。
「……一人で何をしてるんだ」
ミカドラ様が呆れた様子で立っていました。いつの間にか探すのに夢中になっていて、足音にも気づきませんでした。
「落ち葉拾い、です」
「それは楽しいのか?」
「いえ別に……あの、ニールさんは?」
「落ち込んで戻ってきたもう一人を慰めている。フラれたらしいな」
それはお気の毒ですが、どんな顔をすればいいのか分かりません。
「フラれた友人の前でお前を口説きはしないだろう。もう戻っても大丈夫だ」
「あ、はい」
どうやらいつまで経っても戻ってこない私を迎えに来てくださったようです。有難いのですが、恥ずかしくて顔を合わせられません。
私ははっとして周りを見渡しました。今のところ他の人影はありませんが、木々と茂みで視界が悪いので誰がどこから現れるか分かりません。
もし二人で話しているところを見られたら……。
「ルル」
「はい!」
顔を上げれば、ミカドラ様は気鬱な表情を浮かべていました。
「俺は疲れた。慣れないことをするべきじゃないな」
「え、大丈夫ですか? 座りますか?」
切り株を譲ろうと立ち上がると、ミカドラ様は私の手を掴みました。
そしてそのまま私の肩に額を乗せます。密着しつつも顔が見えない体勢に、私は身動きが取れなくなりました。
「気をつけろよ。お前は俺みたいに、相手を完全無視なんてできないだろう。隙を見せるな」
「……ですが」
「ですが?」
「いえ…………申し訳ありません。声をかけていただいて助かりました」
「そうか。参加した甲斐があった」
ミカドラ様が笑った気配を感じて、私も力が抜けました。
もう少しこうしていたい、と思ってしまいました。沈黙が苦ではなく、心地よいと感じられるなんて珍しいことです。
風が吹いてざわざわと木々が揺れ、落ち葉が降ってきました。その一つがミカドラ様の髪に引っかかったので、ほとんど無意識でそれを払おうと空いている手を伸ばし――。
「ルルさん?」
聞き慣れた声に振り向けば、驚愕の表情を浮かべた友人たちと目が合いました。




