54 楽しい行楽会
そのまま班ごとに王都郊外の森林に向かって出発しました。
国の警備隊が街道を巡回して、私たちに手を振ったり敬礼したりしてくださっています。本当に大掛かりな行事ですね。
「私、今日のために服を仕立てましたの。ミカドラ様、いかがでしょうか?」
「…………」
「よくお似合いですね!」
「ああ、その、なんというか、すごく良いですっ」
ジュリエッタ様が懸命にミカドラ様に話しかけて無視され、気まずくなる前に他の男子生徒が慌ててフォローするという体制ができあがっていました。見ているだけでハラハラします。
男子三名とジュリエッタ様が固まって歩き、私はその後ろをついて行きます。
班長のニールさんが時折心配そうにこちらを振り返るので、私は「ちゃんとついていきます」という念を込めて頷きを返しました。
「あの……お隣を歩いてもいいですか? えっと、アーベル様?」
「あ、はい、もちろんです。名前はお好きなようにお呼びください。敬称や敬語がなくても全く気にしません」
自然ともう一人の班員であるキサラさんと並ぶ形になりました。
「! ありがとうございます。じゃあ、ルルさんと呼んでもいいですか?」
「はい」
「わたしのことも気安くキサラって呼んでください」
彼女の表情がぱぁっと明るくなると同時に、空気ごと煌めいた気さえしました。
天使と見間違わんばかりの美少女です。まつ毛が長くて、頬がほのかな薔薇色に染まっていて、目鼻立ちもこれ以上ないほど整っています。惚れ惚れしてしまいました。
クラスメイトと言えど、キサラさんと交流する機会はほとんどありませんでした。
いつも男子生徒に口説かれていますし、一部の女子グループから目の敵にされていて、ある意味近づきがたい方なのです。
最近は級長のマギノアさんが目を光らせているので、教室で露骨な嫌がらせは行われなくなりましたが、彼女が女子生徒の中で孤立しているのは確かです。
「ルルさんみたいな方が一緒の班で良かったです。今日もずっと一人だと思っていたので」
「…………」
班員の構成上、今日はキサラさんと行動を共にすることが多くなりそうです。彼女に対して思うところはありませんし、せっかくなので仲良くしたい気持ちはあるのですが、普段助けていないことに後ろめたさを感じます。
しかしキサラさんは私の罪悪感に気づくことなく、のんびりと問いかけてきました。
「ルルさんのお父様は領主様なんですよね? しかも良い領主様だって聞いてます。すごいです」
「え、あ、ありがとうございます。本当に有難いことです」
アーベル家は田舎の狭い土地を拝領しているにすぎないので、貴族間で自慢することは絶対にできません。こうして領民以外の平民の方にお父様を尊敬されると、どう反応すれば良いのか分からなくなりますね。
「キサラさんのお父様は」
「ウチは家族でレストランをやってます。お父さんが料理長で、お母さんが厨房の外の仕事を全部やっていて、叔父さん叔母さんとわたしと従弟がそのお手伝いをしていて……下町では結構有名なんですよ。昼も夜も行列ができるくらい」
「それは素晴らしいですね」
王立学院に通っているということは、安くない学費を払っているということです。キサラさんのお家はかなり繁盛しているのでしょう。
お父様の料理が美味しいのはもちろん、お母様に優れた商才があるのかもしれません。キサラさんの授業での受け答えから、その片鱗が見受けられます。
キサラさんは無邪気に胸を張りました。
「今日のお昼はわたしに任せてほしいです。お父さん直伝の煮込み料理を披露しますから」
「頼もしいです。私は野菜の皮むきくらいしかやったことなくて」
「え、むしろやったことがあるんですか? 包丁を使って?」
「はい、少しだけ。そんなに上手くはありませんが、実家で乳母のお手伝いをしたことがあって」
お菓子作りやお茶を淹れるくらいなら趣味の範疇でする方もいるそうですが、一般的な貴族の子女は使用人の仕事場に立ち入らず、手が荒れるような作業もしません。私も頻繁に手伝っていたわけではありませんでした。
人手が足りなくて子守役の乳母が厨房に駆り出された時などに、ついて行って真似がしたいと駄々をこねたのです。最初は玉ねぎの皮をむくだけでしたが、最終的には包丁でジャガイモの皮むきができるところまで教えてもらいました。
「良かった。この班には料理経験者がいて……」
「ああ。毎年、失敗して昼食抜きの班が多いらしいな」
私たちの会話が聞こえたらしく、ニールさんとジグトさんがしみじみと言いました。ミカドラ様は振り返りませんでしたが、きっと聞こえているでしょう。
森林に着いたら男子が薪割りと火おこしと水汲み、女子が調理を担当することになっています。
ミカドラ様におかしなものを食べさせるわけにはいきません。キサラさんに主導していただきつつも、私も一生懸命頑張りたいと思います。
ちやほやしていた男子たちがキサラさんに注目したのが気に入らなかったのでしょうか、ジュリエッタ様が鼻で笑いました。
「じゃあ、調理はお二人にお任せするわね。下手に手伝っても邪魔でしょう? 私は紅葉が綺麗な場所を探しておくわ」
私とキサラさんは苦笑いを浮かべて頷きました。
サボろうという魂胆が見え見えです。
しかし申し訳ないのですが、本当に二人で調理した方が気が楽だったので、むしろありがたい申し出でした。
その後もだらだらと雑談をしながら歩き、お昼前に目的の森林に到着いたしました。
手つかずの自然、というわけではなく、近くの村の方々が管理しているので、活動しやすく比較的安全な森です。野生動物も凶暴なものはいないそうです。
用意されていた食材と調理器具を受け取り、早速各自作業に取りかかりました。
調理の前に教師から、山菜の灰汁の取り方や、キノコの見分け方なども簡単に教えていただきました。将来役に立つかは分かりませんが、面白かったです。
ジュリエッタ様は貧血を訴え、救護用の馬車で休んでいます。時折楽しそうな声が聞こえてくるので、他の貴族の女子生徒たちとお喋りをしているのでしょう。
てっきりミカドラ様を追いかけ続けると思っていただけに意外でした。行きの道中でずっと口を利いてもらえなかったので、さすがに心が折れたのかもしれません。
男子生徒たちは、薪割り体験の後、それぞれの班で火起こしに挑戦しています。
ミカドラ様は気怠そうに働いています。サボらないだけで偉いと思ってしまいました。ルヴィリス様に、きちんと行楽会に参加していたと報告しましょう。
……ニールさんとジグトさんが見かねて、ほとんど作業を代わっていましたけど。
「じゃあルルさんは鍋を見ていてもらえますか。時々かき混ぜて、灰汁が出たらすくって捨ててくださいね」
「ミカドラ様、僕らで水を汲んできますので、火の番をお願いします」
図ったようなタイミングで、私とミカドラ様が焚火のそばで二人きりになりました。
「…………」
「…………」
近くにキサラさんがいますし、他の班の目もあります。やはりいつものようには会話できませんよね。
でも、なんだか楽しい。
お互いに鍋や火の様子を見るふりをして目を合わせました。
自然と笑みが零れそうになるのを堪えて、ぱちぱちと火が爆ぜる音を聞きながら、不思議な時間を味わいました。




