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怠惰な銀狼と秘密の取引  作者: 緑名紺


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53 噂

 

 行楽会を翌週に控えた日曜日の午後。


「え、参加されるのですか?」

「なんだその反応。悪いか?」


 仮病で欠席するつもり満々だったミカドラ様が、急に行楽会への参加を表明したのです。驚くなというのは無理な話です。


「いえ、良いことだと思います。ですが、どうして心変わりされたのですか? 長時間歩くのも、団体行動もお嫌なのでは?」

「嫌だ。心の底から休みたい」

「では、なぜ……?」


 私は密かに期待していました。

 同じ班になれたから気まぐれを起こしてくださったのではないか、と。

 ……そんなわけないと思いますが、他にめぼしい理由が見当たらないのです。


 私が知らないだけで、ルヴィリス様やアルテダイン殿下に参加を促されたのでしょうか。それとも他に何か特別な目的が?


 ミカドラ様は面白くなさそうに顔を背けました。


「言いたくない」

「そんな……」

「俺が参加するとルルに何か不都合があるのか?」


 そんなことありません。もちろん嬉しいです。

 いつものように会話はできないでしょうが、学院で交流できる機会は滅多にありません。美しい紅葉を一緒に観られたら良い思い出ができると思います。

 ……ただ、同じ班にはジュリエッタ様がいます。きっとミカドラ様の気を引こうと張り切るでしょう。それを間近で見ることになるのは、少々憂鬱です。

 それらの気持ちを飲み込んで首を横に振ると、


「なら気にするな」


 と、それきり会話を打ち切られてしまいました。

 謎は残りましたが、ミカドラ様がせっかく学院行事に参加するというのです。それ以上追求しないことにいたしました。






 そして迎えた行楽会当日。

 雲一つない良い天気です。風は穏やかで、日差しもそこまで強くなく、歩きやすい気候と言えます。


 早朝に学院に集合しました。

 今日は制服ではなく、各自動きやすい私服を着ています。

 焚火をすることを考慮せよ、と言われているので、ひらひらしたスカートを履いている方はいませんね。女子生徒のほとんどが装飾のないパンツスタイルです。私も乗馬の授業で着ている服を選び、靴も運動用のものです。

 荷物は水筒とタオルくらいで、後で使う調理器具や食材などは、学院側が用意してくれます。救護用の馬車も並走するそうなので、具合が悪くなっても安心です。


 いつもと違う特別な行事に、周囲は浮足立っています。昨日まで憂鬱そうにしていた女子生徒も、覚悟を決めたのか心なしか吹っ切れたような顔つきになっています。


「おはよう。はぁ、やっぱりルルさんも同じ班が良かったわ」


 アーチェさんに挨拶を返し、私は苦笑しました。


「そうですね。ご一緒できなくて残念です」

「ルルさんがいないと、ギスギスしそう。大丈夫かしら」


 アーチェさんは、ヘレナさんとマギノアさん、そしてヒューゴさんと同じ班です。私の親しい人ばかりなので少し羨ましいです。


「きっと大丈夫ですよ」


 婚約についての一件以来、アーチェさんとヘレナさんの仲はぎくしゃくしていますが、班長のマギノアさんはしっかりしていますし、ヒューゴさんは女子生徒には優しいので険悪な雰囲気にはならないよう立ち回ってくださるはず。


 ふと、女子生徒の悲鳴が局地的に聞こえました。

 なんとなく予測はできていましたが、ミカドラ様の登校による歓声でした。大半の予想を裏切り、ミカドラ様が行楽会に参加されると分かり、皆様色めきたっています。


「あら、絶対休むと思ってたわ。珍しい」

「そ、そうですね。意外です」

「ミカドラ様の意外な行動と言えば……」


 アーチェさんは悪戯っぽく笑って私にそっと耳打ちしました。


「休暇中に公爵領の町で、女の子とご機嫌にデートしてたらしいわよ」

「!?」


 心臓が止まるかと思いました。

 それは多分、いえ、絶対に私のことです!


 アーチェさんのお家はミジュトの町の商店と取引があるらしく、その情報を小耳に挟んだそうです。


「気になるけど、相手のことは分からないわ。まぁ、使用人や町の女の子と遊んでいただけかもしれないし、下手に詮索はできないわよね。迂闊な噂を流して、ベネディード家の不興を買ったら大変だもの」


 青ざめて絶句する私にアーチェさんは満足げでした。


「ルルさんにだから話したの。絶対に内緒よ。誰かに言いたくてたまらなかったの。ああ、すっきりした!」


 上手く笑えた自信がありません。出発前から冷や汗で脱水症状になりそうです。

 迂闊でした。いえ、あれだけ堂々と二人で町を歩いたのです。噂になることは十分に想像できたことですが、浮かれて油断していました。


「時間ですよ! 班ごとに集まって、班長が点呼を取りなさい!」


 教師の号令に、アーチェさんが名残惜しそうに手を振りました。


「じゃあね、ルルさん。向こうで時間があったら一緒におやつを食べましょ!」

「は、はい。では、また後で……」


 私はふらふらした足取りで班長さんの元へ向かいました。


 噂になりかけていることを、ミカドラ様にお伝えして相談すべきでしょうか。

 いえ、アーチェさんですら自重して私以外には話していない様子でした。今すぐに噂が広まりはしないでしょう。デートの相手が私だとバレる心配もまずないです。

 大丈夫。とりあえず、落ち着きましょう。どのみち今日はミカドラ様とお話しできません。


「おはようございます、ミカドラ様。本日は絶好の行楽日和ですわね! ご一緒できて嬉しいですわ!」


 集合場所で、ジュリエッタ様が歓喜で頬を桃色に染めて挨拶をしましたが、ミカドラ様は一瞥して小さく舌打ちをしました。相変わらず柄が悪いです……。

 早速班の雰囲気が悪くなりそうな気配に、班長を引き受けてくれたニールさんが強引に二人の間に入りました。なんて勇気ある行動でしょう。


「お、おはようございます。本当に良い天気ですし、全員揃って良かったです。今日はよろしくお願いします!」

「……ああ。よろしく頼む」


 ニールさんと、もう一人の男子生徒のジグトさんは、ミカドラ様から普通に返答があって、あからさまにほっとしていました。内心ではミカドラ様が参加することに激しく動揺しているでしょう。


 思えば、ミカドラ様がヒューゴさん以外のクラスメイトと喋っているところは、ほとんど見たことがありません。とても貴重な光景です。


 ちらりとミカドラ様が私を見ました。


「よ、よろしくお願いいたします」


 私が慌てて他人行儀な礼をすると、ミカドラ様は少し怪訝な表情をしましたが、目で頷くに留めました。

 女子生徒とは基本的に口を利きませんからね。嬉しいような寂しいような、複雑な心境です。




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