47 公爵領へ
ベネディード公爵領は王国貴族領一の広さを誇り、独立して国を名乗っても違和感がないほど栄えています。領地の中央にあるミジュトの町は第二の首都と呼ばれているくらいです。
ネルシュタイン王家からの比類なき信を得ているからこそ、これほどまでの力を持つことを許されているのでしょう。反逆の心配をされないというのはすごいです。
「わぁ……」
初めて訪れたミジュトの町に、私は感嘆の声を漏らしました。
立派な砦と、綺麗な道。人々の雰囲気は明るく幸福の気配がいっぱいで、時の流れが穏やかに感じます。
「気に入ったか?」
「はい、素敵な町ですね」
ミカドラ様は私のために馬車を少し停めさせて、町並みを見せてくださいました。
王都より建物の密度が高くなく、暮らしやすそうな町です。馬車同士も悠々とすれ違えるほど道幅が広く、渋滞の心配はなさそうです。
国が発展することを見越して町を設計してあったそうです。これも魔力のおかげなのかは分かりませんが、先祖代々先見の明があったのですね。
「ルル。将来、王都とこの町のどちらで暮らしたいか考えておくといい」
ルヴィリス様が爵位を継いだのはごく最近のことで、それまではお城で国政のお手伝いをしていらっしゃいました。その引継ぎが完全ではないのと、ミカドラ様が学院に通っている関係で王都に長く留まっていますが、そのうちこの町に腰を据えて本格的に領主の仕事をすると聞いています。
今は先代のご当主様――ミカドラ様のおじい様と優秀な部下たちによって、王都でも領主の仕事が万全にできるように整えてもらっているとのことです。
ルヴィリス様はまだお若いので、ミカドラ様が爵位を継ぐのはだいぶ先の話になりそうです。私はルヴィリス様の下で領主の仕事を学ぶつもりでいましたが、王都に残って公爵領のため働く道もあるでしょう。どちらにせよ、いつかはこの町を守る役目を引き継ぐのだと思うと、肩がずっしりと重くなる心地がしました。
「ミカドラ様はどうなさるのですか?」
「俺はどちらでも。ルルが決めればいい。実際に働く方に合わせるべきだろう」
何気ないやり取りでしたが、私にとっては大きな意味を持ちました。
今の言い方ですと、ミカドラ様は将来的に私と暮らしてくださるということですよね。取引で成り立つ形だけの夫婦ならば、常に一緒にいる必要はありません。
世間体を気にしてなのかもしれませんし、いつかお気持ちが変わるかもしれませんが、未来に希望が持てました。
ミジュトの町の高台に、森に囲まれたベネディード家の屋敷があります。
聞いてはいましたが、王都の公爵邸と同じ規模の大きさです。
屋敷の裏手の森にあるという湖にいつか行ってみたいものです。ミカドラ様の絵と同じ風景を実際に見てみたいのですが、新学期を控えていて今回はあまり時間に余裕がありません。
何より、訪問の第一目的はミカドラ様の付き添いです。
「いらっしゃい。こんなに早く再会するとは思わなかったわ」
玄関でミラディ様が出迎えてくださいました。
公爵領に行くという連絡はしていましたが、用件は伝えていません。しかしミラディ様の慈愛に満ちた瞳を見る限り、察しているようです。
ミカドラ様はバツが悪そうにしつつ、一歩前に出ました。
「言い忘れていたから言いに来た。……婚約おめでとう」
「ふふ、ありがとう。嬉しいわ」
「もしシロタエに渡って嫌なことがあったら、いつでも帰ってきていいから」
ミラディ様はミカドラ様を軽く抱きしめて背中を叩いた後、高慢な仕草で笑いました。
「わたくしも銀狼の娘よ。見誤らないわ。どんな厳しい土地でも勇ましく生きていく」
「姉上……」
「でも、可愛い弟夫婦には会いに来るわ。あなたたちも早く正式に婚約なさい。できればわたくしがこちらにいる間に堂々と祝福したいのだけど?」
私は苦笑いを返しました。
「……そのためには、私も父に報告しないといけませんね」
今回のことで思い知りました。娘がいきなり結婚相手を連れてきた時、家族がどれだけ衝撃を受けるのか。
私とミラディ様では家族との付き合い方が全く違いますが、それでもルヴィリス様の落ち込みようを見てしまったので、お父様がどう反応するのか心配になってしまいました。
お慕いしている方がいることは伝えましたが、まさか公爵家の跡取りだとは想像もしていないでしょう。最近の父の手紙にはさりげなく相手を探ろうとする質問が書かれていますが、私は相変わらず言葉を濁していました。
私がミカドラ様とのことを隠しているのは、家族関係に決定的な亀裂が入ると思ったからです。
しかし、一年末の休暇の際の新しいお母様との軋轢を思うと、もう気にする必要はないかもしれません。
やはりそろそろ家族には打ち明けた方が良いのでしょうか。お父様ならさすがに口止めに応じてくれるでしょうし……。
ですが、ミカドラ様にまたアーベルの領地まで来ていただくのも申し訳ないです。お父様が仕事で王都に来るときに時間を作っていただく、というのも親を敬っていないようで心証が悪くなってしまうかもしれません。
「こちらから足を運ぶのが筋だろう。俺はいつでも構わないからな。二学期末の休暇にするか?」
相変わらず私の考えが見透かされています。
それでいて私を見る目が優しいので、二重の意味でドキドキしてしまいました。
「はい。申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」
公爵領には私もご挨拶をすべき方々がいらっしゃいます。
「きみがルルさんか。よく来てくれたな。話は聞いておるぞ」
「初めてお目にかかります。ルル・アーベルと申します」
前当主で隠居中のディアモンド・ベネディード様。
「ご無沙汰しております、ロザリエ様」
そして、昨年からほとんどお話しする機会のないままだったロザリエ・ベネディード様。
ミカドラ様の祖父母を前に、私は背筋を伸ばしました。




