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怠惰な銀狼と秘密の取引  作者: 緑名紺


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45 神秘の商人

 


 波乱です。嵐です。大事件です。

 ミラディ様の突然の結婚宣言に一同凍りつきました。ルヴィリス様に至っては時が止まってしまったかのように目を見開いたまま瞬きもしていません。そのまま「詳しい話は席についてしましょう」と晩餐の席へ連れて行かれてしまい、ミカドラ様も険しい表情をして後に続きました。

 出迎えのために集まった使用人たちは内心の衝撃を口に出さぬようにしつつ、慌ただしくそれぞれの持ち場に戻っていきました。きっと今夜はこの話題で持ちきりでしょう。


 私も呆然としたまま部屋に戻り、あらかじめ用意していただいた夕食を一人でいただきましたが、気もそぞろでした。

 ミラディ様とヤクモ様の馴れ初め……いつ何がどうなって結婚という話になったのか気になって仕方ありません。


 翌朝。


「お、おはようございます。遅くなって申し訳ありません」


 なぜか私も朝食の席に呼ばれました。

 一番奥にルヴィリス様、入って左側にミラディ様とヤクモ様、そして右側にミカドラ様が座っています。私はミカドラ様の隣の席に着くように案内されました。

 対面の席のヤクモ様がお手本のような友好的な笑顔を見せてくださいました。さすがシロタエ皇国を代表する商人さんです。


「おはよう、ルルちゃん。急に呼んでごめんね。昨日きみも聞いていたと思うけど、改めて紹介するよ。イワカガミ商会のヤクモ殿だ。この度ミラディの…………くっ」


 言葉をつまらせ、ルヴィリス様が俯きました。その悲痛な様子が全てを物語っています。

 対称的にミラディ様とヤクモ様は、眩いほどに溌剌としていました。


「彼、正式にわたくしの婚約者になったから。身内になるのだし、ルルのことを隠さず紹介したいと思ったの」

「おはようございます、ルルさん。あなたがミカドラくんの将来のパートナーですね。義理とはいえ、きょうだいとなるのです。仲良くしてください」


 私はどのような顔をすべきか判断できず、曖昧に微笑んで挨拶をしました。


「ルル・アーベルと申します。えっと、その……ご婚約おめでとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします」

「ふふ、ありがとう」

「よろしくです」


 もっと気持ちを込めてめいっぱい祝福したいのですが、ルヴィリス様の前では躊躇われ、歯切れの悪い言い方になってしまいました。ミカドラ様もどうやら機嫌が悪いご様子ですし……。

 微妙な空気の中、朝食が給仕され始めました。


「来年には結婚してシロタエに渡る予定よ。それまでは公爵領にいることが多くなると思うわ。ヤクモは公爵領で仕事をしたいそうだし、わたくしも残りの時間はできるだけお母様のおそばにいたいのよ」

「そうなのですか……寂しくなります」


 ミラディ様が海の向こうの国に行ってしまいます。いつかどこかに嫁入りされるのは分かっていましたが、何もかもが急すぎます。

 私でさえこんなにも落ち込むのです。ルヴィリス様とミカドラ様のお気持ちを想うと……。


「じゃあ、今日は若者たちで交流を深めるといいよ……僕は、出かける用事があるから」


 食後、ルヴィリス様はどんよりとした空気を纏ってお仕事に行かれました。

 私たちはサロンに移り、お茶をいただきながらもう少しお話しすることになりました。ミカドラ様はテーブルにつかず、近くのソファにだらりと寝そべりました。


「ミカドラ。寝るのなら部屋に戻ったら?」

「…………」

「安心なさい。今は、ルルに聞かせて困るような話はしないわ」


 ミカドラ様はむっとして、そのままクッションに顔を埋めました。結局、出て行きはしないようです。


「気まずい思いをさせて悪いわね、ルル」

「いえ……ですが、大丈夫なのですか?」


 ルヴィリス様もミカドラ様もお二人の結婚を全く喜んでいなさそうです。それでも平然とされている辺り、ミラディ様もヤクモ様も精神が鋼です。


「わたくしを溺愛するお父様のことだもの。きっと誰が相手でもああなるわよ。ミカドラの反応は少し意外。まさか怒るとは思わなかったわ」

「え?」


 不機嫌な時はありますが、ミカドラ様が感情を荒立てたところは見たことありません。それほどまでにミラディ様の結婚がお嫌なのでしょうか。


「こんなにも美しい姉君を突然知らぬ男に娶られることになったのです。拗ねてもフシギはありません。何もかもが気に食わないと感じるお年頃でもありますし」


 ヤクモ様はのほほんと頷き、ミラディ様はくすぐったい声で笑いました。


「そうなら可愛いけれど。後でルルが慰めてあげて。お父様のことも頼むわね」

「姉上。勝手なことばかり言ってないで、ルルに説明するなら早く終わらせてくれ」


 ミカドラ様の抗議に、ミラディ様は肩をすくめました。


「長々と説明することでもないわ。わたくしがヤクモの噂を聞いて、興味を持って、手紙で呼びつけたのよ。でも『仕事ですぐに会いに来られない』と返事が来てね、そのまま手紙でやり取りを続けて、いろいろと相談をしているうちに、面白いし悪くないと思ったの」


 ヤクモ様の噂と、ミラディ様の相談事。

 その肝心な部分をはぐらかされているせいか、文通で始まった素敵なご縁に対して、素直にときめくことができませんでした。

 ミカドラ様が私に聞かれて困るのはこの部分でしょうか。


 お茶の香りを堪能しながら、ヤクモ様がゆったりとした口調で言いました。


「ワタシの本業は占い師なのです。よく当たりますよ。占術を使って商いをした結果、商人としてカッコたる地位を築いたのです。この力でたくさん稼がせていただきました。まぁ、それ以外に取り得がないのですがね」

「占い……?」


 それは意外な切り口でした。


「シロタエ皇国は神秘の島国。ワタシの一族は先祖代々白狐様の加護を受けています。大陸にはもうほとんど地神様はおられず、人々の魔力も枯れているので、実感しづらいと思いますが……大いなる存在はこの世界から消えてはいません」


 穏やかに微笑むヤクモ様の金色の瞳はどこまでも澄み切っていて、見つめていると吸い込まれそう……話の内容と相まって鳥肌が立ちました。

 失礼な例えで申し訳ないですが、ヤクモ様に“幸運を呼ぶ壺”を紹介されたら、思わず買ってしまいそうなくらい、それらしい雰囲気があります。


「ルルさんは、神の存在を信じていますか?」

「えっと……そうですね。熱心に信仰しているわけではありませんが、見守ってくださっているのではないかと思って生きています」


 たとえその場に誰もいなくても、神様は見ているのではないか。良いことをすればご褒美をくれて、悪いことをすれば罰が与えられる。だから誠実に生きようという気になります。


 一方で、お母様が事故で亡くなった時には、神様なんていないと恨んだこともありました。

 お母様は理不尽に死んでしまうような悪いことは絶対していないはずなのに、どうして。


 ……神様はいて下さると思いますが、一個人の幸不幸を決定するようなことはしないのでしょう。

 そう思わないと私の中で整合性が取れません。


「ルルさんは純粋な方ですね。泉のように清らかで透き通っていて、しかし水底には硬い石が敷き詰められている。心が濁りにくそうで、とても良いですね」

「え? あの――」

「ミカドラくんとは相性バツグンですよ。彼は近づく者を焦がす閃光のような性質を持っている。しかし泉に差し込めば光も柔らかくなるものです。お二人は似ているところと正反対のところがあり、どんな苦難に見舞われても、お互い支え合って生きていけるでしょう。ただし、依存のし過ぎは危険です。どちらかが揺らぐとき、一緒に倒れてしまわぬようにお気を付け下さい」


 もしかして私たちのことを占っていただいたのでしょうか。

 だとしたら、ミカドラ様との相性が良いという部分がとても気になります!


「誰にでも当てはまるような適当なことを言ってルルを惑わせるな」


 ミカドラ様の鋭い一声に、ヤクモ様が苦笑します。


「これは手厳しい。ですが、ウソは言っていません。……話が逸れてしまいましたね。ミラディさんはワタシのこの力に興味を持ってくださった。ワタシもミラディさんとベネディード家の運命に惹かれるものがあったのです。お互い一緒にいることで豊かになる。まさに良縁です」

「はぁ……」


 やはりヤクモ様も肝心な部分は話してくださいませんでした。

 ベネディード家の運命。それが全ての鍵になるような気がするのですが……。


「まぁ、正直に申し上げて、ネルシュタイン王国一の大貴族と縁を繋げるうえに、絶世の美女であるミラディさんを妻にできる機会を逃すほど馬鹿ではありません。実際にお会いして、ワタシ好みの気が強くて高潔な方だということも分かりました。年下の女性に詰られるなんて最高です。この力をあまり悪用せず、真面目に生きてきて良かったです。ありがとう、我が神よ……」


 うっとりと天に感謝を捧げるヤクモ様からは、すっかり神秘的な雰囲気が薄れてしまいました。

 欲望に忠実ですね。そこは商人なので仕方がないのかもしれません。


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