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怠惰な銀狼と秘密の取引  作者: 緑名紺


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44 お客様

 


 いつになく充実した長期休暇を過ごしていました。

 お父様とお母様の目を気にせず好きなだけ勉強できて、ずっと気になっていた領地の運営について実践的に教えていただけるようになり、ルヴィリス様やミラディ様ともほとんど緊張せずにお話しできるようになってきました。

 休みの日はマギノアさんと図書館で勉強したり、お勧めされた小説を読んで楽しんだり、盤戯の新戦術を考えたり。


 中でも特に嬉しかったのが、ミカドラ様とも毎日気兼ねなくお会いできることです。

 朝も昼も夜も一緒に食事をして、休憩時間には他愛のないお喋りをして、話すことが尽きてもなんとなく同じ空間で過ごして……。

 以前の休暇でもそれは同じだったはずなのに、恋心が芽生えただけで全てが特別なことのように感じます。


 ……結婚したら、毎日このように過ごせるのでしょうか。夢のようです。幸せすぎてどうにかなってしまいそうでした。






 ミカドラ様と一緒に過ごす約束をした最初の日。

 良い天気だったので乗馬をすることになりました。

 公爵家の騎士団の厩舎にいるお気に入りの馬たちを紹介してもらい、ミカドラ様が馬を駆けさせるのを拝見し、私自身も鞍に跨って演習場をぐるりと散歩したのです。


 学院の馬術の授業とは感覚が全く違いました。

 騎士団の所有する馬というだけあって、馬体が大きいのです。正直に申し上げて乗るのが少し怖かったのですが、ミカドラ様と騎士の方が横で馬を制御して歩いて下さったので、幾分か安心していられました。


「若様、せっかくですからお嬢さんと二人乗りされたらどうですか? すぐ鞍の準備をしますよ」


 そう提案されたのは、ヒューゴさんとペイジさんのお兄様・バレットさんです。なかなかお会いする機会がなくて、今日初めてご挨拶できました。

 騎士団の副団長を務める屈強な男性で、中性的な雰囲気を持つ弟のお二人とはあまり似ていません。美形というよりは男前と表現した方が適切でしょうか。三兄弟の共通点と言える優しい笑顔のおかげで恐ろしさはありません。


 ミラディ様曰く、「三兄弟の中で最も女泣かせで危険な男」とのことです。危ない方には見えないのですが、何か裏の顔があるのでしょうか?


 それにしても二人乗り……恋愛小説では定番のシチュエーションです。

 私は前に座るのでしょうか? それとも後ろ?

 想像してみましたが、どちらにしても密着する体勢になります。正気を保っていられる自信がありません。


「今日は………………やめておく」


 ミカドラ様は私の赤くなっているだろう顔を見てから、バレットさんを軽く睨みました。学院では背が高い方のミカドラ様ですが、バレットさんに対しては見上げる形になります。心なしか悔しそうでした。


「分かりました。また今度ですね!」


 バレットさんは私が馬から降りる際、軽々と持ち上げて地面に降ろしてくださいました。もう子どもではないと思っていましたが、久しぶりに自分が子どもだということを実感させられました。


「またいつでも遊びに来てください。お待ちしています!」


 大きく手を振って最後まで丁寧に見送ってくださいました。

 バレットさんは物語の騎士のイメージよりも、子どもに優しい気さくなお兄さんという感じがして、なんだかとても和みました。


 屋敷に戻る道で、ミカドラ様に釘を刺されました。


「バレットは三兄弟の中では一番性格が良いんだが、天然の女たらしだ。本人は口説いてないと言い張っているが、誰にでも優しくて距離が近いせいか、周囲の女を根こそぎその気にさせる」

「それはすごいですね」

「ああ。自称恋人を名乗る女が五人鉢合わせした修羅場は、騎士団の語り草だ。巻き込まれないように気をつけろよ」


 気をつけようがないような……。

 裏がないのに危険な方だという理由はよく分かりました。


「まぁ、剣の腕はずば抜けていて、王国でも三本の指に入るくらいだ。ベネディード家への忠誠心も篤い。身の危険を感じたらとりあえずバレットを頼れ」


 バレットさんは剣の大会で何度も優勝し、平民でありながら王国騎士団に勧誘されるくらいお強いとのこと。大恩のあるルヴィリス様に一生の忠義を捧げているため、信じられないような好待遇を用意されても即お断りされたそうですが。

 本当に公爵家は優秀な人材の宝庫ですね。歴代の当主様たちのスカウトセンスと人徳が凄まじいです。


「ルルは今日、楽しかったか?」

「はい、とても! ありがとうございました」


 乗馬されているミカドラ様は貴公子そのもので大変格好良かったです。

 もっと広い草原を一緒に駆けられたら素敵だな、などと妄想してしまいました。

 いつかは二人乗りも――。


「俺と二人乗りがしたかったか?」

「っ!」


 見透かされたようなタイミングでした。咄嗟に言葉が出ません。

 まんまと面白いものを見る目を向けられてしまいました。


「ご期待に添えず悪かったな」

「いえ、そんな、私は別に……」


 ミカドラ様は小さくため息を吐き、ぼそりと言いました。


「ああいうのは、ある程度身長差がないと格好がつかない。乗り降りをバレットに手伝ってもらうのもダサいだろ。あと二、三年待て」


 確かに今の体格で二人乗りをすると、顔が近すぎて気まずいかもしれませんが……それよりも二、三年後には二人乗りしてくださるということでしょうか。

 成長したミカドラ様を想像してしまい、さらに動揺は大きくなります。

 何を言っても墓穴を掘りそうだったので、私は頷く動作だけに留めました。






 そのような幸せな休暇中に、突如その事件は起こりました。


「お客様がいらっしゃるのですか?」

「ああ。シロタエ皇国の商人だそうだ。面倒くさい……」


 シロタエ皇国からやってきたお客様が急遽公爵邸に滞在することになったのです。

 ルヴィリス様は急な予定変更で珍しく慌てていらっしゃいましたし、お迎えするための準備で屋敷中がバタバタしていました。


 かの国とは海を挟んでいますが、交易が盛んで我が王国とも友好的な関係を築いています。本来ならお城に招かれるような有名な商人らしいのですが、なぜか今回はベネディード家が歓待することになったのです。


「どうやら姉上が招いたらしい。何かこそこそ動いているとは思っていたが……嫌な予感がするな」


 歓迎のための晩餐会に強制的に参加させられることになり、ミカドラ様はご機嫌斜めでした。

 さすがにサボることはできませんね。相手の心証を悪くしてしまいます。


 それにしても、ミラディ様は何か欲しいものがあるのでしょうか?

 シロタエ皇国は金や織物や海産物などが有名で、他にも大陸の国では見られない独特の文化を持つ国です。

 外国語を習う時間、一時期シロタエ皇国で働いていたペイジさんから当時のお話をよく聞かせてもらうので、今回のお客様に私は大いに興味がありました。


 ……ということで、私もお客様のお出迎えの場を拝見する許可をいただきました。

 広々とした公爵邸の玄関で、侍女の列の目立たない位置に立ちます。


「ようこそいらっしゃいました」

「ベネディード卿、お招きカンシャします。イワカガミ商会のヤクモと言います。お会いできてコウエイです」


 ヤクモ様は少し片言の大陸語で挨拶されました。

 城に招かれてもおかしくない商人ということで、年配の方を想像していたのですが、意外にも代表者は若い男性です。まだ二十歳くらいではないでしょうか。

 見事な白髪に日に焼けた肌、金色の目が印象的です。シロタエの民は黒髪黒目が一般的だと聞いていたので、さらに驚きました。

 ヤクモ様もそのお付きの方々もゆったりとしたローブのようなものを纏っています。シロタエの民族衣装でしょうか。エキゾチックです。


「ナルホド。大陸の人にしては“強い”ですね」


 ヤクモ様が目を細めると、ルヴィリス様とミカドラ様が訝しげな表情を見せました。まるで目に見えない何かを感じ取って警戒したかのようでした。

 そんな中、ミラディ様だけが不敵な微笑みを返します。


「ふぅん。手紙に書いていた通り、まぁまぁ男前ですのね」

「おお、ミラディさん! あなたは噂に違わぬ……いえ、噂以上の美しさですね。とてもステキです」

「そう。ヤクモ、あなたも悪くないですよ。わたくしの好きな顔だわ」

「お気に召していただけて何よりです」


 年下の美少女に高慢に容姿を褒められ、ヤクモ様はご満悦といった表情を浮かべました。


「では、約束通りに?」

「ええ、構わないわ」


 ミラディ様とヤクモ様は初対面とは思えないほど打ち解けた様子で微笑み合いました。


「話が見えないんだけど……ミラ、ヤクモ殿とはどういう関係なのかな?」


 ルヴィリス様が不安そうに尋ねました。その場にいるほとんどの人間は息を呑んだでしょう。何かとんでもないことが起こる予感でいっぱいです。


 迷いも躊躇いもなく、ミラディ様は艶やかに宣言しました。


「お父様。わたくし、彼と結婚することに決めたわ。認めて下さる?」




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