43 長期休暇の予定
二年生の一学期末の試験が終わりました。
手応えを感じていたところ、やはり順位が少し上がっていました。
数術のテストは、問題を解くスピードも重視され始めたのか出題数がぐんと増えたので満点は取れませんでしたが、時間が足りなくなった最後の一問以外は全て正解でした。
最後の一問も後で難なく解けましたし、自分の成長が目に見えて嬉しいです。
ちなみにミカドラ様は昨年同様期末試験をサボり、あろうことか神殿に書物を読み漁りに行っていたらしいです。神様に呆れられていないと良いですが……。
ミカドラ様と生徒指導室で遭遇して一年が経ちました。
思い返せばいろいろなことがありましたが、まだ一度もミカドラ様と取引したことを後悔していません。
己の幸運を噛みしめ、ミカドラ様と公爵家に恩を返せるようこれからも努力を怠らず邁進いたします!
一学期の最終日、教室は浮足立っていました。
どこに行く、何をする、誰と過ごす……誰もが長期休暇の予定を楽しげに語っていました。普段はギスギスしていることが多いクラスですが、今日はいつになく平和ですね。一部女子生徒は自慢合戦をしていますが、それくらいは可愛いものです。
「ルルさんはいつご実家に帰るか決めたの?」
「それが、まだ予定が決まっていないんです。家とお手伝いの都合が調整できなくて」
この長期休暇は実家に帰らないと決めていましたが、ずっと王都にいる保証はありません。万が一、王都で暮らすヘレナさんと休み明けに話が食い違っては困ります。だから実家に帰る可能性を匂わせておきました。
王都にいる知り合いの仕事を手伝って働いている、という設定のおかげもあって、不審がられませんでした。
「そうなのね。わたしも日によっては別荘にいるかもしれないけれど、もし良かったら手紙をくださいね。王都にいる間に都合が合えば、お茶や買い物をいたしましょう」
「はい、ありがとうございます。アーチェさんは……」
「ごめんなさい、あたしは父と一緒にいろいろ回るから王都にはあまりいないの。お土産を期待していて」
ヘレナさんもアーチェさんも長期休暇に胸を躍らせています。
私も今年は純粋に楽しみです。
実家に帰らず、休暇の間はずっとベネディード家のお世話になるのです。
またご迷惑をおかけするのは申し訳ないですが、思う存分勉強と仕事の研修ができます。先日、ルヴィリス様の指示でペイジさんが休暇の予定表を作ってくださいました。普段とは違うことも教えていただけそうで、とても充実した日々を過ごせそうです。
……何より毎日ミカドラ様とお会いできるのだと思うと、自然と頬が緩みます。気まで緩んでしまわないよう気をつけないと。
そう言えば、お父様からは「本当に帰って来ないのか」と手紙が届いていましたが、「帰りません。お気になさらず」と返事を書きました。新しいお母様も臨月に近いですし、きっと私に構っている暇はないでしょう。休暇の間に出産祝いの品を見繕っておきたいです。
担任教師から休暇に関する諸注意を聞き、課題をもらい、ようやく解散となりました。
名残惜しむように、あるいは晴れ晴れとした表情で、皆さん教室を出て行きます。
「……ルルさん」
ヘレナさんとアーチェさんと別れた後、寮に戻ろうとした私に声がかかりました。廊下の柱の陰からマギノアさんが手招きをしていました。
……あのアルテダイン殿下との対戦の後、案の定私はマギノアさんから厳しく尋問されました。
二人で何を話したのか、ひいてはなぜ殿下が私との対戦を望んだのか確認したかったのでしょう。
もちろんミカドラ様とのことについては話せません。
なので、大変申し訳なかったのですが、マギノアさんに恥ずかしい思いをさせてしまいました。
『殿下とは、マギノアさんのことをお話ししました』
『え……アルト様が、私のことを?』
『その、殿下は以前マギノアさんが“同じクラスに気になっている子がいて、友達になりたい”と言っていたことを思い出され、それを私のことだと思われて興味を持ったようでした。ずっと心配されていたらしく、私にこれからもマギノアさんと仲良くしてほしい、と……』
その時点でマギノアさんのお顔は真っ赤になっていました。
想いを寄せている方に交友関係について心配されたのです。その上私からそのことを聞かされる恥ずかしさたるや、想像を絶します。私も少し恥ずかしかったです。
『きっと私のことではないと思ったのですが、訂正する機会がなくて……申し訳ありません』
『そ、そんな、ルルさんが謝る必要がないわ。もうアルト様ったら、なんでそんなこと話すのかしら! 信じられない!』
それから少し気まずい空気が流れた後、私たちは同時に口を開きました。
『あの、私でも良ければお友達に』
『ルルさんのことよ。ずっと気になっていたの』
……そこからさらに羞恥に満ちた会話がありましたが、割愛します。
私たちは晴れて友情で結ばれました。
ミカドラ様との本当の関係を隠したままというのは心が痛みましたが……マギノアさんもアルテダイン殿下へのお気持ちを誤魔化しました。
『私は臣下の娘としてアルト様にふさわしくない者が近づくのが許せないだけで、特別な感情は抱いていないわ。勘違いしないで!』
お互いに隠し事があるので、おあいこということにさせてください。
「マギノアさん、ごきげんよう。どうされました?」
基本的にマギノアさんは私が一人の時にしか話しかけてきません。ヘレナさんたちに遠慮しているようです。
私から親しげに話しかけるのも躊躇われ、結局いつも盤戯クラブでしかお話しできないのです。休みに入る前のご挨拶は昨日のクラブでしたのですが、もう一度顔を見に来てくださったのでしょうか。
私が歩み寄ると、マギノアさんはもじもじしていました。
「その、さっき少し聞こえたんだけど、休暇の間、王都に残るなら、課題を一緒にやるのはどうかと思って……」
「え」
「基本的には別々にやるのよ? 一人で黙々とやった方が効率いいし、答えを写し合って楽をしようという考えは大嫌い。でも、第三者の意見を聞いた方が有意義なものになりそうなレポートもあるでしょう。二人でいれば休憩に息抜きもできるし……王立図書館には行ったことあるかしら? 学院の図書室よりも多種多様な文献があって、一日中居ても全く飽きずにいられるの。恋愛小説だって最新のものが置かれていてね――」
急に早口でまくしたてられて、私は気圧されてしまいました。
これはもしや「休暇に会いましょう」というお誘いでしょうか。ヘレナさんのからの社交辞令の可能性が高いお誘いとは熱量が違います。
少し考えて、私は頷きました。
「ありがとうございます。ぜひご一緒させてください。えっと、直近ですと今度の土曜日なら一日大丈夫なのですが」
マギノアさんの表情がぱぁっと明るくなりました。私も嬉しくなります。
「そう、私もちょうど空いているわ。じゃあ、土曜日の開館時間に図書館の東入り口で。場所は分かる? 迎えを出しましょうか?」
「い、いえ、大丈夫です」
公爵邸に迎えにきてもらうわけにはいきません。
マギノアさんは私の焦りを気にした様子もなく、「ではお互い良い休暇を」と心なしか軽やかな足取りで去っていきました。
「いつの間にかマギノアと随分と親しくなったようだな」
寮から公爵邸に移り、ミカドラ様にご挨拶に伺ったところ、お茶をいただくことになりました。
そこでマギノアさんとお勉強会の約束をしたことを話すと、ミカドラ様は少し面白くなさそうな顔をしました。
盤戯クラブでアルテダイン殿下と遭遇したことを報告した時は、安堵の表情を見せ、不憫なマギノアさんのお話に対して大笑いしていました。
幼い頃からミカドラ様が殿下と二人で遊んでいるのを羨んで、マギノアさんが度々喧嘩を売ってきたそうです。そこから何度も罵り合いになったこともあり、ミカドラ様もマギノアさんのことをあまりよく思っていないのだとか。
やはり、私はマギノアさんと仲良くすべきではないのでしょうか。
最初は私もミカドラ様を侮辱する方とは仲良くできないと思いましたが、いつの間にかこのようなことに……失礼を承知で言えば、マギノアさんは本当に不器用で放っておけないといいますか、もう少し知りたいと思わせる魅力があるのです。
困った時のための人脈作り、という打算を抜きにしてもこれからも交流を深めていきたいと思っています。
しかし、ミカドラ様が嫌な思いをされるのなら、付き合い方を考えないといけません……。
不安な気持ちが顔に出ていたのでしょう、ミカドラ様は小さくため息を吐きました。
「別に止めない。マギノアとの縁はお前の役に立つだろう。あいつは将来、働く女性の代表格になりそうだ。気が合うのなら仲良くすればいい」
「本当によろしいのですか?」
「ああ。もっとも俺との結婚を報せた時、その友情は終わるかもしれないが」
「う」
あり得そうで気が重いです。
ですが、誠意をもってお話しすれば分かってくださるかもしれません。簡単に諦めてはいけませんね。ミカドラ様も殿下と気まずくなってしまっていますが、仲直りできそうな気配がありますし……。
「一つ確認したいんだが」
「はい。なんでしょう」
「まさか、予定のない日は全てマギノアと遊ぶつもりじゃないだろうな?」
「……?」
ミカドラ様に軽く睨まれて、私は戸惑ってしまいました。
「いえ、さすがにそれは……マギノアさんもお忙しいでしょうし」
「多分あいつは暇を持て余している。断言するが、勉強会の後にまた次の約束を取り付けられるぞ」
「なぜ分かるのですか?」
「俺だったらそうするからだ」
答えになっているような、なっていないような。
「ほどほどにしておけよ」
「は、はい。ですが、お誘いいただけるなら理由もなくお断りするのは申し訳ないです」
私から視線を逸らして、ミカドラ様はこめかみに手を当てました。その表情はまるで何かに葛藤しているように見えます。
とても不本意そうにミカドラ様は言いました。
「いいか、ルル。これは嫉妬じゃない。マギノアとは違う。俺は自分の予定が狂わされるのが嫌なだけだ」
「はい?」
「休暇の間の予定表を出せ。あいつに誘われる前に先約を入れておけばいいだろ」
請われるままミカドラ様に予定表をお渡しすると、私の意見を聞きながら空いている日のいくつかに印をつけました。
そして、この印の日はミカドラ様と一緒に過ごす……そういう約束をしました。
「よろしいんですか? ミカドラ様のご予定を埋めてしまって」
「俺が忙しいと思うのか?」
「いえ、その日の気分で気ままに過ごされるのがお好きなようなので……」
「ああ。俺は好きなように過ごす。だからこれでいいんだ」
ミカドラ様が何を望まれているのか、分かりそうで分かりません。ですが、心臓の鼓動が早まっていきます。
「ルルは、迷惑だったか?」
私は大きく首を横に振りました。
嬉しいに決まっています。予め日付を決めて、一緒にいる約束をするなんて、なんだかまるで……。
ミカドラ様はご機嫌に微笑みました。
「何かしたいことや行きたい場所があれば言っておけよ。たまになら付き合ってやる」
「……はい」
楽しいことばかりの予定表を見て、私は胸がいっぱいになりました。




