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怠惰な銀狼と秘密の取引  作者: 緑名紺


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42 密談

 

 ……結局断れませんでした。

 私では相手になりません、と一応主張してみたのですが、優しい先輩方に「遠慮しないでいいよ。王子様と対戦できる機会なんて滅多にないから」と背中を押されてしまいました。これでは固辞するのが失礼になってしまいます。


 一番端のテーブルに陣取り、私と殿下は盤を挟んで対面に座りました。


「あまり見られていると、ルル嬢が緊張してしまうようだ。悪いが皆、いつも通り自分の対戦に集中してくれ」


 そう言って殿下はさりげなく人払いもなさいました。

 う、マギノアさんの視線が痛いです。オリマー先輩に一番離れたテーブルに連れて行かれ、膨れ面をしています。


「先手は譲ろう。お願いします」

「! よろしくお願いいたします」


 私は魂が抜けかけた状態で駒を動かしました。指先が震えます。

 殿下は盤上を見つめながら、小声で話しかけてきました。


「困らせてすまない」

「い、いえ、そんな、お気になさらず……」

「せっかくの機会だから、きみと少し話したかった」


 あまり誤解を生むようなことを口にしないでいただきたいです。

 私はちらりと周囲に視線を巡らせました。皆さん、言われた通りに自分の盤を見ていますが、やはりこちらに意識が向いているような気がいたします。

 殿下が何を話したいのかにもよりますが、ミカドラ様関連の話題ならば、会話が聞こえてしまうのは困ります。小声で話しても単語くらいは聞き取れてしまうのではないでしょうか。


 殿下は少し考えるようにして、呟きました。


〈シロタエの言葉は分かるか?〉

〈! はい、少しなら〉


 毎週公爵邸でペイジさんに実践的な会話術を習っていた甲斐あって、日常会話くらいなら聞き取れるようになりました。

 なるほど。外国語なら、単語を拾うのも難しくなります。よほどのことがない限り、会話内容が伝わることはないでしょう。


〈彼は元気にしているだろうか?〉


 駒を進めながら、殿下はどこか自嘲気味におっしゃいました。


〈はい。落ち込まれている様子の時もありましたが、今はいつも通りかと〉

〈そうか〉

〈あ、少し前に厄介なことに巻き込まれてしまったのですが、殿下のお力添えのおかげでなんとかなったとおっしゃっていました。感謝のお手紙が届いていませんか?〉

〈ああ。素っ気ない文章だったが。あの件に関しては、私の方が礼を言いたいくらいだ。おかげで警備隊の面子も守れた〉


 盤上は穏やかに進行していきました。お互いに相手の出方を窺っています。


〈それにしても、謙遜がすぎるな。少しどころか、とても流暢に喋れている。彼の隣に立つための努力は、実を結んでいるようだな〉


 殿下にお褒めいただき、私は舞い上がってしまいそうでした。しかし、あまり喜ぶと周囲の気を引いてしまいます。


〈ありがとうございます。しかし、まだまだです。彼はすごい人ですから〉

〈……そうだな〉


 少し悩む素振りを見せた末、殿下は私の陣に向けて駒を差し向けられました。


〈きみは、どこまで聞いている? それともまだ何も知らないのか〉


 確信めいた問いかけに私は息を呑み、王を守るために駒を固め始めました。


〈彼から秘密があることは聞いています。でも、いつか話すと約束してくださいましたので、待つことにしました〉

〈……怖くないのか?〉

〈怖いです。でも、私は彼を信じています〉


 殿下は手を止め、何かを言いかけましたが、恐れ多くも私は首を横に振って言葉を遮りました。


〈どうかご容赦ください。私は、彼の言葉で秘密を知りたいのです〉

〈……分かった。私からは何も言うまい。だが、全てを知ったら、彼と二人で私に会いに来てほしい。けじめをつけないといけない〉


 けじめ、とは……?

 気になりますが、これ以上深く尋ねると秘密の内容に関わってしまうような気がします。

 せっかくの機会なので、私は厚かましくもお願いをしてみることにしました。殿下がミカドラ様に対して怒っているようには見えませんので、きっと大丈夫です。


〈その件とは関係なく、彼と会うことはできないのでしょうか? 殿下がお忙しいのは百も承知なのですが、その、彼が寂しそうで〉

〈きみがいるのに寂しがるなんて贅沢な奴だ。……そうだな、考えておく。物分かりの良い大人にはなりたくないが、私もこのまま友情を終わらせたくはない〉

〈! ありがとうございます〉


 私の守戦の構えに対し、殿下は一度駒を退きました。しかし着々と包囲網を完成させつつあります。

 さすがにお強いです。あまり策を練っている素振りがないのに、どんどん劣勢に追い込まれて行きます。ミカドラ様と同じか、それ以上かもしれません。


〈そう言えば、きみは彼やマギノアと同じクラスか?〉

〈はい、そうですが〉

〈なるほど。やはりきみのことだったか〉

〈えっと?〉


 殿下はちらりとマギノアさんに視線を向け、ふっと笑いました。


〈進級したマギノアが、同じクラスに気になる子がいると言っていたんだ。聡明でお淑やかで話が合いそうだと。友達になりたがっていた〉

〈え、それが私のこと、なのですか……?〉

〈ああ。無事に仲良くなれたようで安心した。マギノアはきみと彼の関係を知っているのか?〉

〈いえ……〉

〈偶然なのか。それはすごいな。マギノアとあいつは全く気が合わないと思っていたが、人の好みは合うらしい。いや、二人とも人を見る目に優れているんだな。つまりきみは二人の目に留まる逸材ということだ〉


 そう言って殿下は朗らかに笑いかけてくださいましたが、なんだか混乱してまいりました。


 おそらく殿下は私とマギノアさんがクラスで仲良くなり、その影響で私が盤戯クラブに入ったのだと勘違いしていそうです。実際は全て偶然です。

 マギノアさんがそんな早くから私に注目してくださっていたなんて、信じられません。きっと他の誰かの間違いでしょう。私がクラブに入った時、マギノアさんは歓迎するどころか敵意を見せていましたし……。


 もしや私を疑っていたのでしょうか。殿下が盤戯クラブに出入りしていることをどこからか聞きつけて、接近するために入会してきたのではないかと。

 そういえば「特定の人と仲良くなるためにクラブに入ったのか」と直接的な質問もされました。

 しかし、そのような疑いを持つのは、自分がそうだからでは……?


〈もしかして、殿下がマギノアさんにこのクラブのことをお勧めされたのですか?〉

〈ああ。ここは雰囲気が落ち着いているし、高等部の生徒の方がマギノアとも話が合うと思ったんだ。教えてすぐに入るなんて、意外と行動的な面があるなと驚いた〉


 絶対そうですね。

 少しでも殿下に会いたくて、このクラブに入ったのでしょう。分かりやすいです。

 しかし殿下はマギノアさんのお気持ちに気づいていらっしゃらないご様子。


〈彼とマギノアは私にとって弟妹のような存在なんだ。幼い頃からよく遊んだ。その時は、彼女も一緒にいたんだが……〉


 殿下は切なげな表情で女王の駒を前線に移動させました。

 ミラディ様のことを思い出しているのでしょう。マギノアさんが不憫に思えてきました。ミラディ様に夢中過ぎるあまり、他の女性からの感情に鈍くなっているようです。


〈マギノアは少し、いや、かなり強気で頑固なところがあって、なかなか同性の友人を作れないようで心配していた。不器用で気難しいところもあるが、良い子なんだ。これからも仲良くしてやってほしい〉

〈は、はい。私で良ければもちろん〉

〈ありがとう〉


 とても嬉しそうに殿下は微笑み、とどめの一手を打ちました。もう私に勝ち筋はありません。


「参りました」

「ルル嬢のおかげでとても有意義な時間を過ごせた。本当にありがとう」


 母国の王太子殿下にこんなにも喜んでいただけたなら、光栄の至り。ただし、私の背には殺気交じりの視線が突き刺さっています。

 殿下に悪意などなく、むしろ善意しかないのは分かっています。分かっていますが。


 ……マギノアさんとこれ以上仲良くなれなかったら、殿下のせいです。


 そのような恨み言を口にできるはずもなく、私は弁明の言葉を考えながら曖昧に微笑みました。



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