41 偶然の再会
「先日は大変申し訳ありませんでした」
私は折を見て初めての対戦の時の態度をマギノアさんに謝りました。
会員さんたちの前で新人にあるまじき強気な対戦をしたにもかかわらず、その後も平和にクラブ活動を続けられているのは、マギノアさんが無視などせず、何度も対戦を申し込み続けてくださったからです。
ただ悔しくて再戦したかっただけではなく、私がクラブで浮かないように気を遣ってくださったのかもしれません。
それにミカドラ様がおっしゃったように私を“好敵手”と認めてもらえたのなら……それはとても光栄なことです。
ミカドラ様への侮辱は見過ごせませんが、気まずい状態のままでいたくありませんでした。
「別に……あの程度のことで冷静さを欠いた私が愚かだっただけよ。陰口を言ったのも、品がなかった。あいつへの評価を改めるつもりはないけど、反省はしているわ。不快な思いをさせてごめんなさい」
マギノアさんも素直に謝罪の言葉を返してくださいました。
身分が下の私に対して、きちんと礼を尽くしてくださったことで、私はマギノアさんのことを勘違いしていたと気づきました。ただ人を見下す方ではありません。
「あの、もし良かったら、先日使われていた戦術について教えていただけませんか?」
「え……い、いいけど」
面映い空気を共有し、私たちは和解したのでした。
ある日の放課後、私は今日もマギノアさんと戦線盤戯をしていました。
「ルルさんは、いつもどのような本を読まれるの?」
最近では対戦中に雑談をするようになっています。お互いに探り探りではありますが、徐々に普通のお友達に近づいている気がいたします。
「いろいろです。授業で先生が紹介して下さった本が多いでしょうか。あと、語学の勉強のために外国の絵本も読むようにしています」
「ああ、歴史学の先生のオススメは私も読むわ。各地のお祭りの違いに関する本が興味深かった。絵本で外国語の勉強というのは良い案ね。その国の風習も学べそうだし、私もやってみようかしら。あ、あの本は知ってる? 数術学者の――」
学年一の才女であるマギノアさんのお話は大変為になりました。こう言ってはおこがましいかもしれませんが、基本的に趣味が合うので話題に困ることはありませんでした。
「それにしても、お互い真面目ね。息抜きに娯楽小説などは読まないの?」
「あ、恋愛小説なら少々。マギノアさんはいかがですか?」
「え。そ、そうね。恋愛ものもたまになら。ほら、流行を把握しておくのも大切なことでしょう? 教養のために目を通しているわっ」
急に声が上ずり、目が泳ぎ出し、見るからに挙動不審になりました。意外と言ったら失礼かもしれませんが、恋愛小説がお好きなようです。
ひとしきり好みの作家や展開について話した後、躊躇いがちにマギノアさんが口を開きました。
「ルルさんはやっぱり…………いえ、やめておくわ」
……もしかして好きな人がいるのか尋ねようとしたのでしょうか。そしてその相手がミカドラ様なのか、も。
思い留まってくださって良かったです。上手に答えられませんし、他の方の耳に入ったら恥ずかしくていたたまれなくなります。
私とマギノアさんは、意図的にミカドラ様の話を避けていました。それが平和に対戦する秘訣となっています。
「失礼する」
扉がノックされた瞬間、マギノアさんが飛び上がりました。
私はまずそれに驚き、来訪者を見て完全に言葉を失くしました。
「お、殿下。いらっしゃい。対戦していきますか?」
「ああ。いつも急で済まない。時間ができたから、少し息抜きをさせてもらってもいいだろうか」
「もちろんです。さぁ、どうぞ」
オリマー先輩がにこやかに出迎えた相手は、アルテダイン殿下その人でした。
予期せぬ遭遇です。
殿下が高等部に進学されたのはもちろん存じ上げていましたが、まさか盤戯クラブに出入りしているとは……。
今日の殿下は護衛騎士も連れず、お一人でした。部員の誰一人として突然の登場に驚いてはおらず、和やかに殿下に挨拶をしています。
マギノアさんもまた、私との勝負を放り出して、真っすぐアルテダイン殿下の元へ向かいました。
「アルト様、ご機嫌よう」
「ああ、マギノア。クラブの雰囲気には慣れたか?」
「はい。おかげさまで。また少し強くなりましたので、ぜひ対戦してください。今日は簡単には負けませんから」
「はは、相変わらずだな。いいよ」
驚きすぎて、もうどう反応していいのか分かりませんでした。
マギノアさんが不敵な表情で笑っています。というか、心なしか熱っぽい瞳で殿下のことを見上げているではありませんか。
これはもしかして……何やらいろいろなことが腑に落ちそうです。
「そうだ、最近入った子がいるんだ」
「きみは……」
オリマー先輩の紹介により、殿下も私に気づきました。
「もしかして、アルト様とルルさんはお知り合いなの? どうして?」
マギノアさんの目つきが途端に鋭くなりました。
咄嗟のことに私は頭が真っ白になりかけましたが、とりあえず、なぜ顔見知りなのかという理由付けをしなければ。ここは嘘を吐く必要はありませんよね。
「昨年、殿下の近くで私が転んで怪我をしたことがありまして……その節は助けていただいて、本当にありがとうございました」
慌てて礼をすると、殿下が顔を上げるようにおっしゃいました。
「……いや、当然のことをしたまでだ。怪我は綺麗に治ったか?」
「はい、おかげさまで傷も残っておりません」
「それは良かった。きみとこのクラブで再会するとは思わなかったな」
殿下はすぐに冷静になって、こちらに話を合わせてくださいました。
オリマー先輩は納得した様子で頷きます。
「なるほど。さすが殿下、日頃からカッコイイな!」
「やめてくれ。実際に動いたのはレイサだ」
「そうなんですね。それでもルルさんは貴重な体験をしたな」
私はレイサ様に抱えられて運ばれた時のことを思い出し、恥ずかしくて俯きました。
「ここのクラブ、たまにアルト殿下が息抜きに遊びに来てくださるんだ。でもバレると下心持った奴が押し寄せてきそうだから、会員だけの秘密にしてる。ルルさんは口が堅そうだから大丈夫だと思うけど、他言無用で頼むな」
「はい、もちろんです。……改めまして、ルル・アーベルと申します」
アルテダイン殿下は鷹揚に頷かれました。私に対して、特に思うようなところはなさそうで安堵いたしました。
私と殿下が顔を合わせたのは一度きりで、時間がなかったこともあってあまり話せませんでした。本当ならお互いにミカドラ様のことで話したいこと、聞きたいことがあるのです。
しかし、こうも他の視線がある以上、込み入った話はできません。
殿下からすれば、ミカドラ様と距離を置いている今、婚約者の私とどのように接するか迷われるでしょう。
私もミカドラ様に「アルトと話さないでほしい」と言われていることですし、あまり近づくべきではありませんね。
殿下のお話し相手を譲ろうと一歩下がろうとした瞬間、良く通る声に引き留められました。
「ルル嬢、これも何かの導きだ。一度私と対戦してくれないか」
……王子様からのお誘いを断るにはどうすれば良いでしょうか。ついに私の頭の中は真っ白になってしまいました。




