39 クラブ活動
予期せぬ出来事に見舞われた時、どう対処すればいいのでしょう。
「一番簡単なのは、その物事を得意としている人間に助けを求めることだ」
ミカドラ様の言葉に、私は少々不安になりました。
「えっと、公爵家の執務をする者が、そのように誰かに頼っても良いのでしょうか?」
「いいんじゃないか。別に節操なく頼れと言っているわけじゃない。部下に任せたり、信頼できる友人に相談したり、相手を選びさえすればいい。父上はそうしているし、俺もよくヒューゴに相談するし、この前は……アルトを頼っただろ」
とても歯切れの悪い物言いでした。
先日の事件ではアルテダイン殿下に助力をお借りしていました。しかしどうやらやり取りは使者と手紙で行ったらしく、まだ直接お話しされた様子はありません。仲直りはできていないようです。
「相手を選ぶのが難しそうですね……」
騙されたり、見返りに不当なことを要求されたり、弱みを握られて脅されたりしないよう、気をつけねばなりませんね。
まず問われるのは“人を見る目”。そして相手を裏切らせない“魅力を持つこと”です。
スカウトを得意としていて華々しい公爵家の方々には簡単なことでも、田舎の狭い世界で育った地味な私には難しいです。
「とりあえず、いろいろな人間と交流してみたらどうだ。普通は時間をかけて人脈を築いていくものだろう」
ミカドラ様はなんだかものすごく嫌そうに提案されました。
私も少し億劫です。人見知りが激しいので、出会いを求めて交流を深めるのも苦手なのです。学院で一年以上過ごしているのに、ヘレナさんとアーチェさん以外の友人がいないのはそのためです。
しかし、そうも言っていられません。
「単純に、友人を増やすつもりで交流すればいいんじゃないか。打算的なことは考えずに」
「そうですね……頑張ります。あの、ミカドラ様は」
「俺のことはいい。アルトとはそのうちまた会うようになる」
なら良いのですが……。
王立学院は交友関係を広げる絶好の場です。私は勇気を振り絞って、社交に勤しむことにしました。
今日、私は初めて高等部の敷地に足を踏み入れました。
王立学院には多種多様なクラブが存在します。
乗馬、剣術、弁論、研究、手芸、演劇など運動から学問、文化について、放課後に同好の者たちと楽しむのです。
女子生徒に人気のお茶会クラブはいくつも存在していると聞きます。
ヘレナさんはその中の一つ、慕っているお姉様のいるクラブで放課後にお喋りを楽しんでいるそうです。アーチェさんはたくさんのクラブに出入りし、情報を仕入れているのだとか。
私は授業について行けるか心配で、クラブに入り損ねていました。
クラブではクラス以外の方、先輩後輩とも交流できます。人脈を築くのにもってこいです。
二年生から入会するのも珍しいことではないそうなので、私も所属してみることにしました。
どのクラブにしようか、ミカドラ様とミラディ様にも相談しました。
まず、ミラディ様の助言によって、お茶会クラブに入るのは止めました。
女性同士の輪の中に入るのは、ただの公爵夫人になるのなら大切ですが、バリバリ働く女性を目指すのなら足枷になり得るそうです。
さらに、派閥争いが激しいのが難点です。将来、ミカドラ様との結婚を発表した時に争いの種を撒いてしまいそうです……。
運動系も見送りました。
放課後に体力を使うと、寮に帰ってから勉強ができなくなってしまうでしょう。怪我も怖いですし、規則も厳しいそうです。
あと、男性が多いというのも気後れした理由です。ミカドラ様にも反対されました。
学問や文化系のクラブの中で、男女比が極端ではなく、そこまで厳しくないところ。
その中で興味が持てそう、という理由で私は盤戯クラブを選びました。
その名の通りボードゲーム、主に“戦線盤戯”を楽しむクラブです。いつかミカドラ様に勝つためにも、いろいろな方と対戦してみたいと思っていたのです。
ミラディ様曰く、今の会員さんたちは人数こそ少ないですが、顔を知っておいて損のないメンバーとのことでした。当初の目的にも見合っています。
入会の条件はありませんが、人数の関係で中等部と高等部の合同クラブでした。放課後に活動場所である高等部に行かなくてはなりません。
知り合いもいない中、クラブルームを訪れるのはとても勇気が必要でした。ミラディ様から、今の会長は「面倒見が良くて人望に厚い男」と聞いていなければ、いつまで経っても一歩を踏み出せなかったかもしれません。
クラブルームの前の廊下に、高等部の男子生徒の方が立っていました。
どうやら出迎えてくださったようです。慌てて駆け寄ります。
「ようこそ! 入部届を出してくれた子だよね?」
「はい、中等部二年のルル・アーベルと申します。よろしくお願いいたします」
事前に担任教師からクラブの顧問の教師へ入部届を渡していただいており、私の入部については既に受理されています。
「よろしく。俺は会長のオリマー・ネイル。盤戯の勝率はイマイチだけど、高等部三年は一人しかいなくてさ。新しい会員が来てくれて素直に嬉しいよ」
屈託のない笑顔を向けられ、私は早速逃げ出したくなりました。眩しい。
明るくて爽やかで人懐っこい……今まで周りにいなかったタイプの男性で、ミカドラ様とは全く別の意味で怖いです。
なんと申しますか、誰にでもフランクで優しそうなオリマー先輩に嫌われたら、太陽に見捨てられるようなもの。自分に人間的に問題があると発覚しそうで、面と向かうのが恐ろしく感じてしまいます。
いけません。最初から弱気なことを考えては。
オリマー先輩にも失礼です。私は無理矢理笑みを浮かべました。
「緊張してるね。初日だから仕方ないけど、大丈夫。みんな良い奴らだから。紹介するよ。どうぞ」
軽くノックをしてから、オリマー先輩が扉を開きました。
「ちょっと手を止めて。新しい仲間が来てくれた。みんな、親切にしてあげてくれよ」
中にいたのは十人ほどでした。中等部と高等部合わせてこの人数なら、すぐに顔と名前を覚えられそうです。
私が名乗って挨拶をすると、温かい拍手で迎えてくださいました。雰囲気は和やかで落ち着いています。どちらかと言えばオリマー先輩の輝きが異質なようです。怖そうな方がいなくて安心してしまいました。
「あら、あなた……同じクラスの」
先輩の影から、知っている方が顔を覗かせました。
クラスメイトのマギノア様です。宰相閣下のご息女で、級長を務める学年一の才女。
まさか彼女が盤戯クラブに所属していたなんて……調べが足りませんでした。
「そうか、マギちゃんのクラスメイトなんだ。良かった。マギちゃんも二年からの入会だからさ、新人同士仲良くな」
「会長、その呼び方は止めてください。……ふぅん。私以外に盤戯をする中等部の女子がいるとは思わなかった」
マギノア様は私の全身をじろりと見て、面白くなさそうに眉間に皺を寄せました。
他の方とは違い、私のことをあまり歓迎していなさそうです。もしかして教室で嫌われるようなことをしてしまっていたでしょうか。挨拶くらいしかしたことはないはずですが……。
オリマー先輩が今日のクラブ内容について発表されました。
とりあえず私はマギノア様と対戦してみるように、とのことです。どれくらいの実力があるのか確かめたいそうです。緊張します。
「よろしくお願いいたします」
私が改めて挨拶をすると、マギノア様はにこりともされずに言いました。
「ルルさんは、戦線盤戯の経験はどれくらいあるの?」
「えっと、ルールを覚えたのが十か月前です。対戦は月に三、四回くらいでしょうか。……まだ一度も勝ったことはありません」
「そう。ほとんど初心者ってことね」
侮られたのが肌で分かりました。
できればマギノア様と仲良くなりたかったのですが、この様子では難しいかもしれません。
……いえ、ここで身を引いてしまうから友達ができないのです!
まだ嫌われていると決まったわけではありませんし、私もマギノア様のことを存じ上げない状態です。安易に判断してはいけません。
「マギノア様は」
「様はよしてくださる?」
「あ……はい。ありがとうございます。マギノアさんはやはりお強いのですか?」
駒を並べながら、マギノアさんはわずかに笑いました。
「そうね。父や兄にはたまに勝てるわ。会長が相手なら勝率八割。まぁ、上には上がいるけれど……こういう場合、やっぱりハンデを差し上げた方がいいのかしら。加減が分からないわ」
マギノアさんが駒を減らすか、私の手番を増やすか、様々なハンデを提案されましたが、私は首を横に振りました。
「いえ、手加減は必要ありません。徹底的に負かされるのは慣れていますので……お気遣いありがとうございます」
「そう。せめて先手は譲るわ。……よろしくお願いします」
「お願いいたします」
勝負前の礼をして、私はまずはセオリー通りに駒を動かしました。
周りでも次々と対戦が始まっていきましたが、完全な無音というわけではありませんでした。むしろ、小声で世間話をしている組の方が多いです。
「話しかけてもいいかしら?」
「あ、はい。大丈夫です」
駒を動かす手は止めず、マギノアさんが言いました。
「ルルさんは、どうしてこのクラブに入ったの?」
「えっと……強くなりたかったからです」
ボードゲームの腕だけではなく、対人スキルも磨きたいと思っています……とはさすがに言えませんでした。
「本当にそれだけ?」
「……どういう意味ですか?」
一層声を潜めて、マギノアさんは私をじっと見つめました
「いるでしょう? 特定の人と仲良くなりたくてクラブに入る子が」
私は目を瞬かせました。
確かに私は人脈を築くこと、交友関係を広げるのを目的にクラブに入会することにしましたが、この盤戯クラブを選んだのは単純に趣味です。
しかし近いところを指摘されて、少し動揺してしまいました。これも十分不純な動機ですので……。
「そ、そうなのですね。えっと、マギノアさんは――」
「私は違うわ。当たり前でしょう」
一際鋭い声にびくつくと、マギノアさんは咳払いをしました。
「あなたも違うのならいいの。ただでさえ教室でイライラさせられているのに、クラブでまで色恋沙汰で荒れてほしくないだけ」
「はぁ……」
「ルルさんもそう思わない? 私たちのクラスはひどいもの。それもこれも全部、ミカドラ・ベネディードのせい。本当に最悪」
吐き捨てるような物言いの中にミカドラ様のお名前が出てきて、私は駒を持ったまま固まりました。
「私、昔から彼のことが大嫌いなの」




