35 解決策
本当にどちらかを選ばなければならないのでしょうか。
簡単に許されないことは分かっています。
……学院全体を巻き込み、警備隊まで動いている事件をなかったことにはできません。
私だって、この強盗事件のせいでミカドラ様が嫌な思いをしたので、キャロル様たちを非難したい気持ちもあります。
しかしそれでも、償ってやり直す機会を与えてほしいと、どうしようもなく思ってしまうのです。
どうしてここまでキャロル様に肩入れしてしまうのでしょう。
その理由に気づいて焦りました。幼稚で自分勝手で、誰かに知られたら失望されてしまいそうです。
ミカドラ様がちらりと用具箱を見ました。
私に対して呆れているようでもあり、何かを諦めたようでもありました。心を読まれたような気がします。
そして、忌々しげに口を開きました。
「ネックレスさえ取り戻せれば、事態を収拾できる。相手の男と神殿長殿とは俺が話をつける。この事情ならアルトも協力してくれるだろうから、警備隊の捜査も止められるはずだ。お前の恋人を犯罪者にすることもなく、エルドン家が恥をかくこともない」
「ほ、本当ですか? 本当にそのようなことが……」
キャロル様が縋るようにミカドラ様を見ました。
私も信じられない思いでした。確かに救いのある解決を望んでいましたが、そんな何もかも上手くいくなんて。
公爵家の跡取りとはいえ、ミカドラ様はまだ学生です。公的には何の権限もないのに、他家の事情に介入できるのでしょうか。
「ただし、条件がある。恋人の素性も、事件の真相も、全て包み隠さずお前の口から家族に話せ」
優しさの欠片もない冷たい目をしてミカドラ様は言いました。
キャロル様は絶望したように息をのみました。
「甘えるな。そもそもの原因はお前だ。お前は心の底では恋人の生まれを恥ずかしいと思っているんじゃないか? 相手はそれを察して病んだ行動に出たんだろう。家族のことも未だに信頼していない。最初から認めてもらえないと諦めて、何もしなかった」
「そ、それは……」
「何一つ主張できないくせに、可哀想なわたくし、と不幸な自分に酔うのはやめろ。お前がこの数日の間にしたことと言えば、学院を休んで部屋に閉じこもって、家族に慰められただけだろう? 俺よりも怠けやがって……ふざけるな」
ひどい言われようですが、ごもっともです。
きついことを言われ慣れていないのでしょう、キャロル様はショックを受けて固まっています。
「この事件を望む通りに解決したいのなら、お前が誰よりも動け。自分で自分を責めるだけで許されると思うなよ。ちゃんとボロボロになるまで叱られろ。でなければ手を貸さない」
涙をこぼして、キャロル様は奥歯を噛みしめるようにして震えました。葛藤しているのが見えます。やがて、体から力が抜けました。
「そ、そうですね。その通りです……わたくしが話さねばなりません。逃げてはいけませんでした。申し訳ありません……ですが、これだけは言わせてください」
怯えながらもまっすぐ前を見て、キャロル様は言い放ちました。
「彼の生まれを恥ずかしいと思ったことは一度もありません。家族に話せなかったのは、彼が責められるのが嫌だったから……彼が一番気にしていることを、わたくしの家族が無神経に触れるのが耐えられなかったからです」
「そうか。それも伝えろよ」
「はい……すみません」
決意したキャロル様の肩に、レイサ様が労わるように手を置きました。
「私も、ミカドラ様の意見に賛成いたします。キャロル嬢がご家族に全てを話されるのが一番かと。しかし、事件の方は表向きどのように処理されるおつもりでしょうか」
レイサ様の問いに、ミカドラ様はつまらなさそうに答えました。
「もちろん、犯人を捏造する。強盗犯は王立学院とは無関係の部外者。平民の生徒が卒業後に制服を古着屋に売ったり、近所の新入生に譲ったりしていると聞いたことがある。手に入れるのは難しくない。犯人は人気のない公園にいたキャロルを襲おうと胸倉を掴んだが、たまたま目に入った大真珠のネックレスに目が眩み、強奪して逃走した。制服を着ていたおかげでまんまと疑いを逸らしたわけだ。ただし、所詮素人の犯行だ。ネックレスを質に売りに来たところを警備隊に捕まった、という間抜けなオチでいいか?」
少々強引なところもありますが、あり得そうな話です。これならば納得する人も多いでしょう。
「……概ねよろしいかと。騎士の立場から言えば、架空の犯人を作り出して偽装することに抵抗があるのですが」
「仕方がないだろう。犯人が捕まらないことには、警備隊も矛を収められないし、生徒たちも安心できない。細かい部分はアルトに任せる。できるだけ警備隊の有能さが際立つシナリオを用意してやってくれ」
ミカドラ様の言葉に、レイサ様は苦笑しています。
しかしキャロル様が躊躇いがちに口を開きます。
「あの……祖父は本当に厳格な人で、話を合わせて下さるか分かりません。罪は裁かれ、相応の罰を、という神の教えに従い、真実を隠蔽することに協力しないのではないかと」
孫娘の醜聞が世に出ても、自分が恥をかこうとも、教えに従う。神の名の下に罪と罰を受け入れるべきである。
それくらい公正な方でなければ神殿長は務まらないかもしれません。
しかし今回の場合、融通を利かせてくれないと困ります。
「言っただろう。神殿長殿とは俺が話をつける」
「どのように……?」
「まず、良心に訴えかけて脅す」
さらりと言ってのけるミカドラ様に、その場にいる全員がぎょっとしました。
「今回の件、真実が明らかになれば、誰が一番理不尽な目に遭うと思う? キャロルでも恋人の男でもエルドン家でもない。学院に通う平民の生徒だ」
ミカドラ様のおっしゃりたいことを理解して、私は冷や汗をかきました。
「どのような事情があったにせよ、平民の生徒が貴族の生徒に危害を加えたとなれば、選民意識の高い貴族たちがうるさくなるぞ。これだから平民は、とますます蔑むようになる。何も悪いことをしていない弱き者たちへの風当たりが強くなる……可哀想じゃないか」
「……そんなことになったら、わたくし」
キャロル様が青ざめています。
少数ではありますが、現時点で平民の生徒を見下している貴族生徒はいます。今回の件が原因で彼らの声が大きくなり、平民だからと偏見を持つ貴族が増えたら……。
学院内の空気がますますギスギスしそうですね。これから何かある度にまず平民が疑われます。
「そもそも、別れ話がこじれて恋人同士で揉めただけだろう。本来なら警備隊が出張るような事件でもないのに、罪も罰もあるか。平民生徒の学院生活を守るために目を瞑れ、と神殿長殿を説得する」
「わ、わたくしからも強く祖父にお願いいたします。何に代えても、これだけは認めてもらえるようにしなければ……」
キャロル様とその恋人の軽率な行動で、他の平民生徒が被害を受ける。そもそも個人的な諍いであり、ネックレスが戻ってくるのなら事を荒立てても何も良いことはない。
これで神殿長様が引き下がってくださるといいのですが……。
「これでもまだとやかく言うのなら……奥の手を使う」
「奥の手、ですか?」
その疑問には答えず、ミカドラ様は背伸びをしてだらりと姿勢を崩しました。そして冷めているだろうお茶を一口飲みました。
「柄にもなくたくさん喋って疲れた。……とにかくまずは、ネックレスを取り戻すことだな。ここまで来て、相手の男の名前を明かさないとは言わないな?」
キャロル様は心配そうにしつつも、頷きました。
「手荒な方法は使わない、つもりだ。相手の態度が悪かったら一発くらい殴るかもしれないが」
「……ミカドラ様にはその権利があると思います。止められません。いえ、そもそもミカドラ様を巻き込んだのはわたくしの拙い嘘のせいです。まずは、わたくしを――」
「それはいい。全てが上手くいったら、エルドン家に大きな貸しが作れる。今回の対価はそちらで支払ってもらうとしよう」
ミカドラ様は悪い笑顔を浮かべていました。
一体何を企んでいるのでしょう。
想像もできません。
今回の件で改めて思い知りました。ミカドラ様は私の理解の範疇外にいる方です。




